法政大学 所蔵資料
「青年日本号」訪欧飛行関係資料
1931(昭和6)年5月29日、完成したばかりの東京飛行場(現・羽田空港)から小さな複葉プロペラ機「青年日本号」がイタリア・ローマを目指して飛び 立ちました。操縦かんを握るのは法政大学航空研究会(後の航空部)所属の栗村盛孝2等飛行士(経済学部2年)と付添教官の熊川良太郎1等飛行士(朝日新聞 社)。初の学生による訪欧飛行とあって話題を呼び、当時の新聞報道によれば、空港には数万の群衆が集まり、空には陸海軍の飛行編隊、新聞社や航空会社の航 空機など30余機が舞い、「青年日本号」を見送ったといいます。
「青年日本号」。全幅9.8m、全長7.52mの機体は石川島飛行機製作所製で、英国製シーラス・ハーメス105馬力エンジンを装着。出発に際し、8月開港を控えた東京飛行場の使用を特別に許され、出発の様子はベルリン五輪(1936)での「前畑ガンバレ!」の実況で知られる河西三省(かさい・さんせい)アナウンサーにより全国に放送された。ちなみに、出発日の5月29日は内田百間(門構えに月)の誕生日だった。
この2年前、法文学部3年の中野勝義は、自家用飛行機と2等飛行士の免許を持っていた同窓の前田岩夫らとともに、日本の大学で初めての航空研究会を設立しました。このとき会長を引き受けたのが内田百閒(内田栄造教授)で、学生の訪欧旅行を最初に計画したのは内田会長でした。朝日新聞社航空部の後援を得、飛行機は逓信省航空局の援助により「法政大学かはせみ号」「法政大学ひよどり号」の2機が提供されて活動がスタートしました。中野・前田は翌年に卒業して、中野は朝日新聞社、前田は日本航空に入社。中野は同社の航空部に所属して訪欧飛行を陰で支えることになります。
「青年日本号」の前で、栗村(左)、熊川両飛行士とサイン。航空研究会から操縦士を選ぶにあたっては、操縦技術はもちろん学業成績・操行が良く、家庭の事情が許すことが条件で、学年や航空研究会在籍期間は考慮されず、選考後も出発直前まで氏名は公表されなかった。
この後、早稲田、専修、慶應、明治などの大学に相次いで航空部が発足すると、朝日新聞社の呼びかけで30年4月に日本学生航空連盟が設立されます。内田会長の訪欧飛行計画はこのころと思われます。10月には連盟による学生訪欧飛行が決まり、連盟の代表校として法政大学航空研究会から操縦士を出すことが発表されました。これを受けて本学内に学生訪欧飛行準備委員会が設けられ、準備が進められました。飛行機は、海軍の外郭団体で民間に航空機提供などを行っていた海防義会に内田会長らが依頼して調達し、前年に誕生した本学校歌の一節「青年日本の代表者」からとって「青年日本号」と名付けられたのです。
内田会長自らが振る白い旗を合図に羽田を飛び立った「青年日本号」は、地図と羅針盤による有視界飛行でシベリアからウラル山脈を越え、ドイツ、イギリス、フランスでの親善友好を果たし、1万3671キロの大空を越えて、8月31日にローマのリットリオ飛行場(現・ウルベ空港)に到着しました。エンジン不調により3度の不時着に見舞われるなど、予定の3倍以上の日数を要したものの、世紀の快挙と称賛されうる大飛行を成し遂げたのです。
栗村飛行士らと内田会長がやりとりした電報の一部。飛行中の連絡はローマ字による電報と手紙で頻繁に行われ、その内容からは飛行の緊迫した様子が伝わってくる。ローマ到着翌日に栗村らは「道一つ、ローマの都に、着きにけり。ワッハハ」と内田会長に打電した。「道一つ」は、佐藤春夫作詞の「学生訪欧飛行を送る 離陸の歌」の一節、「羅馬に通う道一つ」をもじったもの。左上は、内田会長が帰国して東京に向かう2飛行士に宛てた「ブラボー、サラマンダー(栗村のあだ名)、ブラボー、クロコダイル(熊川のあだ名)。ガンバレーションの歓喜。混乱を克服しての勝利。航研」という英文の電報。
本学ではかねてから法政大学史資料委員会のもとで訪欧飛行関係資料の収集・整理を行ってきましたが、08年3月、これらを集成した「『法政大学大学史資料集』第29集 1931年「青年日本号」訪欧飛行関係資料」を発行しました。資料集には、飛行中の電報・書簡が中心の航空部資料、外交資料館所蔵資料、関係新聞記事、関係者座談会、栗村飛行士の手記『羅馬飛行』が収められています。
ローマに到着した「青年日本号」。中央の飛行服姿、向かって左から栗村、熊川の両飛行士。栗村飛行士の隣りには吉田茂駐伊大使の姿が見える。イタリアでは国を挙げての大歓迎を受け、ローマ教皇への謁見、ムッソリーニ首相との会見などが行われ、現地の新聞でも大きく報道された。
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