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シンポジウム 次世代自動車の普及がもたらす、新しい暮らし、新しいビジネス 2015年11月1日(日)東京ビッグサイト 会議棟6階

2015年11月27日

政井マヤ氏

11月1日「東京モーターショー2015」が開催中の東京ビックサイトで「次世代自動車の普及がもたらす、新しい暮らし、新しいビジネス」をテーマとしたシンポジウムが開かれました。環境やエネルギーに関わる様々な問題を解決し得る、EV(電気自動車)やFCV(燃料電池車)などの次世代自動車。その現状や可能性、さらなる普及に向けた課題などについて、幅広い立場の専門家・有識者たちが語り合いました。

【コーディネーター】政井マヤ氏(フリーアナウンサー)

主催:
読売新聞社
後援:
経済産業省
協力:
一般社団法人 日本自動車工業会

基調講演/対談「自動車産業を巡る構造変化とその対応について」

【基調講演】将来を見据え競争力の強化を

伊吹 英明氏(経済産業省 製造産業局 自動車課 課長)

伊吹 英明氏

世界の自動車販売台数において、日本メーカーのシェアはおよそ30%。国内で見ると96%、アメリカでは37%、ヨーロッパでは10%程度です。経営の状況としては、企業の収益性を測るROE(株主資本利益率)は、各社“稼ぐ力”があるといえる約8%をクリアしており、自己資本率も比較的安定して事業を運営できる40%程度を保っています。将来への備えとなる設備投資費および研究開発費も、売り上げの3~4%と十分です。

今後の世界のマーケット規模は、現在約8千万台である完成車の年間販売台数が、2020年頃に1億台を突破すると予想されています。大きな成長が期待できるのは3千万台を超える規模になるであろう中国とその他の新興国で、先進国ではアメリカが少し伸びるほかは、日本も含めてほぼ横ばいでしょう。また、EVやFCVが増える上に自動走行システムの普及が進み、それらに伴ってセンサーやECUなどの電子系部品の需要が創出されるため、マクロにマーケットが拡大するはずです。

その際に企業はより競争力を高めていくことが必要ですが、魅力的な車をつくるためには「デザイン」「燃費」「走行性能」「安全性」「使い勝手」「品質」「アフターサービス」「値段」「ブランドイメージ」などが重要なポイント。そういった車を提供し続けるためには、企業のデザイン力や技術力、世界中にタイムリーに商品を届ける力、工場の競争力などが求められます。質の高い部品をコストを抑えて調達することや、消費者のニーズを商品に取り込んでその魅力をしっかりと訴求していくことも重要でしょう。

環境面に話を移すと、CO排出量削減と省エネという観点から、世界中で規制が設けられており、多くの国ではこれから燃費規制や排ガス規制などの基準がさらに厳しくなっていく見込みです。また、アメリカの一部の州などでは、C02や排ガスを出さないEVやFCVを一定の割合で販売することを義務づける規制もあります。

これからどういうパワートレインが普及していくかについては、EV、PHVなど、電動化がかなり進むと考えられます。ただ、2040年になってもガソリンエンジン、ディーゼルエンジンを使用する車は全体の70%を超えているはずなので、企業は電動化とエンジン効率の向上を同時に行っていかなければなりません。

自動走行については、国でロードマップを作成しており、自動化レベルの定義とそれらが実用化される予定の時期を発表しています。レベル1はすでに実用化されている「加速(アクセル)・操舵(ハンドル)・制動(ブレーキ)のいずれかをシステムが行う状態」で、レベル2は2010年代半ばに実用化予定の「加速・操舵・制動のうち複数の操作をシステムが行う状態」。レベル3は「加速・操舵・制動を全てシステムが行い、システムが要請したときはドライバーが対応する状態」で2020年代前半の実用化を、レベル4は「加速・操舵・制動を全てドライバー以外が行い、ドライバーが全く関与しない状態」で2020年代後半の試用開始を期待しています。

各社は2020年に高速道路や一般道での自動走行を行うことを目指していますが、車同士がぶつかるポイントの多さに応じて難易度は上がり、パーキングなどの閉鎖空間、高速道路、一般道の順で実現が難しくなっていきます。もしも完全自動走行が可能になれば、個人が車を持たなくてもよい社会が訪れ、自動車にまつわるビジネスモデルが大きく変わっていくことになるかもしれません。

【対談】予測される非連続的イノベーション

松島 憲之氏(三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフリサーチアドバイザー)
伊吹 英明氏(経済産業省 製造産業局 自動車課 課長)

松島 憲之氏

松島 自動走行の完全自動化に向けては4つの段階があり「2020年代前半にはレベル3に到達するのではないか」というお話がありましたが、実現する上でどのようなことがネックとなるのでしょうか。

伊吹 おそらく大きく分けて2点です。1つ目はセンサーやECU、そしてその先にあるAIなどの技術開発がどの程度進むのかということ。車同士が情報をやりとりするための仕組みも確立される必要があります。 2つ目は法制度に関して。いまは運転する人が注意義務を負いますが、レベル3になると基本的にはシステムに運転を委ねるので、事故が起きた場合に「誰が責任を取るのか」という問題が出てくると予想されます。

松島 ヨーロッパなどではシステムの開発や法整備が順調に進んでいます。

伊吹 実は技術では日本が先行していたのですが、ヨーロッパ勢がより早く本格的にシステムを取り入れたため、その後の普及につながっていくことになりました。日本はいま一生懸命追いかけている状態で、商品によってはかなりのシェアを占めるものも出てきています。法整備についても基準・標準や規制をつくっていかなければならないと考えているところです。

松島 ドイツでは国家戦略として「インダストリー4.0」という自動車産業を中心とした工業の情報化による産業革命を進めています。日本における優れた技術力を生かすための、国としての具体的な取り組みを教えてください。

伊吹 経済産業省では国土交通省とともに「自動走行ビジネス検討会」を開いて、自動走行を活用した事業モデルの構築やセキュリティなどの重要技術の関わるプロジェクトの形成、ルールづくり、産学連携の促進などについて話し合っています。

松島 EV、PHV、FCVばかりでなく、新世代のガソリンエンジンやディーゼルエンジンを搭載した燃費性能などでの競争力が高い車が続々と生まれています。しかし、自動車メーカーの規模によっては分野や商品を展開する地域を絞らなければなりません。グローバルに戦える自動車メーカーと、地域を絞ってグローカルを意識する自動車メーカー、双方の競争力を高めていくことが重要です。

伊吹 大手や内燃機関に多くの経営リソースを投入しているメーカーは、環境技術において提携関係が築かれています。一部のマーケットに注力しているメーカーは、地域によって環境規制が違うので、それに応じて力を入れる技術を変えるなどの工夫が見られますね。

松島 日本の自動車メーカー各社が決算を発表し、多くが過去最高益を更新したことが分かったとはいえ、将来的に“稼ぐ力”を保ち続けられるかは不透明です。なぜなら、これまで日本の自動車産業はエンジンを中心としたイノベーションの継続的発展に支えられてきましたが、EVなどの次世代自動車ではバッテリー、インバーター、モーター、ボディーの素材など、使用する部品が大きく変わるからです。 非連続的かつ破壊的なイノベーションが起こる可能性がある中、自動車産業を経済の核とするために、国としてはどのような方針をとるのでしょうか。

伊吹 内燃機関や、燃料電池を含む電池、モーターなどの研究開発には“学”の知見が生きるので、研究リソースを大幅に削減するためにも、国家プロジェクトを立ち上げていく予定です。また、キーテクノロジーの研究開発で世界のトップ3を狙えるようなメーカーに、産業革新機構などのファンドを通して積極的な投資を行い、日本の技術の基盤として育てていくということも考えられます。

パネルディスカッション第1部
「革新的な進化を遂げるEV・PHV」

2030年EV・PHV2~3割へ

吉田 健一郎氏(経済産業省 製造産業局 自動車課 電池・次世代技術ITS推進室 室長)

吉田 健一郎氏

国内では2009年からEV・PHVの本格的な普及が始まり、以来およそ6年で12万台を超えました。また、急速充電器の整備も着実に進んでおり、すでに5千基を超えています。世界全体に目を移すと現在、約60万台のEV・PHVが普及しているとみられ、そのうち半分のおよそ30万台はアメリカです。2番手が日本で、そのあとに中国、オランダ、フランス、ノルウェー、ドイツ、そしてイギリスといった国が続いており、現状は日米欧、それに中国を中心に普及が進みつつあります。

2020年以降は自動車のパワートレインの多様化が一層進むと考えられており、このうちEV・PHVの市場における割合は2030年で約3割、2050年には5割を超えるという予測もあります。

EV・PHVの普及促進が期待される背景として3点指摘したいと思います。1つ目は「エネルギー制約への対応」です。政府としては今後、産業部門、業務部門、家庭部門、運輸部門それぞれで大幅な省エネを目指していきますが、運輸部門については1,607万kl程度の省エネが求められており、このうち約938.9万klの省エネを「次世代自動車の普及」や「燃費改善」により達成することを見込んでいます。背景の2つ目は「環境問題への対応」です。年内にパリで「気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」が開催されますが、我が国としても大幅なCO2排出量の削減を目指していくことが必要です。3つ目は「産業競争力の強化」です。自動車産業は我が国にとって大変重要な産業ですから、今後普及が期待されるEV・PHVにおける競争力も高めていく必要があります。国内市場を世界に先駆けて創出するため、2030年に次世代自動車全体の市場における割合を50~70%へ、このうちEV・PHVを現在の0.3~0.4%から20~30%にまで引き上げていくことを目標としています。

一般の方々を対象とする意識調査によれば、消費者はEV・PHVに対して「価格が高い」「航続距離が短い」「充電インフラが十分にない」等に懸念を感じているという結果が出ています。このような事も踏まえ、政府としては主に3つの施策を展開しています。まず、「クリーンエネルギー自動車の導入支援」として、EV・PHVに加え、クリーンディーゼル自動車や燃料電池自動車も対象に、年間で300億円の予算を活用して購入者に対して補助金を交付しています。また、充電インフラについては、公共用の充電器を中心に、年間300億円の予算を活用して普及に努めています。さらに航続距離に対する不安を解消するべく、蓄電池の研究開発を支援しています。今後ともこうした取組を総合的に実施することにより、EV・PHVの普及目標達成に努力していきます。

補助事業で充電インフラ整備を促進

有光 大氏(次世代自動車振興センター 副事務局長)

有光 大氏

次世代自動車の充電インフラにはいくつかの形態があります。まず挙げられるのが「基礎充電」と呼ばれる車庫での充電で、普通充電器やコンセントを用いるものです。次に、商業施設などの目的地で充電してから帰宅する「目的地充電」や、充電を経て、さらに遠くの目的地に行く「経路充電」など、充電ネットワークを利用するものがあります。私たちは、補助金を通して、こうしたインフラ整備の促進を図っています。

補助金の対象となるのは充電器と工事費。充電器は、6年ほど前までは50kW出力の急速充電器で約500万円もしていましたが、最近では100万円を切る製品も登場するなど、低価格化や多機能化が進んでいます。

充電器と工事費の補助対象となる事業は「自治体が指定した場所・エリアへの設置事業」「高速道路のパーキングエリア、サービスエリア、あるいはハイウエーオアシスなどへの設置事業」「マンション、月極駐車場、あるいは従業員駐車場等への設置」「個人・法人・自治体の専用駐車場への設置」の4つです。この補助事業は、平成24年度で、4つの事業を合わせて約1万1千の事業の申請を受けており、約4,500基の急速充電器と約4,600基の普通充電器の設置に利用されました。

EV・PHVのユーザーを対象とした調査で「充電器があれば便利だと思う場所」について尋ねたところ、最もニーズが高かったのは高速道路でした。私たちの補助事業は高速道路への充電器の設置にも活用されており、すでに東京から鹿児島まで、あるいは東京から仙台まで、電気自動車で行くことが可能です。次いでニーズが高いのがショッピングセンター、道の駅、コンビニエンスストア等ですが、こうした場所への設置も着実に進んでいます。

今後の展望としては、次世代自動車の増加に伴って、充電器の使用頻度の高い場所には、複数台の充電器の設置が求められることが考えられますし、マンションなどへの設置を望む人も増えてくるでしょう。また、「ナビゲーション等で充電スポットを予約できて、到着したらすぐに充電器を使えるようなサービスがあるとうれしい」「EV専用の充電ステーションがほしい」といった意見も多数寄せられており、そうしたユーザー本位のサービスを提供する充電インフラ会社の登場を期待する声もあります。一方、充電器の設置者の視点からは、ランニングコストの低下が望まれており、業界全体のさらなる進化が期待されます。

環境性能だけでなく“走り”も充実

百瀬 信夫氏(三菱自動車工業 電動車両事業本部 副本部長)

百瀬 信夫氏

三菱自動車は2009年にEV「i-MiEV」の量産を開始しました。EVには航続距離の問題があったことなどから、さらに議論を重ねてPHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)という言葉を発明。2013年には「アウトランダーPHEV」を発売しましたが、皆さまから高い評価をいただいたため、今年の夏にはマイナーチェンジを行って、さらなる性能の向上を遂げました。新型の「アウトランダーPHEV」は先代に比べてハイブリッド燃費が向上し、CO2排出量も抑えられています。

「アウトランダーPHEV」はラリーにも参戦していますが、レースで車を走らせると、やはり性能はどんどん向上していくもの。当初2~3年はアジアを中心に活動し、今年はポルトガルのラリーにも挑戦しました。こうした活動を通じて、EVやPHVに対する「走らない」「重い」「感電するのではないか」という誤ったイメージを覆し、「環境に優しいだけではなく、よく走る、面白い車だ」という理解を広めていきたいと考えています。

次の世代としては、EVを打ち出したいと考えており、現在、研究に取り組んでいるところです。近年はリチウムイオン電池の性能が向上し続けており、2020年には現在の2倍以上のエネルギー密度を持った電池、つまり“2倍積める電池”が登場すると期待されています。これが実現されれば、EVの普及は一段と進むことでしょう。

電動車両ばかりでなく、電池自体も有効に活用したいと考えており、「車から家へ」という、いわゆる「V2H(ビークル・トゥ・ホーム)」など車両から電気を取り出せる機能の開発にも並行して取り組んでいます。これらは「まだ未来の話」だと思っている方も多いかと思いますが、実は3年ほど前から業界内で規格化が進められており、すでに実用化のフェーズに入っています。例えば、セキスイハイムの「VtoHeim」というスマートハウスは「アウトランダーPHEV」につながることができるようになっていて、電動車両が蓄電池の代わりに電気をためる役割を担います。

また、これまでは車に載った電池を活用していましたが、こうした電池はイメージされている以上に長持ちしますので、車から降ろしたあとも活用する「リユース」に向けた取り組みも始まっています。今年、フランスの電力会社と電池のリユースに関する実験を始めていますが、もうすぐパリで開催されるCOPでも、その成果をお披露目できるかもしれません。

運輸部門における低炭素化に貢献

大聖 泰弘氏(早稲田大学 次世代自動車研究機構 理工学術院 教授)

大聖 泰弘氏

EVの開発は1970年代に起こった石油ショックがきっかけとなってスタートしました。また90年代には、カリフォルニアでゼロ・エミッション・ビークル(無排出ガス車)の販売を義務づける取り組みが始まっています。「10台に1台を電気自動車にしないと5千ドルの罰金が課される」というものでしたが、バッテリーの性能が追い付かず、結局進展しませんでした。そうした中で、日本のメーカーは真面目に要素技術を磨くことで、現在のような世界をリードする状況をつくりだしました。

地球温暖化対策の取り組みの中で、運輸部門ではCO2の排出量を2050年までに80%減らすことが目標とされています。ガソリン換算では、2020年で20km/l、2030年で30km/l、2050年には50km/lを目指すことになります。クルマの燃費改善技術に加えてITSやICT等の技術を駆使することで、達成できるのではないかと予想しています。

国内の自動車メーカー4社が共同出資で設立した「日本充電サービス」は、すでに急速充電器4700基と普通充電器6,400基、合わせて約1万1千基の充電器を設置していますので、それ以外のものを加えると、トータルで2万か所を超えていると考えられます。ガソリンスタンドがおよそ3万3千か所ですから、その数に迫りつつあるということです。

経済産業省は次世代自動車の普及の割合に関し、目標とする数値を掲げていますが、これはぜひ推進していただきたいと思います。また、長期的にはEV・PHEVや充電インフラの整備がCO2の排出量削減の実現につながらなければなりません。

現在は原発の稼働が停止していますが、2030年には電源構成の2割ぐらいまで復活すると見られます。再生可能エネルギーも増えるでしょう。それらをEV・PHEVでもうまく使えば、運輸部門における低炭素化は2030年以降もどんどん推進できるのではないかと思います。また、車はいろいろな物を積みますと重たくなります。車両を軽量化していくことも非常に大事だといえるでしょう。最近発売された車の重量を見ていると、いかに軽量化するかというところで努力されていることが分かります。

IEA(国際エネルギー機関)による次世代自動車の種類と普及予測では、2050年でも55%の車は、なんらかのエンジンを使っているとされていますが、そうした全体の効率化を目指すような産学官の協力が必要です。自動車メーカーの方々と話をすると、基礎研究において、各社が重複研究をしていることが分かります。私たちは「非競争領域」と言っていますが、そうした部分はぜひ産学で一緒に進めていけることを願っており、私たちも国の支援を受けて活動を始めたところです。

パネルディスカッション第2部
「来たるべき水素社会へ~将来に向けた取り組み~」

水素利用本格化、そして用途拡大へ

戸邉 千広氏(経済産業省 資源エネルギー庁 燃料電池推進室 室長)

戸邉 千広氏

水素エネルギーはこれまで産業ガスやロケット燃料として活用されてきました。水素と酸素を混ぜて電気を取り出す燃料電池も実はさほど新しい技術ではなく、アポロの有人宇宙船に搭載されていました。これを一般化するのが難しかったのですが、2009年にはガスを使って電気とお湯をつくる家庭用燃料電池「エネファーム」が発売され、現在は国内に約14万台が設置されています。そして昨年末、FCVの販売が開始され、これからはフォークリフトやバスなどへの用途拡大も期待されているところです。

約40年前の石油危機の後に当時の通商産業省が発足させた、新エネルギー技術を研究開発するための「サンシャイン計画」と、省エネルギー技術を研究開発するための「ムーンライト計画」では、それぞれ水素と燃料電池が取り上げられていました。昔から民間と協力しながら「省エネルギー」「エネルギーセキュリティ」「環境負荷低減」という観点から、国もリソースを投入してきたのです。環境面では、確かに使用段階でCO2は出ないのですが、水素をつくる時に排出されることがあります。すべての過程でCO2を低減する「水素サプライチェーン(供給網)」の構築が必要です。

昨年には水素・燃料電池戦略ロードマップを策定しました。これは、現在から重点的に実施するフェーズ1(水素利用の飛躍的拡大)、2030年頃の実現を想定するフェーズ2(水素発電の本格導入/大規模な水素供給システムの確立)、2040年頃の実現を目指すフェーズ3(トータルでのCO2フリー水素供給システム)に分けられています。

フェーズ1の中でFCVを広めるために必要になるのが、車の普及と水素ステーションの整備。双方を実現するために、補助金による導入支援や、コスト低減の技術開発支援を進めているところです。また、海外展開に向けた基準の調和等の制度整備、ステーションの安全規制の見直しも行っています。

水素エネルギーや燃料電池の研究開発や導入には、ここまで非常に長い時間がかかりました。水素社会の幕開けの今、車への活用はもちろん、今後エネルギーの大きな柱となるのが水素だと思っていますので、これからも産学官が協力して粘り強く水素社会の実現に向けて取り組んでいきます。

2020年を大きなステップに

小川 謙司氏(東京都 環境局 都市エネルギー推進担当部長)

小川 謙司氏

東京都では昨年度、水素社会の実現に向けた取り組みの方向性を取りまとめました。「官民一体となって東京が日本を力強く牽引してくこと」「安全性を確保しながら水素関連製品や水素インフラの着実な普及を図ること」「中長期的にエネルギー構造の変革や低炭素社会の構築につなげていくこと」を打ち出しています。

また、2020年の国際的スポーツイベントでの水素エネルギーの活用を目指して「水素エネルギーを都市づくりに生かすこと」「環境と調和した未来型都市を提案して日本の技術力を世界にアピールすること」「長期的な視点から着実に取り組みを進めること」も決めました。そのためには「水素ステーションの整備」「燃料電池車・バスの普及」「家庭用燃料電池や業務・産業用燃料電池の普及」「安定的な燃料供給」「社会的受容性の向上」という5つの課題をクリアしなければなりません。

水素ステーションは、2020年までに現在の6か所から35か所に増やし、さらに、燃料電池車は6千台の普及、燃料電池バスは100台以上の導入を目指します。その一環として、官民で燃料電池車を導入して初期需要を創出するほか、都心と臨海副都心とを結ぶ「BRT(バス高速輸送システム)」には燃料電池バスを取り入れる予定です。今年7月には10年ぶりに都バスでの実証実験を行いました。

家庭用燃料電池は2020年までに15万台、産業用燃料電池は同年の本格普及が目標です。安定的な燃料供給に向けては需要を創出し、水素価格の低減を促します。そして、シンポジウムやパネル展示などを通して水素エネルギーの認知度向上にもしっかりと取り組んでいくつもりです。

財政的な支援も準備しており、燃料電池車を購入する際には国の202万円に加えて、その半分の101万円を、水素ステーションを設置する場合には国の2.5億円に加えて1.5億円を都が補助。燃料電池バスの導入に際しても国が5千万円、都が3千万円を出します。また、400億円の基金を積み立てており、2020年まで各種導入支援を継続していく予定です。2020年を一里塚として様々な取り組みを進め、水素社会実現への大きなステップにしたいと考えています。

FCVの生産・販売を世界規模で加速

河合 大洋氏(トヨタ自動車 技術統括部 担当部長)

河合 大洋氏

20世紀は大量に自動車が普及した時代で、化石燃料が大量に消費された結果、「石油の将来への不安」「CO2の排出増加」「大気汚染」と言った課題が顕在化しました。現在、自動車の燃料は90%以上を石油に頼っています。我々は自動車の燃費向上による省エネルギーに全力で取り組んでいますが、それと併せて燃料の多様化を目指し、水素や電気を使う車の開発を進めています。

FCVの"うれしさ"は、走行中にCO2を排出しない事による「ゼロエミッション」や「エネルギー多様化」、モーター駆動ならではの「走りの楽しさ」、3分程度で燃料を満タンにでき、約500kmを走れる「使い勝手の良さ」、そして「非常用電源供給」などが挙げられます。

当社は昨年12月にセダンタイフ゜のFCV「MIRAI」の販売を開始しました。生産台数がいまだ限られており、今年は年約700台、来年2千台、2017年からは3千台程度まで増やす予定です。さらに2020年以降、世界で年3万台以上、日本で1万数千台の販売を目指します。FCVの最大の課題はコスト低減です。「MIRAI」は一つ前のモデルに比べてFCシステムのコストを1/20以下に下げることができました。現在、「MIRAI」は税込みで723万円という価格ですが、FCシステムコストを2020年までにさらに1/2、2025年までに1/4にすることを目指し、全力で開発に取り組んでいます。

非常用電源供給の面では、「MIRAI」は外部給電機能を持ち、災害時には最大で一般家庭に4,5日分、今開発中のFCバスでは避難所に4,5日分の電気を供給可能です。FCバスは、2016年度中に東京都を中心に導入開始し、2020年の国際的スポーツイベントでは、100台以上が走っている状況を目指します。

水素はまだ身近な燃料ではありません。皆さんが当たり前に利用出来る環境を作るには、水素がFCVだけでなく、発電等の様々な用途で使われていくことが重要でしょう。また、FCVの普及に向け商品力を高めていくことは、我々自動車メーカーの責任です。さらに、FCV普及には水素インフラの整備も大きな鍵です。関係者の皆さんと協力し、将来の水素社会実現を目指します。

水素社会とは、水素と電気を上手く活用してエネルギー多様化が成り立っている社会だと思います。変動が大きい風力や太陽光発電の余剰電力を活用し水素に変えて溜めておく。そして必要時に水素をFCV用燃料としたり、水素から電気を作る。そういったサイクルができればサステーナブルなモビリティー社会が実現するのではないでしょうか。

産学官の連携で新時代を牽引

柏木 孝夫氏(東京工業大学 特命教授・名誉教授)

柏木 孝夫氏

水素社会の実現は技術立国日本として、久々の大型国家戦略だと捉えています。燃料電池は家庭用の熱電併給や自動車に活用されていますが、実は世界で初めて商品化したのは日本なのです。このまま開発をリードして今世紀のウィナーとなるためには、我々も含めて、産学官および金融機関が協力していかなければなりません。そして世界に先駆けた水素社会を2020年の東京から世界に発信することが重要でしょう。

現在、自動車の燃料は多くを石油に頼っていますが、世界の石油埋蔵量は約1.6兆バレルです。中国やインドが盛んに使い始めたら、あっという間になくなってしまいます。だからこそ、太陽光、風力、中小水力、地熱などの自然エネルギーから生み出すことができる2次エネルギー・水素の重要性は増しているのです。トヨタ自動車の「プリウス」がタクシーとして使われるほど普及するまで約14年かかりました。FCVも15年以内でそのレベルまで到達してほしいですね。そのためには、車体や水素のコスト低減と、水素ステーションの整備を積極的に進めていくことが必要。水素ステーションは将来的にはガソリンスタンドに併設されるような形になると思います。また、いまも実施されていますが、各種補助金を充実させることも効果的です。

来年の4月からは、家庭部門も含めて電力の自由化が行われます。エネファームと太陽光発電システムとが設置されている住宅なら、効率的に電気を売ることができます。FCVからも電気を送り出すことが可能ですし、「仮想の発電所」という言葉があるように住宅地が発電所になるわけです。

ドイツでは都市ガスのパイプラインを使って水素を送る「パワートゥーガス」という技術も確立されています。また、ある事業者は水素とメタンを合わせて発電を行うことを予定しています。発電する際にCO2が排出されないので、低炭素型の社会の実現に貢献することになります。水素は様々な技術開発に役立つ可能性を秘めているのです。 各種自然エネルギーから生み出すことができる水素は、都市、地方、山林など、日本中でつくれます。水素社会を実現するということは、地方創生そのものなのではないでしょうか。

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