200年前のアイヌ文化を伝える写本
~『蝦夷島奇観』謎の加筆~
A本の表紙見返しの異国人物図は原本とは関係なく、『日本節用万歳蔵』から後補されたものか 。左の蝦夷地図は加藤肩吾系のもので、村上の「蝦夷諸島図」とは大きく異なる。「カラフト嶋一名キタイゾチ」とある点が注目される
アイヌの酋長を描いたA本(上)、B本。B本にはとくに説明はないが、A本には「夷名イコリカヤニ肖像ナリ 酋長(ヲトナ)トキイ三男」と明記され、有名なクナシリアイヌの酋長イコリカヤニの肖像であるとしている。A本の筆者がどのようにしてこれを知ったかは不明
酒造り図の様子を描いたA本(上)。シントコ(行器)に満たされた酒を女が手桶に入れようとしているところ。B本(下)では対応部分がタフカリ(リムセ)と呼ばれる踊りの場面になっている
『蝦夷島奇観』は、江戸幕府の役人・村上島之丞(秦檍丸・1760~1808)が当時のアイヌの習俗を忠実に描いた資料として知られています。村上は幕府の蝦夷地探索の一員として、1798(寛政10)年から数回にわたり北海道、国後、択捉を踏査しました。
寛政年間はロシアの脅威に対する北方警備が深刻化した時期で、アイヌに関するさまざまな情報も入ってきましたが、興味本位に扱ったものがほとんどでした。村上らは、アイヌは日本人の古い姿をよく留めており、その研究が日本自体の理解にとって大変重要だという考えから、アイヌの生活をていねいに観察し『蝦夷島奇観』『蝦夷見聞記』などを著しました。樺太を含む蝦夷図作成で知られる間宮林蔵は村上の門弟の一人で、少年時代に村上の下働きとなったのがきっかけで地理・測量に興味を持ったといわれています。
本学国際日本学研究所は北方史研究が特色の一つで、本学沖縄文化研究所の南方史研究とともに、日本の中の異文化という観点からの境界地域研究で大きな業績をあげています。その国際日本学研究所には『蝦夷島奇観』の写本で、A本、B本と呼ばれる2点が所蔵されています。
A本は原本のところどころを省いた抄略本で、B本は原本に忠実な完本です。B本のほうがボリュームがあって紙も絵の質も良く、東京国立博物館に現存する、貴重でめったに手に取れない原本の様子をうかがい知ることができます。問題は抄略本のA本で、原本の抄略だけでなく、足りない部分を補ったり、原本とは異なる見解を示したような加筆が見られる(写真説明参照)など、筆者がかなりアイヌについて研究していて、意図的に原本を書き換えていると思われるのです。
ところが、A本の筆写者が誰で、それらの知識をどのようにして得たのかが現在のところ分かっていません。というのも、A本、B本ともに筆者名や日付などの記載が全くなく、A本に類似する写本は他に見あたらないためです。
『蝦夷島奇観』の研究は、研究者が少ないこともあって盛んとは言えません。しかし、アイヌに関する最も忠実な絵画資料としてもっと評価されるべき資料であり、それに加筆修正を加えた謎のA本について、今後の研究が期待されます。
取材協力:小口雅史文学部史学科教授・国際日本学研究所兼担所員
参考文献:『アイヌ絵誌の研究』佐々木利和(北海道大学アイヌ・先住民研究センター教授。法政大学大学院人文科学研究科日本史学修士課程修了)
(出典:「HOSEI MUSEUM Vol.62」)
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