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無限に進化する未来を生き抜くためには
新しい発想と幅広い視野を持つことが必要

Nguyen Ngoc BinhさんNguyen Ngoc Binhさん

日本の先端技術を直接確かめようと来日

田中 本日は本学情報科学部客員教授であり、コンピュータ分野の世界的な研究者でもあるBinh先生にいらしていただきました。先生はベトナムご出身ですが、私は4回ほどベトナムに行ったことがあります。1991年に経済番組の取材で行ったのが最初です。ベトナムと中国の国境地帯にも行きました。荷物を担ぎ、険しい山を越えて物を売りに行ったり来たりするなど、マーケットに非常に活気があったのがとても印象に残っています。ドイモイ政策後の経済活動が活発な時期で、都市部では人があふれて道路の向こう側に渡れないほどでした。最後に行ったのは1997年です。ベトナムと日本は古くから同じ中国文化圏の国として兄弟のような関係ですよね。

Binh はい、田中総長ありがとうございます。ベトナムと日本は昔からとても良い関係を築いてきた歴史もあり、外務省を通じた交流も活発です。総長が最後にベトナムに行かれてからもう20年。今はもっと経済的にも発展しています。

田中 先生がコンピュータに関心を持たれたのはいつ頃ですか。

Binh 私は数学が好きでヴィン大学の数学高校では数学の専門教育を受けていました。その頃ちょうどベトナム戦争中でしたが、政府はたとえ戦争中でも若い人材を国の将来のために留学させる取り組みを行っていました。幸いにして私も留学生の1人に選ばれ、旧ソ連のモルドバ大学応用数学部で学ぶことができました。私の場合、コンピュータへの関心は数学分野からスタートし、大学で主にプログラミング言語、並列処理コンピュータについて学びました。1981年に卒業後、翌年ベトナムに戻り、ハノイ工科大学でコンピュータソフトウェアの教育、研究に10年間携わりました。

田中 日本にいらしたきっかけは。

Binh モルドバ大学応用数学部では「マルチプロセッサコンピュータ上の並列処理」という領域に高い関心を持っていました。研究を進めるなかで、日本の第5世代コンピュータシステム(FGCS)に興味を持ち、ぜひとも日本に行ってこの先端技術を直接見たいと強く思うようになりました。ハノイ工科大学に勤め、ちょうど10年が過ぎた1991年に、日本がベトナムの開発援助(ODA)を再開。私は日本国政府が募集した修士課程と博士課程の20名の文部省奨学金留学生に応募し、運良く選ばれたのです。日本への留学生の1期生ということで、手続きに1年以上もかかりましたが、大使館の人が親切にいろいろと調べてくださるなど、手厚くサポートしていただきました。そして、1992年4月に最初に名古屋大学に行き、日本語文化センターで6カ月間「あいうえお」から日本語を習うところから始まりました。その年の10月には豊橋技術科学大学の研究生となり、その後は大阪大学でも勉強する機会をいただきました。特に、指導教官として今井正治先生と日本人の友人達のおかげで、私達はいろいろなことを勉強しました。

いつも新しいことを考えたい

田中 コンピュータの世界は次から次へと変わっていきますが、Binh先生はいろいろな分野で最先端の知見をお持ちと伺っています。

Binh 私はいつも新しいことを考えたいと思っています。例えば、先端のデータ処理技術に関しては豊橋技術科学大学、大阪大学、東京大学、東京工業大学、九州大学、名古屋大学などのいろいろな先生方から指導を受けましたし、大学と企業のグループからナノテクノロジーやパラレルコンピュータの手法を使ってアルゴリズムの開発も行っています。もしも理論上でよい結果が出れば、そのアルゴリズムのアイデアを使って企業に高性能なコンピュータやシステムを開発してもらう取り組みも行っています。

田中 まさに、時代の最先端を走っておられるのですね。AIの世界では、2030年になると大きな変化が起こると言われています。そこで、先生に是非伺いたいのですが、これから社会に出ていく学生に対して、大学はどんな能力をつけさせるべきだとお考えでしょうか。これからの大学教育はただ知識を覚えさせるのではなく、未来の社会ではどんな仕事をしているのかを想像した上で教育方法に反映させていく必要があると思うのですが。

Binh それは本当に各大学が真剣に考えなければならない大事な問題です。これからますます社会は発展していくでしょう。先端技術が開発され、生活や考え方も変わる。例えば、20年前にはスマートフォンがこれほどまでに生活に浸透するとは誰も考えなかったはずです。近い将来もきっと想像を超えた社会になることでしょう。インターネットだけが発展する社会になるわけではなく、様々なものがインターネットにつながるIoT、第4次産業革命、スマートシティ、スマートコミュニティといったキーワードで未来の社会をとらえていく必要があります。もしかしたら現代の人々にとっては、むしろ住みにくい社会になるのかもしれませんが、未来を生きる人はそこで生活するために現実的な準備をしなければならない。先生がおっしゃるように、我々教育者の責任として、未来の社会ではどんな知識や準備が必要かを深く考えなければなりません。当然ながら現在のままのカリキュラムや教育方法では対応することができないでしょうから、教育自体を先端技術によって改善しなくてはならない時にさしかかっているのかもしれません。
今の学生は優秀ですし、小さい頃からデジタル機器に接して育ってきたので、たいていのことは自分で調べられます。しかし、コンセプトとかイノベーションに関わる創造性を持った人材を育成していくためには、デジタル機器に関する知識だけではなく、社会学や文学や経営などを含めた幅広い知識が必要なのではないかと思っています。大学だけではなく、高校あるいは中学の段階から幅広い教養教育を行うことも考えるべきなのではないでしょうか。

科学と人間のためのニーズは無限

田中 これからは最低限インターネットの仕組みを知ったうえで、さらに社会も知る必要があるということですね。社会について知らなくては自分の技術をどのように社会に生かすかがわからないので、幅広い視野での勉強が不可欠です。また逆に、文系の学生も情報科学に関する教養もある程度は持っていないといけない。

Binh それは必要でしょうね。情報科学分野の学生は、コンピュータの使い方だけではなく、自分でコンピュータや社会のためのソフトウェアなどを作れるくらいの技術を身につけてほしいです。また、文系の人はアイデアが一番大切かもしれませんが、情報科学についてもディレクションができるくらいの能力とスキルが必要となると思います。また、ゲーム依存症や個人情報漏洩問題など、技術の進歩には良い面と悪い面があることも知っておかなければなりません。特に、開発者や設計者は倫理的な責任を負うことにもなりますから。

田中 これからは新しい社会の責任や倫理、セキュリティーについて学ぶことを教育内容の中に取り入れて行かなくてはいけませんね。インターネットユーザーは自分で自分を守らなくてはいけない。課題はいろいろありますね。
その一方で、インターネット自体が自らの学習を無限に深めていくという「ディープラーニング」やビッグデータの活用など、可能性がどこまで広がっていくのか、期待も大きいです。

Binh 多くの可能性はあるのですが、今の課題はまだコンピュータのスピードが足りないという点です。

田中 それは意外です。世界の中にあるデータを今のスピードでは十分に集めきれていないし、十分に処理されていないということですか。

Binh はい、そうです。科学と人間のためのニーズは無限です。今後ナノテクノロジーが発展すれば、より処理能力も向上するでしょう。

田中 夢は広がりますね。今日はこれからの学生の教育について大変良いお話が聞けました。先生がこれまでやっていらしたように、次々と新しいことを追いかけていく学生を育てていきたいと思いました。本日はありがとうございました。

Binh 大学と社会が連携して新しい時代に必要な人材を責任を持って育てていければいいですね。田中総長、どうもありがとうございました。


法政大学情報科学部客員教授 Nguyen Ngoc Binh(グエン ゴク ビィン)

1959年生まれ、ベトナム出身のコンピュータ科学者。ベトナム電子通信学会会長、1981年キシニョフ大学(旧ソ連、現モルドバ共和国)にて応用数学で学士号取得。1995年豊橋技術科学大学にて情報科学の分野で修士号取得。1998年 大阪大学にて情報科学の分野で博士号取得。1998年北陸先端科学技術大学講師。2000年ハノイ工科大学、情報技術学部、ソフトウェア工学科主任。2009年ハノイ国家大学(※)工科大学学長。2014年フランコフォン情報学研究所所長を経て2016年9月より法政大学情報科学部客員教授。1995年には電子情報通信学会、東海支部から卓越した研究に対する表彰、豊橋技術科学大学より名誉博士号を取得。研究領域は、情報科学のほとんどの分野をカバーされ、そのどれもが世界一流の業績として評価されている。
※ ハノイ国家大学:ベトナム政府直轄大学で、自然科学大学、人文社会科学大学、外国語大学、工科大学、経済大学、教育大学、越日大学他いくつかの大学・スクールの連合体

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)

1952年神奈川県生まれ。1974年法政大学文学部卒業。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。