「実践知」を重視した対話型授業を通して
社会に貢献し、世界で生き抜く力を育む
湯浅 誠さん
答えのない課題に挑むことで学生は成長する
田中 「社会活動家」として様々な活動を行っている湯浅先生に、法政大学にお越しいただいて3年が経ちました。その間、学生たちをご覧になって、何か感じたことはありますか。
湯浅 自分たちの学生時代と比べ、クタクタに疲れているという印象を持ちました。アルバイトや勉強、将来不安に加え、SNSの登場で、友人関係や家族との関係がデリケートになっていることも影響しているのでしょうか。
田中 私も同感です。なぜそこまで人間関係に縛られているのだろうかと不思議に思うことがあります。学生生活の中で大事とされることに集中していれば、それ以外は気にならないと思うのですが、そうでもないみたいです。
湯浅 様々なことが個別化・断片化して、何が大事なのか、自分の目標が何なのか、見えにくくなっていることが原因かもしれません。
田中 大学は、入学してすぐに目標を掴めるような環境を学生に提供することが大切です。そのため、湯浅先生が所属する現代福祉学部が取り組む、実践知を重視した初年度教育に注目しています。
湯浅 1年生が挑戦する「基礎ゼミコンペ」ですね。2年前にスタートしましたが、初年度は2ゼミだけの参加でした。2年目には8ゼミに広がり、2017年度はいよいよすべてのゼミが参加することになりました。
各ゼミ、複数のグループに分かれて、「ウェルビーイング」をテーマに、福祉的な社会課題の解決に向けた方策およびそれに向けての大学での学びをセットで考え、グループワークを通してプレゼンテーションの準備をします。コンペ当日は、各グループがプレゼンを行うのですが、革新性、実現可能性、プレゼン力の3つの視点から、教員はもちろん学生にも投票に参加してもらいます。
田中 昨年から18歳選挙権がスタートしました。自分の頭で考えて判断し、自分の責任の元、何かを選ぶという経験は大事ですね。湯浅先生はこのコンペに、どのような考えをお持ちで取り組まれているのですか。
湯浅 よく「就職活動を通して成長する」という声を聞きますが、大学教員としては、学生たちに大学の授業を通しても成長してほしいと考えています。そのためには異質な価値観との接点をつくることが大切です。様々な価値観を持った者同士が対話を重ねることで、相手の意見を汲み取りつつ、自分の意見を言う能力を鍛えることができますが、こうした力は社会に出て行ってから初めて身につけるというのでは遅い。社会で身につけるスキルのベースになるものなので、学生のうちに身につけてほしいと願っています。
田中 実際にコンペを通してどのように学生は成長していくのですか。
湯浅 私の基礎ゼミの学生の例ですが、コンペの準備が始まったころには、やる気を見せず、社会的な問題にも関心が低かった学生が、グループワークをするうちに、のめり込んでしまい、念入りに準備してプレゼンに臨みました。結果は3位だったのですが、ものすごく悔しがっていました。そうした経験を経て、専門ゼミは厳しいと言われる私のゼミを選んでくれました。本当にそんなタイプの学生ではなかったのですが、大きく成長しました。
田中 悔しいという思いを抱くのは大事です。結果よりも、目標を定めて向かっていったことに意義がありそうですね。
湯浅 コンペでは、まさに答えのない問題に挑みます。その答えは教員も持っていません。考えるプロセスを積み上げ、プロジェクトを密度の濃いものにしていく基礎を学んでくれたのではないかと思います。
学部の取り組みが大学全体を変えるきっかけとなる
湯浅 先ほどご紹介した基礎ゼミコンペですが、今後学内だけにとどまらず、例えば空き家を抱えた公団や福祉法人が提示した課題に学生が挑み、その方たちの前でプレゼンテーションするという形になればと思っています。
田中 まさに委託研究ですね。法政大学では「自由を生き抜く実践知」を、法政大学憲章を定めています。大学における実践知とは何か、今後一層広めていきたいと思っています。
湯浅 今後すべての基礎ゼミが参加することになるため、こうした取り組みが、学部の文化として定着すると良いと思っています。
田中 法政には新しい改革が学部発で生まれるという空気があります。例えば国際文化学部は海外留学を必修とし、全員が参加します。それがうまくいっている様子を見て、自分たちの学部の海外留学の制度として取り入れたりしています。また、社会学部の「社会を変えるための実践論」という授業の内容が『そろそろ「社会運動」の話をしよう----他人ゴトから自分ゴトへ。社会を変えるための実践論』というタイトルで書籍化され話題となりました。この授業は、複数の先生が参加しましたが、大教室なのに活発な議論ができるという空気を大学の中につくりました。
湯浅 私が担当する「社会問題論」は250名余りの学生が履修していますが、そのうち8割くらいが1年生で、まだ社会問題など考えたことのない学生が多数です。そのため、身近な問題から意識してもらうことにしています。
その上でテーマを一つに絞り、そこにはどういうステークホルダーが関与し、誰にどんなアクションをすべきか考えてもらいます。実際に行動するには仲間が必要なため、どうやったら仲間が集まるか、4人組をつくり、プレゼンし合います。そこで一番支持を得た学生が教室の前に出てみんなの前で自分の意見を発表します。こちらもみんなで投票するのですが、そうすることで競争心が芽生え、張り合いがでます。
昨年度、センシティブな問題を扱った学生のスピーチに対し、票も集まった一方で、リアクションペーパーには、多くの異論が寄せられ、学生間で活発な意見交換が生まれました。ある問題について私が一方的にレクチャーするより、学生たちが学び合ったほうが、集中力が高まります。
それは、先進国の途上国支援の際、専門家が行ってこうすべきだと答えを与えても、そこに暮らす人たちがその答えを生きなければ意味がないのと同じです。それよりも、一緒に暮らす同じ目線の人同士が交流する方が伝わります。私が取り組んできたホームレス支援の際も、当事者交流を大切にしていました。これは学びの場でも同じ。教員が知識を伝えることも必要ですが、学生同士が刺激し合う場をつくることも、同等またはそれ以上に大切です。
教員は答えを教える立場から、学びのサポート役へ
田中 今、小学校から大学まで、アクティブラーニングを取り入れるよう言われ、その在り方が議論されています。その際、学生たちをアクティブにさせるため、先生のスキルを高めるだとか、教室が活性化するテクニックを学ぶだけではダメでしょう。答えは学生ひとり一人が持っていると考え、それらをどうやったら引き出すことができるか。学生たちが自分の考えに気付くチャンスをいかにつくるか。教員一人ひとりがそういった発想に考えを改める必要があります。
湯浅 教員が答えを持っているにもかかわらず、形だけみんなで考えさせて発表させるのは良くありません。せっかく考えて発表したのにそれを否定されたら、自分で考えることには意味がないという思いが蓄積されてしまいます。
田中 教育の現場はこれまでずっとそういう歴史でした。今大きく変わる時だと思います。答えを教えない教員をいかにつくるか。
湯浅 私は授業の前に「教えません」と宣言しています。教員は学生たちの学びのサポートをすべきだと思っています。学生にとって重要なのは、答えを出すことではなく、答えを生きられることです。
田中 「自分の答えを生きる」というのはいい言葉ですね。つい教員は、学生と一対一で授業を進めようとしますが、学生同士の関係をどう作るかが大事だということに気付かされます。
湯浅 支援も教育も根本は同じです。ホームレスにしろ、貧困にしろ、こちらと一対一の関係のままでは限界があります。どこかで対象者同士の横のつながりをつくらないと、物理的に対応できません。支援にはケースワークとグループワークがありますが、グループの中での動きを見ることで、その人の性格とか得手不得手が良くわかります。だからこそ企業の面接ではグループワークが行われるのです。
田中 人は関係性の中にあってこそ、自分がどういう役割をすべきか考えることができます。
湯浅 そのため、専門ゼミではよく議論をします。そしてその時に大切なのは、複眼的な視点を持つこと。話題になっているテーマに集中する目と、議論している場全体を俯瞰して、誰が話して誰が黙っているかなど、場全体を考察する目、さらにそこに参加している自分自身の役割や振る舞いを検証する目です。真剣にやると、30分で脳みそが沸騰します。
田中 これまで社会で活動されてきた経験が、教育の現場でも活かされていると実感していますが、現在はどのような社会活動をメインにされているのですか。
湯浅 子どもの貧困問題に取り組んでいます。子ども食堂が全国的に広がりを見せていますが、同時に課題もはっきりしてきました。そのため、それを取り巻く課題解決のため全国を行脚しています。つぎに「目線を合わせる」という言葉を使っていますが、関心のない人に対し、こうした社会問題に取り組むことは、われわれ全員のためになるのだということを伝えています。政治的には貧困家庭の子どもの進学のため、民間資金活用を促すような税制改正要望を行いました。ただこれは最終的には合意に至りませんでした。
田中 多様な階層で、社会活動をされているのですね。
湯浅 社会活動は一人三役と言っています。対個別、対社会、対政治それぞれに働きかけます。学生に対しても、3つのレベルがあって世の中が動いていることを視野に入れ、常に意識してもらうように促しています。
田中 学生が自分でものを考えるのは大事ですが、どういう視点で考えるか示唆するのは教員の役割ですね。
湯浅 考えるプロセスをリードするのは教員の役目です。私の場合はまずやって見せます。様々なデータを活用して事実をプレゼンして見せた後、個人的な体験を織り交ぜて話してみます。すると、後者の方がより伝わることを学生は体感します。そのうえで学生にも同様に考えてやってもらうよう促します。内容は決めません。ただ考え方を伝えます。
田中 何か考えるときには、その裏にいろいろな動機や関心があります。自分を振り返ることで、自分の中にその理由があることに気付ける。そうするとその問題は抽象的なものではなく、自分の関心の根っこと社会との関係性の中にあることを発見できます。
そして、こうした授業を心がけてきた湯浅先生の取り組みが評価され「ベストティーチャー賞」を受賞されましたね。改めておめでとうございます。
湯浅 ありがとうございます。私の授業、単位は甘くないですし、専門ゼミも「ガチゼミ」と言われるほどなのですが、それを面白がってくれる学生が多いのですね。
田中 これまで受賞された先生もほとんどが厳しい先生なんです。学生は甘い先生が好きというわけでは決してないようですね。これからもよろしくお願いします。
- 社会活動家/法政大学現代福祉学部教授 湯浅 誠(ゆあさ まこと)
1969年東京都生まれ。東京大学法学部卒。2008年末の年越し派遣村村長を経て、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。内閣官房社会的包摂推進室長、震災ボランティア連携室長などを務める。現在、法政大学現代福祉学部教授のほか、NHK第一ラジオ「マイあさラジオ」、文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」レギュラーコメンテーター、「ラジオフォーラム」レギュラーパーソナリティー、日本弁護士連合会市民会議委員を務める。著書に『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日文庫)、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞した『反貧困』(岩波新書)、『貧困についてとことん考えてみた』(茂木健一郎と共著、NHK出版)など多数。Yahoo!ニュース個人の連載「1ミリでも進める子どもの貧困対策」で「オーサーアワード2016」を受賞。また、法政大学「2016年度 学生が選ぶベストティーチャー賞」を受賞。
- 法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
1952年神奈川県生まれ。1974年法政大学文学部卒業。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。