「学校兵営化の道程なり」
〜戦時下の予科長・井本健作〜
「学校兵営化の道程なり」。これは、1941(昭和16)年8月、文部省(当時)と軍部から、学校を自分たちで防護し、必要に応じて外部にも出動する義勇隊を編成するよう要請された際、本学の予科長であった井本健作が嘆息し、日記「自省録」に記した言葉です。
井本健作(1930年卒業アルバムより)
1883(明治16)年、山口県都濃郡富田村(現在の周南市)に生まれた井本は、東京帝国大学哲学科を卒業後、成田中学校や日本大学中学校に勤務し、その傍ら漱石門下と交流のある文学者として、旧姓の「青木健作」の名で小説や随筆を発表しました。
井本は、漱石門下で当時本学の予科長だった野上豊一郎の推薦により、1921(大正10)年、本学の講師に着任。中学卒業者が大学の学部に進学するための予備教育機関であった予科を中心に、倫理や作文の科目を担当し、戦時中には予科長や法政大学第二中学校の初代校長を務めます。
対米英蘭開戦直前の1941年10月、学生たちが軍需工場などで働く「学徒勤労動員」が始まりました。学生を戦地に送る「学徒出陣」が始まる1943年には、学徒勤労動員が本格化。1944年の授業はほとんど実施されず、学徒勤労動員が通年化しました。
「時計塔校舎」と呼ばれた予科校舎本館。空襲による焼失を免れ、戦後も木月校地のシンボルとして親しまれた。 現在の「時計塔校舎」は2014年に建てられた2代目。
授業に出られず勤労動員に従事する学生たちのために、井本は自ら工場を慰問し、労働環境の改善や防空壕の設置など、会社側との具体的な折衝に臨みます。
文部省が提唱する「行学一体」という美名の矛盾を冷静に分析する一方で、学生たちを勤労動員に送り出さなければならない現実を前に、灼熱の工場で不平不満もなく黙々と働く彼らの顔を見ると「涙ぐましくなる」と、愛情深い教員としての心情を日記に吐露しています。
空襲が激化した1945年5月23日の夜中には予科と中学校のあった木月校地(現・二中高校地)で大半の建物が全焼し、25日の夜中には大学本部のある富士見校地で木造建築が全て灰燼(かいじん)に帰しました。
戦後の本学は、野上学長の下で復興を目指します。監事として野上を支え、新制大学への移行を見届けた井本は、1954年に定年退職しました。
「自省録」のうち、戦時下を記録した1941年~1945年を含む9冊
94冊に及ぶ井本の「自省録」(1913年ー1964年)は、戦災により甚大な被害を受け、大半の記録が失われた本学において、戦時下の実態を物語る貴重な資料といえるでしょう。
取材協力:HOSEIミュージアム事務室
(初出:広報誌『法政』2020年10月号)
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