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人間を中心に据えて抽出したニーズから、デザインをより良くする

橋爪 絢子准教授橋爪 絢子准教授

心理学の知見を生かして世の中に貢献したい

廣瀬 本日は社会学部メディア社会学科で人間中心設計、ヒューマンインタフェース、ヒューマン・コンピュータ・インタラクションなどを専門にされている橋爪絢子准教授をお迎えしました。法政大学文学部出身とのことですが、どのような経緯で今の研究分野に進まれたのでしょうか。

橋爪 私は法政女子高校(現在の法政国際高校)からの進学組で、大学では漠然と心理か建築に関心があったのですが、最終的には自宅から近い市ケ谷キャンパスの文学部教育学科心理学コースに進学しました。高校が驚くほど自由な校風で、自分たちで校則も決めるなど当事者の声を大切にする方針で、非常に楽しく過ごせたのもあって、ほかの大学に進学する考えは全くありませんでした。大学進学した当初は臨床心理に興味を持っていたのですが、専門科目を通して親しくさせていただいた先生の専門であった認知心理に関心を持つようになりました。その先生は、認知心理学の中でも知覚心理学の専門家で、「逆さ眼鏡」といって、例えば上下を逆転させたり、左右を反転させたりして見える眼鏡をかけて生活をすると、人間はその環境にどのように順応していくかを研究していました。卒業後の進路を決める頃には、これまで学んできた心理学を何か社会に役立てられないかと考えて、私たちが日常的に使っている、製品やシステム、サービス(これらを「人工物」と総称します)の使いやすさや、そうしたもののデザインに応用する分野に関心を持ちました。当時は、携帯電話は既に普及していたものの、世代ごとに普及率が違っていた時代で、ご年配の方が新しい機器を使用する際の心理的ハードルを下げるためにはどのようにデザインすればいいのかを研究したいと考えていました。

廣瀬 一般的にデザインという言葉は「格好いいもの」を作るというように表層的に捉えられがちですが、今先生がおっしゃったような人の心理のメカニズムを踏まえた上でそれに応えるデザインもありますよね。デザインという概念を広く捉えることによって心理学を生かすことができると気づいたのはいつ頃ですか。

橋爪 大学生の頃に、インタフェースデザインを学ぶ人の教科書として今でも読まれている、『認知的インタフェース』(海保博之、黒須正明、原田悦子著)という本を読んだことがきっかけです。当時、法政大学社会学部にいらした原田悦子先生をはじめ、著者3名はいずれも心理学出身でしたので、心理学をこんな風にデザインや設計に生かせるのかと気づかされました。廣瀬先生がおっしゃるように、日本語でデザインと言うと意匠的なものをイメージする方が多いと思います。これはおそらく職業的な分類によるもので、どちらかというと美術系のものをデザイン、工学系のものを設計と呼んでいるわけです。デザインという言葉を英語辞典(Random House Dictionary of the English Language)で調べると、初めに出てくるのが「やるべき仕事について予備的な下絵や計画を用意する」、その次に出てくるのが「芸術的に、あるいは技巧的に計画したり形作ったりする」です。後者の方が日本語のデザインに近く、英語のデザインとは違うニュアンスになっています。

廣瀬 言葉の捉え方は難しいですよね。感性工学という言葉も、意外な組み合わせです。先生は「かわいい」という感性と工学に関する本も出されていますが、感性工学とはどのようなものなのでしょうか。

橋爪 感性工学の創始者の長町三生先生によれば、「感性工学とは人間がもっている願望としてのイメージや感性を、物理的なデザイン要素に翻訳し、具体的に設計する技術である」と。人間工学では人間の身体的側面や生理学的特徴に特に着目して、人間が可能な限り自然な動きや状態で使えるように人工物をデザインすることを目指しますが、感性工学では感情や印象などの主観的な心理的側面に特に着目して、人間にポジティブな影響を与えるような人工物をデザインすることを目指します。私の専門である人間中心設計は、対象物を使う人間を中心に据え、そのニーズを満たすためにはどのように人工物をデザインすればいいのかを考えるものです。人間中心設計の目的は、ユーザのネガティブな経験をできるだけ少なくし、ポジティブな経験をできるだけ豊かにすることにあるので、基本理念は感性工学と同じと捉えています。

潜在的ニーズを顕在化させたiPhoneのデザイン

廣瀬 私は情報政策やICTに大変興味があり、ある企業から読書端末の設計に対する助言を依頼されたことがありました。その企業が新たに試作品として開発したという高機能かつ低価格の読書端末は、既にiPadやKindleが世に出ていたこともあってマニュアルを読まなくても上手く使えましたし、軽さや文字の大きさなど人間工学的部分も行き届いていたのですが、残念ながら第一印象として"もの"としてのオーラが全くなかった。ここでiPadなどと決定的に勝負がついていると感じました。

橋爪 それは面白いですね。一方、価値基準をどこに置くかは人それぞれで、デザインはどうでもいいからとにかく安く使いたいという人もいれば、デザインの良いものを持ってウキウキしながら使いたい人もいます。できる限り多くの人の利用を可能にするユニバーサルデザインという理念もありますが、全員に満足してもらうことは理想であっても実際の設計上は難しいことが多いです。「多機種展開することもユニバーサルデザインの一つ」と言われていますので、どんな製品でも何かの役に立っているかもしれないとも思います。

廣瀬 iPadやiPhoneの登場はデザインの力を強烈に示したものとして記憶しています。発売当初の携帯電話は固定電話の延長線上で数字のパッドや数行の液晶などから組み立てられていて、それに対して液晶画面でタッチスクリーンなのに電話にもなるiPhoneのデザインはかなりの飛躍でしたが、今ではほとんどの人がスマホに移行している。これは、提供する側が新しい発想を具体化したことによって、潜在的にあったニーズが顕在化したダイナミックな瞬間だったと思います。私はiPhoneを手にとった時に何か解放されたような気がしました。

橋爪 iPhoneはイノベーション的なデザインがうまくいった数少ない成功例と言えるかと思います。多くのものは、デザイナーや技術開発者の思いつきで、出してはすぐ消えていくことを繰り返しています。「シーズ指向」と「ニーズ指向」という言葉がありますが、技術開発者の中には、技術の種、つまりシーズがあるから開発しようという考え方で、それをユーザがいつどんな場面でどのように使うか、それによってどのような恩恵を受けるのかなどの細かい状況をあまり考えていないことも、いまだに多いです。

廣瀬 アップルの場合はユーザの視点に立った改善や自然に使えるような調整を徹底的にやっている。機能は同じなのに使った時の経験に雲泥の差が出る。そこまでを含めてデザインとして考慮されているのが感性工学なのではないかとイメージしています。

あらゆる分野で総合的にデザインすることが求められている

廣瀬 2021年に、日本の国家規格JISZ8530「インタラクティブシステムの人間中心設計」の原案作成委員長として日本感性工学会著作賞を受賞されました。

橋爪 人間工学に関わるISO9241シリーズのパート210番が人間中心設計に関する国際標準規格なのですが、それを国内事情に合わせて訳し、日本の標準化規格であるJISの原案を作成しました。ISOの本文でユーザビリティとユーザエクスペリエンス(UX)という言葉が混同されている箇所が所々あり、訳す際に国際委員に次の改定時に修正するよう提案することができました。一方、JISの規格のなかでは正しく訳し分けることにしました。また、技術的で難しい内容ではありますが、国家文書ということもあり義務教育を終えた人たちが気軽に読める内容であるべきだと考え、中高生に協力いただき平易な表現を追求しました。

廣瀬 まさに人間中心の翻訳となったわけですね。2020年には海外の著書『Cuteness Engineering: Designing Adorable Products and Services』で日本感性工学会出版賞を受賞されました。「かわいい」という言葉は大学生も多用し、その汎用性はますます大きくなっている気がします。こちらの著書ではどのようなテーマで執筆されたのですか。

『Cuteness Engineering』の著者4名のうち3名で

橋爪 ちょうど、日本感性工学会理事で「かわいい工学」というものを広める活動もされている芝浦工業大学名誉教授の大倉典子先生に誘われて、かわいいに関する研究をしていた時期があったのですね。その頃に、海外のデザイナーと研究者から、そういう本の企画があると誘われて書いた共著です。私が担当したのは、ハローキティの3代目のデザイナーである山口裕子さんにインタビューをして、ハローキティを世界的なキャラクターに育てていった過程を事例としてまとめた章です。実は、彼女が担当になった時は、キティちゃんの人気が落ち込んでいた頃で、あまり気乗りしなかったそうなのです。それでも山口さんは、3代目のデザイナーを決めるコンペの際に、キティちゃんには設定があった方が面白いのではと考え、キティちゃんが前から欲しがっていたピアノを誕生日にもらって喜んで遊んでいるデザインで出したところ、背景までよく考えられている点が評価されてデザイナーに抜擢されたのだそうです。

廣瀬 キティちゃんのデザイナー決定にはそのような背景があったのですね。

橋爪 はい。ハローキティの3代目のデザイナーに採用された後、山口さんは他のキャラクターの人気が高い理由を知りたいと思われて、サンリオの各店舗でお客さんの行動を観察したり、お客さんに絵を描いて渡す活動をされるなかでサンリオファンの方々に直接尋ねたりしながら、ハローキティの新しいデザインや設定を考えていったそうです。そんな風に、ファンの人たちの声を取り入れながら、リボンの代わりにハイビスカスをつけてみたり、ピンクのキルティングを使った携帯ケースで爆発的なヒットを記録したりして、海外進出にも成功していくのですが、そのデザインの根底には常にファンの方々がどうしたら喜んでくれるのかという点があったとのことでした。実は人間中心設計で行うユーザ調査を自然な形で実施され、フィードバックも得ていたことがわかり、非常に興味深い内容となりました。

廣瀬 近年、私の専門の行政や政策の領域でもデザインの観点の重要性が指摘されるようになっていて、地域と人の関わり方をデザインするコミュニティデザインという概念に注目が集まっています。

ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)の国際会議で、各大会長たちと受賞者らと一緒に

橋爪 コミュニティデザインを「街のデザイン」と考えると、感性工学や人間中心設計の考え方を応用すると良さそうですね。結局のところ、人間はプロダクト、システム、サービスという我々が総合して人工物と呼んでいるあらゆるものに触れながら生活していますので、デザインの分野は総合的な思考を要する分野になってきています。街をデザインする上では、そこにいる人がいつどんな目的で、どこから来てどのように過ごし、何をして、どう感じるのかなどを全て考えてデザインしなくてはいけません。

廣瀬 対象範囲が大変広いし、総合的に考えることができる人が必要となりますね。例えば今、学内公募によって法学部政治学科とデザイン工学部のゼミが合同でフィールドワークをするプログラムが実施されています。専門が違えば同じ対象を見ても目のつけどころが違います。その違いを体験することによって、何かが起こることを期待して仕掛けています。法政大学には15学部もありますから、建築や都市環境、システム、プロダクト、コミュニティなどをつなげていく試みができるかもしれません。

橋爪 そうですね。よく学生から「将来はデザインの仕事に就きたい」と相談されることがありますが、実際には企業のなかで意匠的なデザインを担当するのは、専門職の方が多いのが現状です。ただ、企業では部署ごとに縦割りになった組織下で一つの製品やそれに関連するサービスをデザインしているので、各部署を俯瞰的に見て全体を管理したり、適切に進行するための助言ができたりするような総合的な視点を持つ人材が求められています。また、社会学部をはじめとする社会科学や人文科学の分野で人間を対象とした様々な調査・分析手法を学ぶと、ユーザのニーズを把握するための観察やインタビュー調査、アンケート調査を行ったり、分析したりする素地が培われるので、それらをデザインに活かすような活躍の仕方も大いにあると思います。

廣瀬 プロデューサー的な立ち位置ですね。それぞれの学生が社会に出て学びの知見が生かせる場所が見つかるといいですね。

橋爪 はい。学生には、自分が学んだことをどう社会に生かすのかということは常に考え続けてほしいと願っています。

廣瀬 今回のお話は大学全体としてもとても良いヒントをいただけたと思います。ありがとうございました。

橋爪 ありがとうございました。


法政大学社会学部メディア社会学科准教授 橋爪 絢子(はしづめ あやこ)

1984年生まれ。法政大学文学部卒業。早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程修了。筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程修了。博士(感性科学)。首都大学東京(現東京都立大学)システムデザイン学部助教を経て、2019年に法政大学社会学部メディア社会学科に専任講師として着任。2022年より現職。2020年に著書『Cuteness Engineering Designing Adorable Products and Services』で、日本感性工学会出版賞を受賞。『JIS Z 8530:2021 人間工学−人とシステムとのインタラクション−インタラクティブシステムの人間中心設計』の原案作成委員会の委員長を務め、日本感性工学会著作賞、日本人間工学会標準化貢献賞を受賞。2022年には著書『現場の声から考える人間中心設計』で、日本感性工学会著作奨励賞を受賞。2023年より、HCI InternationalのHCI Thematic Area大会長。専門はヒューマン・コンピュータ・インタラクション。

法政大学総長 廣瀬 克哉(ひろせ かつや)

1958年奈良県生まれ。1981年東京大学法学部卒業。同大大学院法学政治学研究科修士課程修了後、1987年同大大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、同年法学博士学位取得。1987年法政大学法学部助教授、1995年同教授、2014年より法政大学常務理事(2017年より副学長兼務)、2021年4月より総長。専門は行政学・公共政策学・地方自治。複数の自治体で情報公開条例・自治基本条例・議会基本条例などの制定を支援の他、情報公開審査会委員などを歴任。


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