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子規文庫の源氏絵(初夏編)
~田舎源氏と伊勢物語~

イメージ歌川国芳の大判錦絵「准漢(からなぞらえ)船遊び」(右の三枚続)と「美人庭遊び」(左の三枚続)を合わせて六枚続にしたもの〔いずれも住吉屋政五郎刊、1847(弘化4) 年~ 1852(嘉永5)年〕。「美人庭遊び」は上の絵と同様かきつばたと八橋をあしらったもの。「准漢船遊び」は、『偐紫田舎源氏』三十四編の中の、光氏が招待した秋の 館の腰元たちが唐(中国)風の小舟でやってくる場面に取材している。国芳はさらに春の館から小舟を眺める光氏を絵の左上に加えている。小舟や漕ぎ手の中国風の扮装 は当時の中華趣味の流行を反映している。

江戸時代後期の戯作者・柳亭種彦の合巻本『偐紫田舎源氏』は、三代歌川豊国(初代国貞)の挿絵と相まって庶民に大人気を博しました。挿絵はさらに多色刷りの華麗な錦絵(浮世絵)となって販売され、「源氏絵」と呼ばれてもてはやされました。源氏絵は豊国自身のほか、国芳、国周、芳年など多くの絵師が手がけ、描かれた着物や道具、髷(まげ)の形までもが庶民の間で流行したといいます。

本学図書館所蔵の「子規文庫」には、豊国、国芳らの源氏絵を綴じた画帖が残され、季節感あふれる精緻で鮮やかな錦絵を見ることができます。植物性の顔料を使う錦絵は、空気や光にさらされると退色しやすいのですが、本画帖は綴じ本であることが幸いして非常に良い保存状態が保たれています。この中から初夏の絵をひろっていくと、互い違いに架けられた橋にかきつばたの咲くさまを描いた特徴的な背景の絵が見られます。

イメージ柳亭種彦『偐紫田舎源氏』三十四編下の表紙と挿絵(豊国画)。挿絵は下のような鮮やかな錦絵となって販売された

互い違いの橋は「八橋」で、これにかきつばたが加われば、当時の人々はすぐに『伊勢物語』とわかります。在原業平に擬えられた主人公が東国に下る際に、三河国(愛知県東部)で川に渡された八つの橋のある「八橋」というところでかきつばたの花を眺めながら一首詠んだという物語のモチーフだけを取り込んでいます。当時は古典といえば伊勢と源氏。主人公が美しい貴族と貴公子というようにイメージ的にも近い両者を合体させ、よりファンタジックな世界をつくり出そうとするところに、江戸庶民文化のおおらかさが感じられます。

取材協力:小林ふみ子文学部教授

イメージ三代歌川豊国(初代国貞)の大判錦絵・三枚続「四季之内春 御庭の遊覧」〔遠州屋彦兵衛刊、1847(弘化4)年~ 1852(嘉永5)年)〕。『伊勢物語』第九段に擬えられた庭園での主人公足利光氏と、たばこ盆や刀を持ってかしづく腰元たちを描く(左)、三代豊国の大判錦絵・三枚続「かほよ花の遊」〔山本久兵衛刊、1847(弘化4)年~ 1852(嘉永5)年〕。「かほよ花」はかきつばたの古名とされ、これも上の絵と同様の場面。特徴的な海老茶筅の髷をした主人公の光氏の両側に対峙す る二人の腰元は、まるで芝居絵のように劇的な瞬間を捉えている(右)