HOSEI ONLINEロゴ「自由を生き抜く実践知」を体現する卒業生・研究者などを紹介するサイト

法政大学×読売新聞オンライン HOSEI ONLINE
  • twitter-icon
  • facebook-icon
  • line-icon

「共創」の時代に対応した大学教育とは

岡本 吉晴さん岡本 吉晴さん

「つながる」という21世紀のパラダイム

田中 先生が示されている、「従来の生産者・消費者といった枠が外れて、みんなが価値の創造にかかわる"共創"を基盤とした社会が成立しつつある」というお考えに、私は大変共感するのですが、これは最近『半市場経済』という本を書かれた哲学者の内山節さんなども共有されているところですよね。価値という概念をめぐって分野を越えたやりとりが始まっているという印象があります。

岡本 私の大学院時代からの専門分野は、軍事上の最適戦略を数理的に求めるオペレーションズ・リサーチの手法を企業経営に当てはめる「経営科学」でした。したがって私のベースは応用数学でして、IT技術ではありませんが、大型電算機の時代からコンピュータ、ICTの発達とは深くかかわってきたのです。
コンピュータの発展のターニングポイントはまず、80年代のパーソナルコンピュータ、そしてなにより、95年ごろに始まったインターネットの普及でした。これは、「トップダウン型」に全体をコントロールする既存の電話網などとはまるで質の違う、水平に自在に「つながる」ことのできるネットワ−クだったわけです。
そこで私は2000年に、「インターネットの自律協調分散型のパラダイムが、21世紀の経済社会を牽引する」という内容の論文を米国電気・電子工学会(IEEE)のコンファレンスに発表しました。その後ビジネスへのインターネット活用が本格化し、さらにSNSやスマートホンが急速に普及し、私の仮説はむしろ増幅する形で実現しています。

田中 たしかに最近、「つながる」という人間関係のありようが、あらためて生活感覚となり、思想にまでなっているという気がしますね。

岡本 インターネット社会になって、情報に対する主権が、これまでそれを握っていた国家や生産者から、市民や消費者に移った、つまり本当の意味での「情報革命」が起こったと言えます。

田中 なるほど、そしてそれが共創を可能にする大きな要因となったわけですね。考えてみると、例えばCDというパッケージで買うことが当たり前だった音楽ソフトを、個別にダウンロードして自分で編集してみたら、そのほうが心地よいと大多数の人が感じてしまった......これはある意味、衝撃的な事実です。

岡本 共創によって「ウィキペディア」のように、無料でしかも質の高いものが生まれていることにも注目すべきでしょう。

大学の教室も共創の場に

田中 共同体の中で助け合い、共創するというのは、実は江戸時代の日本では当たり前のことでした。しかし近代化以降、ひたすら合理性・効率性を追求する中で、そうしたあり方が次第に失われていった。

岡本 それが復活しつつあるともいえます。大きく違うのは、江戸時代はリアルの世界だけだったのに対し、現代はそこにバーチャルの世界が融合しているという点です。その結果、近代化の中で私たちが手に入れた質とスピードをそのままに、共創を行うことができる。
いまや、ブレイクスルーを起こすビジネスモデルに、「共創」は不可欠の要素といっていいでしょう。

田中 さて問題は、そうした状況に、大学教育のシステムが追いつけていないのではないかということです。

岡本 教育の大きな流れは、「マスから個へ」ですよね。そして、インターネットの発達により、「個」にアクセスするコストは限りなくゼロに近くなっている。そうしたITを使うバーチャルな空間と、リアルな教室での授業をうまく組み合わせた、「ブレンデッド・ラーンニング」の形の教育を開発することが必要ですね。

田中 大教室でのマスな授業からの脱却は、少子化への対応という点からも重要で、ようやくその方法が見えてきたことは実感しています。
法政では、通信教育部だけではなく、いくつかの学部や大学院の授業でITの活用が始まっていますが、まだ全学的な取り組みにはなっていません。大学の講義の無料配信サービス「MOOC」やその日本版「gacco」が始まるなど、ネット学習の環境は進化していますし、もちろん法政オリジナルのシステムも作っていくことになるでしょう。学生にはそういうものを利用して、必要な知識・情報はあらかじめ自分で手に入れてもらう。教室は他者、異質なものとの出会いの場へと役割を変え、学生は持ち寄った知識をもとにディスカッションすることでそれを深める、そうした仕組みを整えていくわけですね。

岡本 そうすればそこで、「正反合」の弁証法的プロセスで一つ高いレベルの「知」が生まれる共創が行われる。学生に授業を作らせて、教員はそれをサポートする反転授業も、一定レベル以上の学生が集まる法政なら有効だと思います。

人間力と実践知を身に付ける教育

田中 社会が大きく変化しているわけですから、求められる人材も変わってくる。教え方だけでなく、何を教えるか、学びの内容も見直していかなければなりませんね。

岡本 米・ハーバード大学のロバート・カッツ教授が、社会人に必要な能力を「テクニカル・スキル」「コンセプチュアル・スキル」「ヒューマン・スキル」の3つに分類しています。前の2つは先ほどのようなシステムで身につけられると思うのですが、問題は3つ目、誠実さ、やり遂げる力、打たれ強さ、思いやりなどいわゆる人間力ですね。
部活などはこれを養える場の一つで、企業が体育会系の学生を採用したがる大きな理由はそこにあります。それを大学の授業でということになると、例えば合宿的なものを取り入れるなど、工夫が必要でしょう。

田中 江戸時代の高等教育の場であった塾では、価値観や思想を教えていました。これも今の大学には欠けていて、どう取り入れるかが課題なのですが、塾ではさらに、学生たちが寝食を共にすることで、人間力も磨かれていたということですね。

岡本 そして間違いなく、共創的な教育が行われていたのだと思います。

田中 もうひとつ、法政大学は、実学や実用学とは違う、野中郁次郎さんいうところの「実践知」の教育を打ち出そうと考えています。ただこの言葉は、使う人によって意味がまちまちなので、使い方が難しい。

岡本 私はそれを、机上ではなく行動を通して得た知で、かつそれを他者とのやりとりによって高めたもの、と捉えています。例えば、強い企業は、トヨタ自動車の「カイゼン」活動のように、現場での実践知を高めていく仕組みを持っています。それを支えるものが組織のソーシャル・キャピタル(信頼、互酬性、ネットワーク)の高さです。このような組織・風土があるかどうかは、企業や組織のレジリエンス(復元力)を左右する重要なポイントです。
学生がここ法政で、人間力と、実践知を蓄積する力を共に身につけられたら、企業にとってはとても魅力的な人材になりますよ。

田中 そんな学生を育てる、「共創の時代の大学」を目指しましょう。本日はありがとうございました。


法政大学経営大学院 イノベーション・マネジメント研究科教授 岡本 吉晴(おかもと よしはる)

1946年、山口県に生まれる。
1969年東京大学工学部卒業。
1971年東京大学大学院工学系研究科 計数工学専門課程 博士前期修了。
三菱総合研究所取締役、顧問を経て、2004年法政大学専門職大学院イノベーション・マネジメント研究科教授に着任。イノベーション・マネジメント専攻主任 、研究科長などを歴任。 企業においては、暗黙知も含めた膨大な量の知識を抽出し、組織の知として共有し活用し、新たな知識を創造することが競争力の源泉となる。これからの経営・人的資源・イノベーション戦略のために、最も重要なテーマ「知識経営(ナレッジ・マネジメント)」を研究テーマにしている。


サイトポリシー

「ヨミウリ・オンライン」の偽サイトにご注意ください