2019年3月2日
「健康」と「病気」の間にある「未病」。人生100年時代では、「未病」と向き合う時間が長くなります。こうした「未病ライフ」をより充実したものにするには、一定レベルの健康知識・リテラシーを身につけ、「未病」の改善につなげる自発的な取り組みが必要です。
今回は、健康維持に欠かせないキーワードの一つとして「腸内フローラ」をテーマに議論し、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間、つまりは「健康寿命」を延ばしていくにはどうすべきかを考えていきます。
- 主催:
- 読売新聞社
- 後援:
- 内閣府・日本医師会・日本歯科医師会・日本看護協会・日本薬剤師会
- 協賛:
- 森永乳業
オープニングトーク (大谷泰夫氏)
「未病」を把握 生涯現役へ
大谷 泰夫氏(神奈川県立保健福祉大学理事長)
未病とは何かというと、健康な状態と病気の間が交錯、共生する領域を指す新しい考え方です。従来、われわれは、健康か病気かの二分法にとらわれていました。60歳で定年を迎え、老後を過ごすという時代ならそれでよかったのですが、いまは人生100年時代です。生涯現役時代に対応する新たな考え方が未病なのです。
具体的にいうと、健康診断の数値を見て健康に気を配りながら暮らすとか、年を重ねることで身体や認知の機能が低下した状態などが未病にあたります。
一方で、たとえば、がんや脳梗塞などの病気にかかり、治療後、生活復帰した状態も未病です。
では、こうした未病の状態で、より生活の質を高めるために何が必要かというと、まずは食。栄養バランスのとれた食事をとること。続いて適度な運動。これには質のよい睡眠も含まれます。そして、社会参加。これら三つの取り組みが欠かせません。
もともと未病は、神奈川県の黒岩祐治知事が広めた考え方ですが、今では国の健康・医療戦略に組み込まれています。人生100年時代、未病という考え方を取り入れることで、不摂生な生活習慣をしながら、体調が悪いと言っては服薬に依存する生活から、適切な食生活と運動習慣でもって健康で長生きする暮らしに転換させることができます。
特別講演 (菅谷昭氏)
健康寿命延ばすまちづくり
菅谷 昭氏(長野県松本市長)
市長就任以来、地方都市の生き残り戦略として「健康寿命延伸都市・松本の創造」と「松本ヘルスバレー構想」を進めてきました。
前者では、経済、教育・文化、地域、生活といった、あらゆる分野の健康を一体的に進めるまちづくりに取り組んでいます。さらに、最終目標として、生きがいの仕組みづくりもやっております。
たとえば、市内35地区でそれぞれウォーキングマップを作成してもらい、市民歩こう運動を推進しました。一緒に歩いて話す間に地域づくりのアイデアが生まれ、地域の絆が強まりました。
後者では、地域の健康・医療産業の育成に取り組んでいます。健康意識の高い市民の協力・支援によって優れた製品・商品、サービスなどを創出することで、地域経済の発展が促進され、雇用も生まれました。それらの健康製品を使って市民がさらに健康を増進させるといったウィン・ウィンの関係を目指しています。そうした活動の拠点として中心市街地に設置した機関が、松本ヘルス・ラボです。こうした取り組みの中で、2016年度の市民満足度調査で、全世代(20歳以上80歳未満)の約8割が「生きがいを感じている」と答えています。
人生100年時代、市民の健康寿命を延ばしながら、それぞれの能力を花開かせることができるまちづくりが大切だと考えます。
基調講演(國澤純氏)
腸内細菌 免疫を左右
國澤 純氏(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチン・アジュバント研究センター長)
人のおなかの中には、体全体の半分以上の免疫細胞が存在していると言われています。このおなかの免疫細胞は、食物アレルギーや炎症性腸疾患のようなおなかの病気だけでなく、花粉症やアトピー性皮膚炎、糖尿病といったおなか以外の病気にも関わっていることが、最新の研究でわかってきました。つまり、健康でいるためには、まずおなかの免疫から健康になることが大事だということです。
その免疫をコントロールする重要な因子の一つが、腸内細菌です。人のおなかの中には、1000種類ぐらいの腸内細菌がいると言われていて、その9割以上は培養することができません。ところが最近、菌が持つ特有の遺伝子を読むことによって培養しなくても、どのような菌が人のおなかの中にいるかがわかるようになり、私たちが思っていた以上に腸内細菌は人の健康、病気に関わっていることがわかってきたのです。
この腸内細菌の分野で今、一番注目されているのが、便移植です。病気の原因が腸内細菌であるのなら、健康な腸内細菌を患者に移植すれば病気が治るのではないかということで、健康な人のうんちから腸内細菌を取り出し、内視鏡で患者の腸内に移植したところ、特定の病気に対して非常によく効くという結果が出ました。
薬を飲んだ時に20%ぐらいしか治らない偽膜性腸炎で便移植をすると、90%以上の人が治りました。
腸という点では、人が毎日とっている油も大事な要素ではないかと考えています。例えば、アマニ油。ネズミを使った実験で、エサに含まれる大豆の油をアマニ油に置き換えたところ、卵アレルギーがほとんど起きませんでした。
調べてみると、アマニ油に含まれるαリノレン酸は体内でEPA(エイコサペンタエン酸)に変換されるのですが、シトクロムP450という酵素が、このEPAを、アレルギーを抑える効果がある17,18−EpETE(17,18−エポキシエイコサテトラエン酸)に変換させていました。
酵素には様々なタイプがあり、人によって異なります。健康によいと思って食べたものや薬が効くかどうかは、人それぞれが持っている酵素によって決まると考えられています。
さらに言うと、納豆などの発酵食品に使われる微生物や腸内細菌も、油の代謝酵素を持っています。例えば、納豆菌にEPAをふりかけると17,18−EpETEに変換し、アレルギーを抑えるといった未来が可能になるかもしれません。
われわれが食べたものは、腸内細菌によって変えられると同時に、腸内細菌にも影響を与えています。どんな食事をとったとか、どういう腸内細菌を持っているとか、別個に考えるのではなく、どんな腸内細菌を持った人がどんな食事をとったか、その結果どのような変化が生じたかを同時に考えることが大事です。
仕事柄、「どうやったら腸内細菌を変えることができますか?」とよく聞かれます。腸内細菌は、血液型のように、バクテロイデス型、ルミノコッカス型、プレボテラ型の三つに分けられ、それぞれ肉食系、雑食系、草食系に対応しています。長年培ってきた腸内環境は容易に変えることはできませんが、腸から健康になるための最初のステップとして、まずは自分がどのタイプなのか、専門機関で調べてもらい知っておくことをお勧めします。
パネル討論
大腸で働くビフィズス菌
司会 きょうは腸内環境を整えることで、いつまでも活動的な生活を送るための体づくりをテーマに、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。渡辺さん、今回のテーマである腸内フローラ、ご存じでしたか?
渡辺 聞いたことはありますが、詳しいことはどうも……。
司会 会場の皆さんもそういう方は多いと思います。そこで、森永乳業の阿部さんから詳しく解説していただきたいと思います。
阿部 大腸内には1人当たり100種類以上の菌が何兆個というレベルですんでいます。それらの菌が腸内でせめぎ合っている様子が、お花畑(フローラ)のように見えることから、腸内フローラと呼ばれています。その中には、人に害を与える菌もあれば、人に有益な影響を与える菌もあります。有益な影響を与える善玉菌の代表格が、ビフィズス菌です。
同様に善玉菌と言われる乳酸菌は、大腸のフローラにほとんどいません。ビフィズス菌の100分の1とか1000分の1ぐらいしかいない。健康な赤ちゃんだと、腸内の細菌の90%以上がビフィズス菌です。ビフィズス菌は高齢者になると減ってきます。それが老化、病気の原因とも言われています。高齢者ほど、ビフィズス菌が大事なのです。
なぜビフィズス菌が体にいいかというと、人の体に害を及ぼす腐敗産物を一切つくらないのですね。大人の腸内には、腐敗産物をつくる菌がたくさんいます。ビフィズス菌が減ると、悪玉菌が増えますし、逆にビフィズス菌が増えるとそれらが減るわけです。
脂肪酸の一つの短鎖脂肪酸が、抗メタボ作用や抗炎症作用など体にいい影響をもたらすとして近年注目されています。この短鎖脂肪酸をつくることができるのがビフィズス菌で、乳酸菌ではつくることができません。
多くの方が誤解されているようですが、必ずしも、ヨーグルトにビフィズス菌が入っているわけではありません。ビフィズス菌は、ヨーグルトの中では非常に生きにくい菌なのです。特別な技術でヨーグルトの中で生かしています。もしヨーグルトでビフィズス菌をとるとしたら、その点にご注意願いたいと思います。
司会 渡辺さん、お聞きになっていかがでした?
渡辺 すべてのヨーグルトにビフィズス菌が入っているわけではなかったのですね。驚きです。今まで家族で食べてきたヨーグルトって、何だろうと思いました。
阿部 森永乳業では50年以上、腸内フローラの研究を行っており、過敏性腸症候群の改善効果や肥満や炎症の予防、感染症防御など様々な効果が明らかになっています。松本市との共同研究では、ストレス緩和に効果がありそうだということもわかり始めています。
ヨーグルトの菌の違いに驚き
司会 菅谷さん、森永乳業さんとの共同の取り組みについて、ご説明いただけますか?
菅谷 松本ヘルス・ラボを活用して、産官学と市民との連携による様々な取り組みを行っております。森永乳業とは、ビフィズス菌によるストレス緩和の効果の研究に加え、ラクトフェリンの感染性胃腸炎に対する効果、あるいはペプチドを使っての認知機能の改善などの研究を一緒にさせていただいています。
阿部 ビフィズス菌の効用で付け加えますと、アトピー性皮膚炎の赤ちゃんにビフィズス菌をとらせると、症状が緩和され、ぜんそくも予防できるというデータもあります。世界の多くの国の粉ミルクにビフィズス菌が含まれていますが、残念ながら、わが国ではまだ認められていません。
司会 厚生労働省に長くいらした大谷さん、いかがでしょうか?
大谷 行政として、安全性や有効性について、しっかり検証しているということですね。昨年のこの会合でも同じ話題が出て、「もうそろそろ」と期待していたのですが、もう一息のようです。
司会 國澤さんからビフィズス菌との付き合い方について、何かアドバイスをいただければと思うのですが……。
國澤 腸内細菌は、3歳ぐらいまでにおおよその型が決まってくると言われていますが、私たちの研究では、もう少し遅い10代ぐらいにも決定時期があるのではないかと示唆されるデータが得られています。乳幼児の間に、おなかにいいものを食べてもらうと同時に、育ち盛りの時にも、腸内細菌を育てるためのひと手間かけた料理を作っていただければと思います。
司会 最後に、パネリストの皆さんから一言ずついただきたいと思います。
大谷 健康でいるためには、自分が主役になって考えると同時に、企業のサポートを受けるのが大事だということを強調しておきたいです。それと、ちゃんとした健康リテラシーを持っていないと、正しく行動することはできません。健康について、腸内フローラについての健康リテラシーをぜひ身に付けていただきたいです。
菅谷 超高齢化社会において、市民の皆さんが自分磨きに励んで、生きがいをまっとうしてほしいと思っています。シャレではないのですが、町内のフローラをよくすると、まち(町)もよくなり、生きがいが生まれるのではと思いました。
國澤 よくバランスのよい食事と言いますが、それには個人差があり、それを左右する要因の一つが腸内細菌です。ぜひ、こうしたことを意識しながら、日常を過ごしていただければと思っています。
阿部 腸内フローラをいかに大事にするかが、人生100年時代の今、非常に重要な考え方となっています。皆さんもぜひ、いい食事とビフィズス菌をとって、健康で長生きしていただきたいですね。
渡辺 腸内細菌が体全体にとても影響を及ぼすということがわかり、ふだんの生活から気をつけておくことが大事だと実感しました。買い物も「いつも買っているからこれ」という受け身ではなく、これからはきょう得た情報を元に、自ら能動的に選んでいきたいと思いました。
司会 パネリストの皆さん、貴重なご意見、ありがとうございました。
悪玉菌を抑制「抗メタボ」も 短鎖脂肪酸
短鎖脂肪酸 脂肪酸の一部で、炭素の数が6以下のもの。具体的には酢酸、酪酸、プロピオン酸など。ヒトの大腸内で、腸内細菌が食物繊維やオリゴ糖を発酵・分解する際に生じる。悪玉菌の増加を抑え、腸内環境を整えてくれるほか、発がん、肥満などの予防効果が認められている。
参加者の質問と回答
事前に参加者から寄せられた質問に対するパネリストの回答は、以下の通りです。
Q 全国に約7万人いるという100歳長寿の高齢者と長生きしない人では、腸内環境に違いがあるのでしょうか?(70代男性)
國澤 ご長寿の方の腸内細菌と生活習慣を調べた結果があります。四つのパラメーターがありまして、一つは腸内にビフィズス菌が多い方が多いということ。続いて、発酵食品をよく食べている。あと腸内細菌のエサになる食物繊維をよくとっている。最後の一つは、例えば畑仕事などで、よく体を動かしていらっしゃる方が多いということです。この四つを心がけていただければと思います。特に菌の機能を最大限活用するには、殺菌されたものではなく、ちゃんと菌が生きているものを選んでください。
Q いろいろな種類のヨーグルトがありますが、腸に一番よいヨーグルトは何でしょう?(60代男性)
阿部 腸内の菌の種類は人によってまったく異なるので、いろいろ食べてみて自分に合うヨーグルトを見つけることが大事です。中でも、ヒトにすんでいるビフィズス菌の入ったヨーグルトは、ヒトに合いやすいと思いますので、まずそれから試してみてはいかがでしょうか。