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日本初の性的マイノリティの生活実態に関する全国無作為抽出調査から見えてきたもの

平森 大規助教平森 大規助教

法政大学GIS(グローバル教養学部)の平森大規助教、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の釜野さおり室長らの研究チームは、2023年2~3月に日本に居住する18~69歳の18,000人を対象に郵送法(ウェブ回答併用)を用いた全国無作為抽出調査「家族と性と多様性にかんする全国アンケート」を実施しました。性的マイノリティの人口割合を推定し、性的マイノリティと、そうでない人との生活実態や意識を比較できる全国無作為抽出調査は、日本で初めての取り組みです(研究チーム調べ)。研究チームでは、現在作成中の調査報告書に先駆け、回答者の性的指向と性自認のあり方、家族と居住の状況、困りごと、対人関係、こころの状態(K6得点)、家族・性・制度に関する認識と考え方に関する結果速報を公表しました。

(2023年10月27日 法政大学プレスリリースから)
https://www.hosei.ac.jp/press/info/article-20231027123950/

「統計的な視点からLGBTQについて研究したい」が出発点

―学生時代はどのようなテーマに興味を持っていたのでしょうか?

大学生の時にはすでに性的マイノリティ(LGBTQ)について研究したいと考えていました。大学入学後、さまざまな授業を取っていく中で特に「社会階層論」に関心を持ちはじめました。社会階層論とは、社会的な不平等を研究対象とする社会学の分野の一つで、たとえば賃金を多くもらっている人もいれば、ワーキングプアの人もいるように、社会はいくつもの階層(社会的な地位)によって構成されているとする考え方です。なかでもジェンダー階層論は、男女の賃金格差や、「女性は介護職に就きやすい」など職業における性別の偏りといったテーマを扱うものなのですが、私はその「LGBTQバージョンの階層論」に興味がありました。

―なぜそのテーマに取り組もうと考えたのでしょうか

きっかけは日本における統計データの少なさに気づいたことです。アメリカではLGBTQに関する調査研究がある程度進んでおり、知見も蓄積されつつあるのですが、いざ「日本はどうなのだろう」と調べてみても、調査そのものがほとんどありませんでした。もちろん性的マイノリティ当事者に、学校や職場でこういう経験をしたなどとインタビューを行った調査はありました。ただこれはいわゆる質的調査と呼ばれるものであり、統計とは異なるもの。私は数学が好きで、当時はLGBTQという人によって考え方の大きく異なるトピックであっても統計的な手法を使って調査すれば質的研究よりも「客観的」な研究ができると考えていました。ただ後に、一言で「客観的」といってもこれが非常に難しいことがわかりました。一見すると中立的と思われる量的調査でも、「どういう分析をするのか」「質問をどういう順番で聞くのか」「誰を対象者にしてどのように選ぶのか」など細かなことで数字はガラッと変わってしまいます。つまりアンケートを取る側が恣意的に数字をコントロールできてしまうわけです。これまでもLGBTQに関して民間企業が主導となりアンケート調査が行われたことがありますが、民間企業であるため質問文などの詳細が公開されておらず、結果の解釈が難しいというケースがありました。そこで今回私たちが試みたかったのが、結果を日本全国に一般化できるような学術的かつ分析の妥当性を外部から検証できる調査です。社会調査の専門家もチームに参加しており、厳密な統計的手順を踏まえて行われたことが、これまでの調査とは大きく違う点です。また、学術的に調査をするとなると、どういう質問をしたのか、どういうサンプリング手法で行ったのかなどをすべて公開することが原則なので、調査結果を批判的な観点から評価・分析しやすいというメリットがあります。

誰もが答えやすく差別的な表現にならないように質問内容を工夫

―調査を行う上でどのようなことを意識したのでしょうか

今回の調査では、最初は大阪市だけでアンケートを取り、実際に答えてもらえるかどうかを確かめてから全国に広げる、という形で実施しました。注意したのは「質問の仕方」です。差別的な表現が入っているとLGBTQ当事者を傷つけてしまう可能性がありますし、かといって非当事者に伝わりにくい質問では回答者の大多数を占める非当事者に回答してもらえなくなってしまいます。当事者を傷つけず、かつジェンダーやLGBTQといった言葉に馴染みが無い人でも回答できるようにする、ここの両立には気を付けました。あと"LGBTQ"というワードが前面に出過ぎると「自分には関係ないアンケートだから答えない」という人が増えるということで、タイトルを「家族と性と多様性にかんする全国アンケート」に。LGBTQの視点というより、SOGI(「性的指向・性自認」のこと)の視点で質問を設計し、LGBTQ当事者だけでなく、すべての人に当てはまる調査になるよう意識しました。

全国無作為抽出調査「家族と性と多様性にかんする全国アンケート」

―気になる調査結果はありましたか?

以前から性的マイノリティ当事者は、メンタルヘルスが損なわれやすいと言われてきましたが、今回の調査でもそこが裏付けられたというのは大きいと思います。この問題はずっと「調査手法の問題なのではないのか?」と言われ続けてきたテーマ。それが今回、無作為抽出で調査してもLGBTQはメンタルヘルスの状態が悪いという結果が出たわけですから、いわば防御壁ができたようなもので、今後はより説得力を持った形で社会的事実を訴えかけることができると思います。ただ今回の調査は、この結果を用いてすぐにこうするべきといった具体的な提言があるわけではなく、あくまで議論のための土台づくり。分析を経て、より公正な形で制度をつくっていくための必要なステップだと捉えています。

―調査を経て、日本の性的マイノリティをとりまく環境の課題はどこにあると感じましたか

一般の人が性的マイノリティに対してどう思っているかという「態度」と、「制度」の違いがすごく大きいなとあらためて感じました。態度でいうと、たとえばアメリカよりも日本の方が同性婚への賛成割合は高いのです。また性的マイノリティに対する受容度を調べても、日本はアジアの中で高いです。しかし、制度に関して国際的に比較してみると日本はかなり遅れていて、性的指向・性自認に基づく差別を禁止する法律もなく同性婚も法制化されていません。一般市民が「OK」と言っているのに、その声が実際の制度づくりに反映されていないわけで、この態度と制度の差が大きな問題なのではないかと考えています。

公正な社会づくりに向けて、格差が生まれるメカニズムを解明したい

―今後どのような研究テーマに取り組んでいこうと考えていますか

社会経済的な不平等に関しては、今回の調査を経て、ようやく基礎データができた段階です。性的指向と賃金の関係や、性的マイノリティがどういう職業に就きやすいといった情報が限定的ではあるものの明らかになってきたので、今後はなぜその数字になるのか、メカニズムを解き明かすことに関心があります。たとえば性的マイノリティの賃金が低いという結果があったとすると、それは職場の人に差別された結果賃金が低いのか、学生時代に差別を受け、大学など進学の機会が得られなかったために賃金が低いのか、それとも配偶者が同性で賃金の高い男性の場合は相手に経済的に頼ることができるために賃金の低い女性と結婚し相手に経済的に頼ることができない異性愛男性と比べて賃金が低いのか、少し想像しただけでもいくつかのパターンが考えられます。ここの背景が分かれば、格差を是正するためにはどの領域で介入するべきなのかが見えてくるはず。最近はこれまで必ずしも性的マイノリティを専門テーマとしてこなかった研究者が性的マイノリティに関する研究を始めたとも聞きましたし、この分野が徐々に盛り上がっている感覚はあります。ずっとLGBTQの研究を続けてきた人とはまた違う視点があるはずなので、他分野の研究者とのコラボレーションもどんどん積極的にやっていきたいです。

―2024年4月に法政大学の中に新設される「DEIセンター」にも関わられていますが、どのような場所なのでしょうか

回答者の性的指向アイデンティティと性自認のあり方 [n=5,339]

DEIセンターは「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンセンター」の略で、新設にあたっての委員会に参加したのが最初の関わりです。ただ当初は「ダイバーシティ&インクルージョンセンター」と呼ばれていて、ここに「エクイティ」を追記するべきと提案したところ、無事に採用され、この名前になりました。エクイティとはつまり「公平性」のこと。そもそもなぜダイバーシティやインクルージョンを重要視するかというと、大学という組織をより公平なものにすることが一番大元にある目的で、その手段としてのダイバーシティやインクルージョンなので、公平性という言葉は欠かせないだろうと考えました。 DEIセンターは学生だけでなく、教員や職員といった人たちが、専門的知識を持った人に個別に相談できるようになっています。また、「ダイバーシティラウンジ」というコミュニティスペースの運営も行う予定です。個別相談も大切ですが、それと同時に、似たような悩みを持っている人同士が集まれる場や、社会的な関心を持っている人が参加できるスペースが必要だということで設置します。本棚を置く予定なので、読書会を開催したり、おすすめの本を紹介しあったり、このラウンジを拠点に様々な交流が生まれることを期待しています。
そして最後、これがもっとも重要な役割だと考えているのですが、大学や社会とを実際に繋ぐ"架け橋"としての機能です。公平性を考慮した大学の環境整備という意味では、個別相談や交流の場だけでは十分ではありません。たとえば大学が管理する性別情報をどのように取り扱うのか、それから私自身は性的マイノリティに関する学術的知識を持っていますが、DEIセンターは性的マイノリティだけでなく、障害や国籍といった形のマイノリティも当然含みますから、どのように大学のバリアフリー化を進めればいいのかなど、実際の大学の運営に関わる提言を行っていく予定です。個人の悩みの解消も重要ですが、「そもそもその状況に追い込んだ環境やシステムが悪いんだよね」「学生を直すのではなくて本当に直す必要があるのは構造の方だよね」という発想を持つことはさらに重要。法政大学のDEIセンターは、公平・公正な社会を築く上で、どのように社会や組織が変革していくべきなのか、そのモデルケースでありたいと思っています。


法政大学 GIS(グローバル教養学部)助教 平森 大規(ひらもり だいき)

GIS(グローバル教養学部)助教。Ph.D.(社会学)。法政大学第二中・高等学校、国際基督教大学教養学部(主専攻:社会学、副専攻:数学)卒業。米国ワシントン大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。日本に帰国後、2022年4月より法政大学。
専門分野:計量社会学、クィア・フェミニズム研究
研究テーマ:セクシュアリティ・ジェンダー階層論、性的指向・性自認の人口学
主な論文:Hiramori, Daiki, and Saori Kamano. 2020. “Asking about Sexual Orientation and Gender Identity in Social Surveys in Japan: Findings from the Osaka City Residents’ Survey and Related Preparatory Studies.” Journal of Population Problems 76(4):443-66.
Hiramori, Daiki, Emily Knaphus-Soran, James Lamar Foster, and Elizabeth Litzler. 2024. “Critically Quantitative: Measuring Community Cultural Wealth on Surveys.” Race Ethnicity and Education (Online First).


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