男性も女性もキャリアを自律的にデザインする時代に
武石 恵美子教授
不確実な時代だからこそ
重要なキャリアデザインの考え方
仕事だけではなく、結婚・家庭・老後など自分の生き方全体を「キャリア」ととらえて、それを主体的に設計し実現していく----「キャリアデザイン」という考え方の必要性について、欧米と比較して遅れていると言われてきたわが国でも、ようやく認識が広がりつつあります。
かつての日本企業は、きわめて安定した終身雇用制度と、それを背景とする丁寧な社員教育を特徴としていました。個人がキャリアについて考えるのは就職のときだけで、あとは選んだ会社に一生を丸ごと任せて安心していられた。その点が、欧米とは大きく事情が違っていたのです。
ところが、バブル崩壊以降、国内外の経済情勢が激変。企業には従業員教育に割く時間・コストの余裕が次第になくなってきたばかりか、安定した雇用の提供すら危うくなってしまった。個人それぞれが、より主体的に、自分のキャリアと向き合わなければならない。それが時代の流れと言えます。
では、具体的にキャリアをどのようにデザインすればよいのでしょう。アメリカなどで進められている「キャリア論」の研究もありますが、それを学べば済むというわけではもちろんありません。そもそも正しい「設計図」の描き方などはなく、仮に自分なりの設計図が描けたとしても、不確実性がますます高まっているこの社会で、思い通りに事が運ぶ保証もありません。
そうしたなかで、ポイントがひとつあるとすれば、社会の変質・変化に流されないよう自分をつなぎ止める「アンカー(いかり)」を見つけることでしょうか。そのためには、たとえば就きたい職種にこだわるのではなく、その仕事を通じて自分が何を実現したいのかを考える、また、表面的な得意・不得意の裏にある自分の本当の「強み」を見つめる、といった作業が必要となります。そして将来、「設計図」の変更を余儀なくされることがあっても、降ろしたアンカーを確認しながら前に進むことが大切です。
法政大学は03年、他に先駆けて「キャリアデザイン学部」を創設、現在でも同学部はこの分野のトップランナーです。
ここで扱うのは、いわば「人の生き方」。ですから、カリキュラムは他学部に比べて非常に間口が広くなっています。既存の学問領域にとらわれず、学際的に多様な知識を吸収しておくことが、人生の節目節目でキャリアを考えるとき、選択肢を広げ、かつそこから最も望ましい道を選ぶことにつながるのです。その一方で、ゼミなどを通じて、大学でしか学べない研究の方法論、自ら問いを立て、情報を集め、答えを探求していく力も、学生には身に着けてもらいます。
それぞれの「アンカー」は、大学の4年間で見つかるとは限りません。むしろ、社会に出て実際に仕事をする中で見つけるものでしょう。ただ、手がかりは在学中にできるだけ得ておいてほしい。そのために、「キャリア体験学習(国内・国際)」「キャリアサポート実習」など、実践的なプログラムを多く取り入れているのも、この学部の特色のひとつです。
見回せば、行動的で、自分の人生に積極的であると同時に、他者のキャリアにも関心を持って貢献しようとする学生たちが、ここでは育っています。彼らがこれからどんなキャリアを生きるのか楽しみです。
ダイバーシティのカギを握るのは男性の働き方
キャリアデザインはすべての若い世代が考えるべきことですが、やはり男性より女性の方が、困難が伴うというのが日本の現状。背景のひとつが、企業の雇用におけるダイバーシティ(多様性)の問題です。
ここでいうダイバーシティとは、異なる価値観や能力、背景を持つ「多様な」人材が組織の中で強みになるような組織変革を含む概念です。グローバル化が進み、市場のニーズ自体がきわめて多様化している現在、これは企業にとってメリットがあるということにとどまらず、競争力を高めるうえで不可欠の取り組みと言ってもよいでしょう。
「多様性」の中には、外国人・障がい者・高齢者をはじめ、まさにあらゆる「個性」が含まれます。とりわけ日本の現状では、女性の能力発揮がこの分野での主要な課題であることは間違いありません。またそれは、かつて労働省(当時)に所属し、結婚・出産も経験した私自身が、個人的にも仕事の上でもぶつかり、取り組んだ問題でもありました。
ご存じのとおり、86年の「男女雇用機会均等法」をはじめ、女性の雇用を推進するための施策は、わが国でもかなり早くから打ち出されてきました。にもかかわらず、データを見るかぎり、女性の働き方は残念ながらあまり変わっていません。結婚・出産を機に辞める女性は減っておらず、女性の管理職は増えていないのです。
なぜでしょう。原因は女性ではなく、男性の働き方にあると考えています。
日本の多くの企業では、恒常的な長時間勤務や会社都合による頻繁な転勤などが、いまだに一般的です。これは、夫が働き妻は専業主婦という、画一的なモデルをもとに作られた働き方。前述のダイバーシティのメリットとは裏腹に、職場管理の観点からは、従業員がなるべく同質で画一的な方が効率的であることは明らかです。同質性が組織の強みにつながってきたという面があり、ダイバーシティの重要性の認識があっても取組が遅れています。とりわけ日本の職場では、文化の共通性、「あうんの呼吸」のようなものを重んじる傾向が強く、しかも、それを武器に高度成長を実現してきたという成功体験がある。それだけに、既存のシステムをなかなか変えられずにいるのです。
こうした職場では、男性社員が育児や家事を働く妻と分担したいと考えても、それはほとんど不可能です。また女性社員は、せっかく育児中の短縮時間勤務などの支援制度があっても、周りの男性社員の手前、利用しづらいという心理的な障壁も生じます。
男性の働き方、その「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」を見直さないかぎり、女性の社会進出はままなりません。ダイバーシティを組織の力にしていくことも困難です。
ただ、経営者たちと話をしてみると、さすがにここへきて、危機感を感じている人が増えています。男性側の育児休業取得促進を含めた企業の育児支援策を底上げしてきた「次世代育成支援対策推進法」は、法律の延長が決まりました。アベノミクスの成長戦略もあり、多様な人材が活躍できる環境整備へと変化の流れが見えてきました。
ですから私は、キャリアデザイン学部の学生たち、そしてそこを目指す高校生の皆さんを含めたこれから社会に出る若者に伝えたいのです。日本人の働き方はこれから大きく変化します。男性も女性も、だれもが生活しやすい社会を作るのはあなたたちだ、あなたたちにはその力もチャンスもあるんですよ、と。
- キャリアデザイン学部教授 武石 恵美子(たけいし えみこ)
キャリアデザイン学部教授。博士(社会科学)。筑波大学第二学群人間学類卒業後、労働省(現 厚生労働省)、ニッセイ基礎研究所、東京大学社会科学研究所助教授等を経て、2006年4月より法政大学。
専門:
人的資源管理論、女性労働論
研究テーマ:
①企業の人事管理と女性のキャリア形成
②ワーク・ライフ・バランスと働き方改革
著書:
『雇用システムと女性のキャリア』(勁草書房、2006年)
『国際比較の視点から日本のワーク・ライフ・バランスを考える』(編著、ミネルヴァ書房、2012年)
『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』(編著、東京大学出版会、2014年)
他多数。
学外での公的な活動:
厚生労働省「中央最低賃金審議会」「労働政策審議会 障がい者雇用分科会」
「労働政策審議会 雇用均等分科会」など各委員を務める。