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データサイエンスの大きな可能性を社会にどう生かすか
広く議論できる教育環境を作りたい

今井 龍一教授今井 龍一教授

人流データのアイデアは携帯電話のバッテリーの減り方から生まれた

廣瀬 本日は、デザイン工学部都市環境デザイン工学科の今井龍一教授をお迎えしました。今井先生は2020年の文部科学大臣表彰科学技術賞に続き、今年2月に「携帯電話基地局データから生成される人口流動統計」で日本オープンイノベーション大賞総務大臣賞を受賞されました。20年春の緊急事態宣言以来、「繁華街の人流が前回からこれだけ減った」「これくらい増えた」といった報道が社会的にもすっかり定着しました。最初に、この統計に関心を持たれた経緯からお話しいただけますか。

今井 きっかけは、国土交通省在籍中の2011年のことです。当時は出張が多く、ある時ふと「新幹線で携帯電話のバッテリーの減りが早いのはどうしてだろう?」と思ったのです。移動する度に基地局が切り替わることが理由だとすれば、そのデータを活用すれば人の動きが推計できるのではないか。そう思い立ち、NTTドコモ社を訪問。当時は交通ビッグデータと呼ばれていたものを共同で生成し、人口の流動推計を行うことを提案しました。2011年頃は位置情報に対する個人情報にデリケートな情勢でしたので、NTTドコモ社とは何度も慎重に協議を重ねました。防災、減災、まちづくりなどのデータ活用に関しては対応可能ではないかと考え、総務省にも相談して、2014年頃から共同研究という形でプロジェクトを立ち上げることができました。そこで、今のような人流データができあがり、世に出たのが2018年頃です。その後のコロナ禍で一気に注目を浴びることになりました。

廣瀬 通信事業者はプライバシーには相当配慮されているのですね。

今井 厳格なセキュリティー環境の下でデータ管理されています。人流データを生成する際も特定の個人を識別することができないよう必ず非識別処理を行っており、個人情報は徹底的に排除しています。

廣瀬 以前は駅などで人の流れを手動でカウントしていましたが、携帯電話のデータを活用すれば極めて正確に計測できます。社会的にも研究上でもインパクトは大きいでしょうね。

今井 実は、カチカチと手元のカウンターで計測する手法はまだ実施されています。季節変動が少ない11月の平日1日に計測することが多いのですが、その場合だとある日の典型的な動きのデータしか取れません。しかし、携帯電話を活用すれば24時間365日のデータが取得できる。近年では、カメラで把握した通過人数に携帯のデータを加えることで24時間365日の流動の推計が可能となりました。それによって人流の予測や、不測の事態への対応も可能となるため、インパクトは大きいですね。しかし、発表当時は「携帯のデータに統計的信頼性があるのか」といった厳しい追及も受けました。様々な指摘に説明し続け、5年程たってやっと定着したところです。

廣瀬 26年前、インターネットに関する本の執筆時に何人かで議論した際、例えば「GPSを活用して走行中の車からワイパーがどれくらいの頻度で動いているか」といったデータがリアルタイムで取れれば、社会的に様々なことに生かせるのではという話で盛り上がった記憶があります。ふと気がつくと、当時夢物語だったことが、やろうと思えばできる環境になっている。今井先生はそれを1つ実現されたということですね。

人流データと車両GPSデータの組合せ分析例

今井 実は、今お話しされたことがまさに実現しています。運転の挙動、ハザード、ワイパーなどのデータをカーナビ経由でサーバーに上げ、ワイパーの強さとレーダーのデータを組み合わせて雨量を分析する、高速道路上のハザードの状況から渋滞を検証するといったことができています。実際、高速道路の約140カ所は「サグ」と呼ばれる緩い下り坂から上り坂に切り替わる渋滞の名所にもなっている場所ですが、その現象解明や対策検討ができたのもこのデータがあったからです。しかし、こうしたことを26年前に議論されていたというのは衝撃です。

廣瀬 「インターネットの父」と称された村井純さんがおっしゃっていたことです。確か、熊本の震災時には、車の通行が可能な状態の道とそうでない道のデータがリアルタイムで把握できたのですよね。

今井 東日本大震災時は、国土交通省にいて国土地理院や民間事業者からのデータを手動で作業していましたが、熊本の地震時以降は当時の教訓を生かしてシステム化できていましたので、皆様に早く伝えることができました。

バーチャル空間の中で現実のデータを使って議論する

廣瀬 レーザーによる計測データに関しても研究されています。こちらはどのような仕組みになっているのでしょうか。

今井 日本の国土の測量は、以前は飛行機からカメラで撮影してトレースする方法が主でしたが、2005年頃から河川を対象に飛行機にレーザーを搭載して測量する方法に変わっていきました。そこから、今度は自動車に搭載するという形で一気にレーザーが浸透し、近年は建設現場でもレーザーで1秒間に何万点というデータを取って図面通りの形状にできているかを確認しています。それぞれの点に対して部材やプロダクトの情報をAIでコンピュータに理解させれば、地震で建物がどう壊れるかのシミュレーションも可能です。

廣瀬 「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」として、法政大学が文部科学省から採択された事業ではレーザーによる計測器を整備・活用されていますね。

今井 はい。採択された「デジタルツインを用いた都市調査・解析に係わるデータサイエンティスト育成事業」には2つの柱があります。1つは、おそらく日本の大学では初めて実習で設置型と可搬型のレーザーが使える環境を提供する点です。実務レベルで浸透しているツールを大学で使えない状況を解消したいという思いがありました。もう1つは人流データの活用です。人流データの多くは有償で、教育現場での活用は難しい点もありましたが、なんとか学生が扱える環境を作りたいと考えました。
デジタルツインとは、現実世界から集めたデータを使って仮想空間上に同じ環境を再現する技術のことです。こちらの事業では、少子高齢化によって人もインフラもエイジングしていく中での都市のマネジメント方法をバーチャル空間の中で現実のデータを使って分析、考察していきます。

廣瀬 マネジメントというと通常は経営のことですが、都市のマネジメントとはどのようなイメージでしょうか。

今井 例えば「ある市内の10の橋のうち、半分は5年後に利用もメンテナンスもやめます」となった場合、なぜそれが必要なのかという理由を定量的につくり、丁寧に説明し納得を得たうえで都市をつくっていくイメージです。つまり、住民に納得してもらえるよう合理的根拠に基づいた説明を行い、住民と合意形成しながら都市を経営していくということです。

廣瀬 なるほど。これから人口減少が進むと、従来通りにインフラが維持できない状況を避けては通れません。そこで、将来のあるべき姿を探ろうとするならば合理的根拠に基づいて選択する必要がある。皆に納得してもらいながら合意形成するまでを含めた形でのマネジメントということですね。

今井 おっしゃる通りです。成熟した都市のインフラを今後どう賢く使っていくか、場合によっては使うことをやめていくか。今はその指標がありません。整備面では多くの評価指標がありますが、メンテナンス面ではないので、まずはそうした指標をつくっていくことが必要だと考えています。

廣瀬 私は法学部政治学科で地方自治やまちづくりを専門にしていますが、そこにいる学生たちの中には、制度の知識には長けているが物理的空間での人の流れが経済へのインパクトになるという観点はやや薄い人もいます。そこで、例えば商業活動への感度が高くてそこからまちづくりにアプローチしている学生、空間のデザインが人の活動に与える影響を実証的にとらえながら都市デザインを学ぶ学生、最先端のテクノロジーで社会活動の実態を実測しながらマネジメントを考える学生などが、独自の発想や得意とするところを持ち寄ってディスカッションをすれば、自分の専門をより明確に自覚できますし、他の専門分野の意義も実感できるのではないでしょうか。あるいは、経営学部のマーケティングのゼミと協働で、人流データと経済やビジネスに関するデータを組み合わせても面白い。法政は総合大学であり、人文社会系の多くの学部が市ケ谷キャンパスにある。多くの可能性が眠っていると思います。

今井 そうした連携は今まさに社会から強く求められているものです。様々な連携を企画し、本学以外の連携大学でも広くデータが活用できる環境を作っていきたいです。

成功と失敗をたくさん繰り返すプロセスが大事

廣瀬 データサイエンスは刺激的で可能性が大きな分野なのですが、数学やプログラミングに苦手意識を持つ学生にとっては自分には向いていないと自分でハードルをつくってしまう現実があるのは残念です。

今井 私たちの研究では今見えている世界を丸ごとデジタル化します。数学やプログラミングに苦手意識を持つ学生にとっても親しみやすくなるよう、ゲーム感覚で取り組める教材などがつくれないかとも考えています。

廣瀬 確かにそうした空間を感覚的に理解できる学生は多いと思います。一方で、単純な法則の組み合わせであるバーチャルなゲーム的世界と、現実世界を精度の高い形でデジタル化したものとは実際はどのように違うのでしょうか。

今井 ゲームの世界はやはりゲームの中で終わってしまいますが、デジタルツインでシミュレーションしたものは社会で実装させることが前提です。本当に社会と対になっている点、やったことがそのまま社会で実装できる点が大きな違いだと思います。
実は、私の学科でもプログラミングに拒否反応を示す学生はいます。ところが、彼らに人流データを渡して少しアドバイスすると、俄然興味を持ってプログラミングに取り組み、まさにデータサイエンティストのようなことをし始めるのです。ですから、きっかけをつくってあげることが非常に大事だと実感しています。社会ではなかなか失敗できませんが、デジタルの中では何回でも失敗できます。成功と失敗をたくさん繰り返して議論するプロセスが、現在のデータサイエンスの教育に欠けているものだと私は認識しています。数値を出して終わりではなく、結果を見て共通の認識の下で議論する。そこを教育に盛り込んでいくと、さらに魅力ある分野になっていくと考えています。

廣瀬 出てきたデータの意味をどう受け止めるか、その結果によって社会に何が起こるかを想像しながら自分なりの価値判断ができる。そういう発想でデータを眺める視線を持てるかというところですね。

今井 はい。人によって感受性は様々ですので、どのように捉えたか、どういう方向に進みたいかという意見を出し合う場が必要です。そうした演習を外部の講師を招聘した形でも行っていきたいです。

廣瀬 昨年度から法政大学数理・データサイエンス・AIプログラム(MDAP:Mathematics, Data science and AI Program)もスタートしました。大学全体としても学生への呼びかけを行い、研究の発展の可能性を大いに広げていきたいと思います。お話を伺い、デジタルツインの技術は法政大学のイメージを広げる貴重な刺激材になると改めて感じました。本日はありがとうございました。

今井 ありがとうございました。


法政大学デザイン工学部都市環境デザイン工学科教授 今井 龍一(いまい りゅういち)

1975年大阪府生まれ。関西大学大学院工学研究科修了。博士(工学)・東京大学。日本工営株式会社、国土交通省、東京都市大学を経て、2019年に法政大学に着任。専門は都市交通、測量・計測、土木情報学。民間企業・国家公務員・大学研究者の経験を活かして、組織横断的に多くの関係者と連携し、国土空間・都市活動の計測・分析に係わる理論的・実際的なこととを折り合わせた活動に従事。
2022年に日本オープンイノベーション大賞総務大臣賞および情報処理学会業績賞、2021年と2020年に国土交通省i-Construction大賞優秀賞、2020年と2016年に科学技術分野の文部科学大臣表彰で科学技術賞(科学技術振興部門)など、数々の受賞実績がある。

法政大学総長 廣瀬 克哉(ひろせ かつや)

1958年奈良県生まれ。1981年東京大学法学部卒業。同大大学院法学政治学研究科修士課程修了後、1987年同大大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、同年法学博士学位取得。1987年法政大学法学部助教授、1995年同教授、2014年より法政大学常務理事(2017年より副学長兼務)、2021年4月より総長。専門は行政学・公共政策学・地方自治。複数の自治体で情報公開条例・自治基本条例・議会基本条例などの制定を支援の他、情報公開審査会委員などを歴任。