ポストコロナの社会におけるリーダーは
言語化能力とネットワーク能力で決まる
高田 朝子教授
リモートワークで変わる人材評価の基準
田中 高田先生の組織論やリーダーシップ論についてのお話は、いつも「その通り!」と共感することが多いので、今回の機会を楽しみにしておりました。コロナ禍で大学のあり方も見直さなければならなくなりましたが、企業においても同じだと思います。例えば、リモートワークが普及してから働き方の成果をどう測るかといった問題も出てきています。
高田 今がまさに転換期だと思います。日本社会がリモートワークを経験してしまったことが、新しい働き方を求める人にとってはチャンスとなりうる一方で、従来の評価に慣れてしまった人にとっては戸惑うことが多くなるでしょう。
日本企業による社員の評価には業績と振る舞い方という2つの要素があります。1995年以降、日本でも成果主義が徐々に広がる一方でその弊害も指摘されるなど、揺り戻しの動きが出始めたところに、今回のコロナ禍があった。1つ目の個人の業績に関しては、歩合制の部署以外では成果は分かりにくいのが事実です。多くの場合は成果の出やすいチームに所属していたり優秀な上司がいたりした結果として業績につながるというように、業績を自分の力ではコントロールできないでしょう。それゆえ、日本企業では伝統的に業績ではなく、会社にいる時間における振る舞い方で評価されてしまうんです。私が研究者になる前に勤めていた金融業界では、皆当たり前のように7時から23時まで働いていました。長い時間一緒にいると、部下は上司が何を求めているのかが阿吽の呼吸でわかるようになり、忖度する文化が発達していきます。ところが、上司が視界に入ってくることが少ないリモートワークにおいては、評価の基準を変えていかざるをえなくなるでしょう。現在の日本企業はそういう変化の局面に立たされていると思いますし、社員も皆意識を変えていかなくてはいけません。
私はよくゼミ生には高田郁さんの『あきない世傳 金と銀』というシリーズを勧めています。この本には、商売には始末と算用と才覚が必要と書かれています。始末と算用は日本人がずっと大事にしてきたものですが、これからの時代は才覚というものの重要性がより高まっていくと私は見ています。
田中 江戸時代は、西鶴が描いたように突然商人が大挙して現れた時代なんです。決まったやり方があるわけではなく、三井高利のように新しいやり方を採用していかなければ生きられなかったのでしょう。私も今はそんな時代になってきていると感じています。
高田 戦後の日本企業は真面目にきちっとモノを作っていったことが成功体験になっています。皆が同じ方向を向いて働くことで強さが発揮できた時代でした。ところが、今回のコロナ禍でそれがご破算になり、新しいスタートが必要になっている。これからの10年は過去の成功体験が大きい大企業であるほど、過去に戻そうという圧力が出てうまく機能しなくなるのではと心配しています。凝り固まった人にとっては苦痛の時代が始まり、新しいことを嫌がらない人にとってはチャンスの時代となる。そのなかで変わらないとだめだと思える人が次のモデルを作るリーダーになるのではないでしょうか。
「男にはなるな。才能に気づけ」
田中 企業も社会も変わっていくなかで、従順な人材というよりも自分で道を切り開いていける人材の育成が大学にも求められていくでしょうね。
高田 おっしゃる通りです。これからは80歳くらいが人の健康寿命になってくるでしょうが、ある調査では企業の平均寿命は20年前後というデータもあります。となると、22歳から働き続けたとしたら3〜4社で働く計算になり、1つの企業に忠誠を誓うこともなくなっていく。どんな状況でも自分で道を切り拓く力が必要不可欠になってくるのは必然です。
また、私は学生に「男女には知能差はない」ということを常に言っています。少し前に医学部入試で女子が差別された問題がありましたが、合格ラインの人の学力は男女ほぼ一緒。ですから、男子でも女子でも自分の能力の磨き方をいかに早くに気づけるかが大事なんです。
田中 日本の女性解放運動のなかで、平塚らいてうも大変重要なことを言っています。「男にはなるな。自分の才能に気づけ」。要するにその2つだけなんです。
高田 まさにその通りだと思います。
田中 残念ながら、日本の女性解放運動はそれを継承できなかった。女性はがんばってきたのに、企業の役員の数も国会議員の数も世界最低レベルなのはどうしてなのでしょう。
高田 驚くべきことに、7対3という男女の正社員比率が2015年までの20年間変わっていません。今では65対35ぐらいですが。だから、そもそも女性役員の数など増えるわけがないんです。しかも、成果を出す女性がリーダーになるかというと必ずしもそうでもなく、コミュニティーの中でうまく振る舞えるかといった別の基準で選抜されていることも大きいですね。
田中 2020年は女性の管理職比率30%の目標の年でした。
高田 女性部長や女性課長もいないのに元々無理なアドバルーンだったんです。日本においては「男女七歳にして席を同じゅうせず」といった教育の要素もあると思います。女性が男性に譲らなくてはいけない雰囲気もあるし、譲ってちやほやされる方が楽であったりもする。世界を見ても、女性で一番足りないのは自信だと言われています。トランプとヒラリーの選挙戦は象徴的です。ずば抜けて優秀で全てを持っていると思われていたヒラリーでさえも、「自信がないから必死で準備する」と取材で答えていたほどです。討論会ではトランプは劣勢でしたが、選挙は勝った。「男だったらわかるだろ」で通じてしまう人と、全部言わないとわかってもらえない人との違いだったのではないかと思います。女性が自信を持つためには、小さな成功体験を積み重ねるしかないわけですが、それも教育の役割かもしれませんね。
田中 そう思います。一人一人の学生が自分の自信を作っていくことを具体的に教えないといけませんね。
高田 同時に、意思決定の積み重ねも大事です。アメリカのビジネススクールでは、いかに戦略的な意思決定を行うかという訓練を徹底的に行います。これまで日本人の多くは周りに合わせることが重要で、自ら決めることをコンスタントには求められなかったと思いますが、これからは確実に変わってきます。「どっちでもいい」ではなくて、どちらかを意思決定してそれはなぜなのか説明するトレーニングをさせないといけない。意思決定したことは全て自分に返ってくるので、それが責任となり、自信にもつながっていく。
法政の実践知を生かしたネットワークを提供したい
田中 先生のエッセイで、国のリーダーとして活躍している女性の特性について、命を大切にする姿勢、慈愛の部分を出す点などを挙げていましたが、私が最も注目したのは自分の言葉を持っているという点です。私も、男性の方がむしろ周りの目を気にして自分の言葉で話せないことが多いと感じています。こうした女性の特性はこれからも注目し続けていくべきですね。
高田 私はこれからのリーダーシップを考える上で最も大事な能力が言語化能力だと考えています。言語化能力は観察力でもある。コロナ禍において外国の女性のリーダーは実によく観察し、自分の言葉で語りました。逆に言語化能力をあそこまでブラッシュアップしない限り、彼女たちは上まで上がってこられなかったんだと思います。一方、今の日本のリーダーは自分の言葉を持っていない。忖度の社会には言葉はいらないからでしょう。
田中 官僚が用意した言葉は不思議とわかってしまいますよね。女性の場合は情報を一旦消化してから自分の言葉に置き換えて初めて話せる。もしかしたら女性リーダーは何を感じて何を話すべきかを常に考えている人が多いのではないでしょうか。
高田 そこを武器にしなければ生き残れなかったのだと思います。全身全霊で物事を感じて言語化する力を磨かない限り女性はトップにいけなかったのだと思います。
田中 大学という場で言語化能力を磨いていくためには読書も必要ですが、従来型の教育だけではなくプラスαが必要だと感じています。
高田 私は本が好きでしたが、大学に入って本を全く読まない人が一定数いることに驚きました。でも、そういう人たちは人と会うことで学んでいた。文書を書くためには読書が必要ですが、話すためには人とのネットワークの方がより活きてくる。アメリカのビジネススクールで学んだ際にも、人と会うことの重要性を叩き込まれました。陳腐化してしまう知識よりも、人からの刺激の方がビジネスでは重要なんです。大学では、言語化能力に加えてネットワークの能力も伸ばすことも大事だと強く感じています。
田中 講義はオンラインで提供できても、人との出会いというネットワークの機能をどう提供していくべきか。コロナ後の大学の大きなテーマです。
高田 一番良いのは旅に出ることでしょうね。苦労もするだろうし、この世にはこんな人がいるのかという出会いも経験できますから。リーダーシップという観点でも修羅場をくぐる経験を重ねることが大事です。
田中 ただ今は、留学が難しい状況になっていることがつらいです。
高田 それでは、学内外の身近なネットワークに目を向けてみたらいかがでしょうか。外国からの視点でも、日本の大学におけるネットワークの力は意外にも高く評価されているんです。知の部分はオンラインである程度網羅できますが、ネットワークにおいては実際に人間と人間が知り合っていることに勝る強さはありません。一例ですが、私はお酒が好きなので、調べてみたら蔵元さんに法政出身者も多いことが分かりました。蔵元という歴史的に地域経済の中心的な担い手である彼らから経験や知恵を集めたり、逆に彼らが抱えている課題に対してオール法政の叡知を提供したりできれば、おそらく日本で一番強いネットワークになるのではと思っています。法政大学には修羅場をくぐってきた人達の「実践知」という強みがある。私は、大学は知恵の泉であるべきだと思うんです。法政大学としてこうした機能を提供できれば知の集積ができていくと考えています。
田中 知の集積というとどうしても学内の閉じられた知のことを考えてしまいますが、実は社会にも広がっているんだということですね。特に大学院に入学している社会人学生のニーズに合う形でこうしたネットワークを提供できれば良いですね。
高田 社会人の大学院生の中で私が特に注目している層は女子の大学進学率が4割を超えた2000年前後に卒業した女性たちです。進学率は上がったものの景気が悪く総合職にほとんど就けなかった世代です。いわば一番自信のない世代。この層の再教育がこれから20年くらいのテーマになるだろうと思っています。彼女たちががんばってくれると道が開けていくので世の中としても面白い。学び直しという点では、この層を男女ともにターゲットにして法政の実践知を生かしたネットワークを提供できればいいなと考えています。
田中 そうですね。大学は卒業して終わりではない。変化の激しい時代だからこそ、学び直さないと新しいことを切り開いていけないですからね。今日お話を伺っていろいろなことが見えてきました。ありがとうございました。
- 法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 高田 朝子(たかだ あさこ)
1964年福岡県生まれ。立教大学経済学部卒業。モルガン・スタンレー証券会社勤務をへて、サンダーバード国際経営大学院国際経営学修士(MIM)、慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士(MBA)、同博士課程修了。経営学博士。専門は危機管理、組織行動。著書に『女性マネージャーの働き方改革2.0』『女性マネージャー育成講座』ともに生産性出版、『人脈のできる人ー人は誰のために「一肌脱ぐ」のか?』慶應義塾大学出版会 他多数
- 法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
1952年神奈川県生まれ。1974年法政大学文学部卒業。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。