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「障がい者×スポーツ」という枠組みで
健常者と障がい者が互いを理解し合う機会をつくりたい

フォト山下 千絵さん

事故で左足膝下を切断するも、義足を隠し通した小学校時代

田中 山下さんは、2018年9月に開催された、「第29回日本パラ陸上競技選手権大会」に出場され、100メートルで3位、200メートルでは優勝と、素晴らしい成績を収めていらっしゃいます。やはり2020年のパラリンピック出場を視野に入れて練習に励まれているのですか。

山下 実は9月の大会は初めて出場する大会で、陸上を始めたのも大学に入学してからです。パラリンピックの選考は2020年の春から夏前にかけてギリギリのタイミングで行われるのですが、世界ランキング上位から出場が決まるため、これからは国内というより世界を視野に戦うことになります。

田中 それは楽しみです。大学で陸上を始める前には、テニスをされていたそうですね。

山下 両親の影響で5歳からテニスをしていました。ところが10歳で交通事故に遭い、左足の膝下を切断し、一時はスポーツから離れていましたが、中学生の時にテニスを再開し、大学1年まで続けていました。

田中 車椅子テニスについては知っていますが、義足でのテニスもあるのですか?

山下 私は、車椅子テニスではなく、義足で健常者の選手と一緒にプレイしていました。義足を履いた時点で周りのみんなと一緒ですから。車椅子だと目線の高さも変わってしまうため、サーブなども打ちにくいと思い、立ってやりたいという思いが強かったんです。

田中 そうでしたか。10歳の頃、運動が好きだったのに事故に遭われて、やはり一時期は、運動を諦めたのですね。

山下 小学4年生の初めに入院して半年間、テニスはもちろん走ることもできず、とてもショックでしたが、それより友達に何て言おうか……もし切断したことを知られたらいじめられるのではないかという心配の方が強く、小学校の間は友達には一切知らせずに卒業しました。

田中 よく周りに知らせずに過ごせましたね。よほどリハビリを頑張ったのでしょうね。

山下 この話をすると皆さん驚かれますが、周りに気付かれないように歩行訓練を一生懸命しました。

田中 そういう経験を経て、運動を再開されたのですね。

山下 やはりテニスをやりたいと思っていたところ、理学療法士の先生に「義足になったからといって諦めることはない」という言葉に背中を押され、再開しました。

大学の講義で出会ったパラアスリートがきっかけとなり陸上競技を開始

田中 山下さんは法政大学のスポーツ健康学部に入学されましたが、この学部を選んだのはどういう理由からですか。

山下 事故をきっかけに、これまでの人生、医師や療法士の方に支えられてきた影響から、医療系の職業について自分も将来人の役に立ちたいと考えていました。しかし、スポーツ系の学部があると友達から聞いて自分で調べてみたところ、障がい者スポーツを学んで自分が盛り上げる側の立場になりたいという気持ちに変わり、法政大学を志しました。

田中 実際入学されて陸上と出会い、今はご自身がアスリートとして活躍されていますが、どういう経緯があったのですか。

山下 スポーツ健康学部の「トップアスリート論」がきっかけです。トップアスリートの方の生活や取り組みを伝える授業なのですが、義足で走り高跳びに取り組むアスリートの講義を受ける機会があり、映像や実際の競技用の義足を見せていただきました。母からは、かねてより陸上を薦められていたのですが、カーボン製の義足はとても高価だったため、二の足を踏んでいましたが、この講義に後押しされて陸上を始めるに至りました。

田中 競技用の義足は普段なかなか見る機会がないかもしれませんね。

山下 保険がきかないため、購入するとなると大きな負担になります。今の福祉は「走ることは生活に不要」という考えなのです。義足に限りませんが、競技することは私たちの日常とは捉えられていないのだと思います。
 いま3年生ですが、卒業後も競技に専念したいと思っています。そして競技を通してパラスポーツに関することをもっと世間に知っていただけるよう、広報活動や講演を行いたいと思っています。

田中 山下さんのお話を伺っていると、法政のOBである、為末大さんを思い出します。ご自身でコントロールして体をつくり、競技引退後は起業してスポーツの魅力を伝えていらっしゃいます。

山下 実は、私も為末さんが関わるプロジェクトに参加させていただきました。競技用義足がレンタルできる場所があればいいという声をきっかけに、クラウドファンディングが立ち上がり、多くの支援を得て2017年に「ギソクの図書館」が豊洲に開設されました。そこは60メートルの走路と、安価でレンタルできる複数の競技用義足を備えています。それぞれ構造が違うため、いろいろなタイプの義足を試すことができるんです。ちょっとだけ試してみたいという人も多く、とてもいい環境です。

田中 クラウドファンディングには大きな可能性があるのですね。

山下 健常者の方は、普段の生活の中で義足ユーザーとはあまり接点が無いと思います。クラウドファンディングで支援された方に、「ギソクの図書館」で競技用義足を履いて走った方の「風を感じられた!」「ぴょんぴょんと跳ねることができ、昔走っていた時のことを思い出した」という率直な感想を伝えると、皆さん自分のことのように喜んでくださいます。
 私も、競技用義足に出会い、走ることが楽しいと思った瞬間からどんどんのめり込んでいきました。中高時代は、プラスチックでコーティングした義足を用い、周りに気付かれないようにしていましたが、今では義足であることをオープンにすることができるようになり、気持ちも変化してきました。元々目立ちたがり屋の性格だったためか、今はかえって目立って、それが気持ちいいとさえ思うようになりました。今とても楽しいんです。

当事者と実際に出会い、対話を行う。それこそが多様性につながる

田中 競技に留まらず、パラスポーツの魅力を伝える立場として、すでに社会と関わる活動もされているようですね。

山下 全国の小学校で、義足体験を行っています。健常者が体験できるキットを用いて、実際に「跳ね感」を体験してもらいます。そのあとは簡単な講義を行い、素材や値段を知ってもらったり、そもそもこうして義足を履けばみんなと何ら変わりがないということを伝えたりしています。私が実際できないのは正座くらいです。

田中 小学校の時にそうしたことを知れば、将来、自分が自信を失った時や欠損ができた時にそのことを思い出し、乗り越えるきっかけになるかもしれませんね。

山下 そうなったら嬉しいです。義足について何となく知っていても、実際にユーザーに会わないと実感できません。パラスポーツについても、実際にアスリートの声を聞いて印象が変わったと、皆さん言ってくれます。

田中 テレビ等で見ても、深くは理解できません。やはり、直接会うことが何より大事ですね。

山下 パラのアスリートは元気で明るく、ケロッとしています。以前「何か失ったものを補うのではなく、あるものを最大限に生かす」という考え方を聞いて、今残っている体で何を頑張れるかを考えるようになりました。

田中 法政大学も「ダイバーシティ宣言」の中で、すべての人が自分を生かして、いきいきと学べる大学にしたいと明言しています。私自身も初めて山下さんのようなパラアスリートに今日お会いしたわけですが、なぜもっと早くから会っていなかったのだろうと思います。
 学生に良く話すのは、グローバル化と言ってもまだまだ差別がある中で、とにかくいろいろな国の友達をつくりなさいということ。実際にどんな体験をして、何が起こっているのかを聞くだけでも違います。大学には幸いそうした環境があります。ただ一緒にいるだけではだめで、ちゃんと聞く、対話をすることが大切です。
 今日山下さんとお話しして気付いたのは、山下さん自身が周りに大きな影響を与えているということです。改めてダイバーシティとは直接会うことがとても大事だと痛感しています。

山下 周りの友人は、私に何でも遠慮なく尋ねてくれます。でも、知らない人は日本人の良いところでも悪いところでもあるのですが「配慮」が入ってきます。でも、そんなフィルターは必要ありません。小学生にも「私は口があるから、できないことは言うからね」と説明します。

田中 以前、大学のユニバーサルマナーの研修で、「おせっかい」と「過剰な配慮」はダメだと教えていただきました。健常者が、障がい者の方だけではなく高齢者や子どもに対して、どう接すればいいかわからない時は、どうすればいいかを相手から教わればいいということを学生の皆さんに伝えたいですね。

山下 その通りです。話せる人はきちんと希望を伝えます。だから、サポートをして欲しいと言われたらする。これくらいのスタンスでちょうどいいと思います。

田中 最後に、何か大学への要望はありますか?

山下 もっとパラの選手が入ってきたらいいなと思います。陸上だけではなくいろいろな分野の選手が入ってきて、周りに普通にそうした人たちがいることで、きっといい影響があると思っています。きっと友達にパラ選手がいたら、応援に行くのではないでしょうか。そうやって興味を持ってくれたらいいなと思っています。
 また、スポーツ系の学部に限らず、多様な人を招いて講義をしてもらえればそれだけでも違うと思います。多様性においては、相手に親近感を持つことが大切だからです。
 アメリカでは155人に1人が義足ですが、日本で義足の人は2000人に1人くらいと、そもそも障がい者と呼ばれる人は多くありません。身の周りに障がい者がいないため、理解が進みにくいのです。すべての人が共生していくためには、やはり直接会って知ることが大切です。私自身、よく自分の話をすると、「へー!そうなんだ!」といった驚いたリアクションをされることがあります。こんな風に、私たちのちょっとした違いを話し、それを一人でも多くの人に知ってもらうことが共生社会につながるのではないでしょうか。
 そのためには、私たちが発信しなければと思っています。自分では普通だと思うことが、話してみたら普通じゃなかった。そんな会話がお互いの理解につながります。その中でも、私は「障がい者×スポーツ」という枠組みで、もっと皆さんにラフに話を伝えていければと思っています。

田中 パラスポーツは、共生社会を実現するための大きなきっかけになりそうですね。本日はありがとうございました。これからの活躍に期待しています。


法政大学スポーツ健康学部3年 山下 千絵(やました ちえ)
1997年7月生まれ。法政大学スポーツ健康学部3年。
10歳の時に交通事故で左膝下を切断。テニスを5歳から始め、団体戦で東京都ベスト16入り。現在も健常者に混ざって続けている。大学でスポーツ学を専攻したことを機に、2017年5月より陸上競技を始める。2018年9月日本パラ 200m1位、100m3位。現在はパラリンピック出場を目指してトレーニングに励んでいる。また、小学校の体験授業やトークセッションのパネラーなど、積極的に社会活動にも取り組んでいる。

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
1952年、神奈川県に生まれる。法政大学文学部卒。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。

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