2020年2月25日
未来貢献プロジェクトのシンポジウム「健康と病気の間にある『未病』~大腸から全身の健康を考える~」が、1月15日に大阪、2月18日に東京の各会場で開かれた。いずれの回も、丸山光生・国立研究開発法人国立長寿医療研究センター副所長による基調講演、森永乳業の阿部文明・執行役員研究本部素材応用研究所長によるプレゼンテーションなどに続いて、「大腸から健康寿命を考える」をテーマにパネルディスカッションが行われた。約750人が集まり、大阪市中央区の松下IMPホールで開かれた大阪会場の様子を紹介する。(司会 フリーアナウンサー・関谷亜矢子)
- 主催:
- 読売新聞社
- 後援:
- 内閣府・日本医師会・日本歯科医師会・日本看護協会・日本薬剤師会・日本基礎老化学会・日本健康生活推進協会
- 協賛:
- 森永乳業
ゲストスピーチ
未病の状態 改善努力を
大谷 泰夫氏(神奈川県立保健福祉大学理事長)
従来の健康観では、その人が健康か病気かの二つに分けて考えてきました。ところが、50歳、60歳になって、まったく健康だという人はそうはいません。かといって病気でもない。そういった健康と病気の中間の状態、それを「未病」といいます。
「予防」とは違います。加齢とともに、体の機能が衰えてくることは、遅らせることはできても、予防はできません。未病の状態の改善に努めることが大事なのです。
では、どうすれば、それが可能なのか。まずは、このシンポジウムのテーマである食、そして運動、これらに加え、最近では、社会参加の重要性も叫ばれるようになりました。
人生100年時代のヘルスケアでは、これまでのように具合が悪くなったから病院に行ってお薬をもらおうではなく、健康について自分で主体的に考え、行動変容を起こすことが求められています。
正しい行動を起こせるよう、その判断のもととなる健康リテラシーを、ぜひ身に付けてください。
特別講演
「健康経営都市」目指す
岩見沢市では、2018年度から、市の将来像として「健康経営都市」の実現を掲げ、様々な取り組みを行っています。
重要施策の一つである「女性と子育てに日本で一番快適なまち」づくりを目指し、北海道大学COI(センター・オブ・イノベーション)などの産学官連携プログラムと協調しながら、母子健康調査、妊産婦と保健師、医療機関をつなぐ家族健康手帳サービス、データヘルス機能などの社会実装を進めています。
市民が実際に集う場として、市民健康ひろばを開設し、健康測定を行うのに加え、保健師や管理栄養士から健康アドバイスがもらえる場として活用しています。
地域の持続性を確保するために大切なことは、行政はもとより、市民や企業が気づき、目的を共有、共感することです。地域の特性や限られた資源、資産、リソースを有効に活用し、産学官が有機的に連携する体制づくりも欠かせません。
これらをもって、健康コミュニティーの形成に向け、前に進んでいきたいと考えています。
基調講演
腸内フローラ整えて
老化は、病気ではないので、治療することはできません。ただ、老化によって、動脈硬化や感染症、骨粗しょう症などの老年病にかかるリスクは高まります。
老化に影響を及ぼす要因として、遺伝的な要因、生活習慣的な要因、外部環境に基づく要因の三つが考えられています。後者二つの要因について気を配ることで、老化のスピードを遅らせることは可能です。
ヒトには、外界から身体を守る生体防御機構としての免疫機能がそなわっています。その免疫機能は、加齢とともに下がっていきます。
免疫機能の低下は、ホルモン分泌機能やストレスに対する抵抗力、高齢者のQOL(生活の質)のそれぞれの低下と密接に関連しています。健康で長生きするには、免疫力の維持が欠かせないのです。
それで私は、免疫力を維持する心がけとして、①規則正しい生活習慣、②十分な休息・睡眠、③適度な緊張感を持ったいい人間関係、④自分の免疫力に自信を持つ——以上、四つの点を高齢者の方にいつもお伝えしています。
続いて、きょうのテーマである腸内環境と栄養、免疫機能との関係について、ご説明します。
ヒトの大腸には、ビフィズス菌や乳酸菌といった、ヒトの体にいい働きを及ぼす善玉菌に加え、悪い働きを及ぼす悪玉菌がいて、その数は、ヒトの細胞の約3倍にあたる約100兆個と言われています。
それらの菌がすむところを、一般的に腸内フローラと呼んでいます。フローラとは日本語で叢=草むらのことで、お花畑のように菌が密生しているイメージからそう命名されました。
その腸内フローラとヒトの体の不調、病気などとの関連が近年、様々な論文で明らかになっています。
脳機能と腸内フローラの関係でいえば、おなかの中に体に悪いものが入ってくると、腸の免疫機能がはたらき始めます。
その司令塔は脳で、それによって脳がストレスを感じ、結果、過敏性腸炎症などが起きることがわかっています。また、アルツハイマー病との関連性も指摘されています。
腸内フローラと免疫の関係においても、腸内にビフィズス菌があることで、体の免疫力が高まるということが、わかっています。
それを証明する実験として、ビフィズス菌であるBB536の粉末と本物の薬に似せた実際は効果のないプラセボの粉末とを、それぞれとったグループを比較したところ、BB536をとっていたグループの方が、がん細胞やウイルス感染細胞を攻撃するNK細胞の活性度が高くなっていた、つまり免疫力が上がっていたとの結果が出ています。
また、もともとNK細胞の活性度が高い元気な人と、年齢的に少し老化している人とで比べると、後者の方でよりビフィズス菌の効果が高かったこともわかっています。
私が在籍する国立長寿医療研究センターを始め、いくつかの大学や公的研究機関では、「百寿者」という100歳以上の人の研究を行っています。その結果をみると、100歳以上の人のほとんどが、なんらかの慢性疾患を持っています。ただ、喫煙率は50%以下と低く、糖尿病の方は目立って少ないです。
性格でいうと、とにかく好奇心が旺盛で、創造的な方が多いです。
生きていく上で、心の支えになってくれるのがパートナー。それは親族でなくてもいいのです。自立も大事ですし、健康の維持には食べて働くことも大事。それらに加えて、悩み、ストレスのない日常生活を心がけ、元気で健康に長生きしてください。
プレゼンテーション
体にいい菌 健康キープ
腸内フローラにすむ善玉菌の代表格であるビフィズス菌は、人の体にいい作用を及ぼすことがほとんどで、悪い作用は及ぼしません。
赤ちゃんの腸内フローラは、生まれたばかりは無菌ですが、母乳を飲むことでビフィズス菌が一気に増え、菌の90%以上を占めるようになります。その後、ビフィズス菌は徐々に減っていき、大人になると10~20%の比率にとどまります。
赤ちゃんの腸内には、有害物がほとんどありません。ビフィズス菌は、そうした有害物をほとんど作らないのです。
同じように善玉菌とされる乳酸菌とビフィズス菌は、まったくの別ものです。一番大きな違いは、短鎖脂肪酸を作るかどうかで、ビフィズス菌は短鎖脂肪酸の一種である酢酸を作ることができます。酢酸は殺菌作用が非常に強く、それが腸内フローラにおける有害な菌の活動を抑えてくれます。
すべてのヨーグルトにビフィズス菌が入っているわけではありません。もし、皆さんが、ビフィズス菌をとりたいと思うのでしたら、その点にご注意ください。
われわれ森永乳業には、ビフィズス菌研究のパイオニアとして、50年以上の研究実績があり、それによってビフィズス菌の様々な効用が明らかになっています。整腸作用に加え、ビフィズス菌をとることで免疫力が高まり、結果、インフルエンザの予防や花粉症の発症抑制に効果があることもわかっています。
また、出生時体重が1500㌘の極低出生体重児の発育促進にも効果があることから、これまで全国140以上のNICU(新生児集中治療室)に弊社のビフィズス菌製品をご提供しています。インドネシアでは、粉ミルクにも使われています。
人は、生まれてから亡くなるまでずっと腸内フローラと付き合わなければなりません。皆さんにはぜひ、ビフィズス菌をたくさんとっていただき、腸内フローラを改善することで、元気に未病で長生きしていただければと願っております。
短鎖脂肪酸
酢酸、酪酸、プロピオン酸など、脂肪酸の一部で、炭素の数が6以下のもの。ヒトの大腸内で、腸内細菌が食物繊維やオリゴ糖を発酵・分解する際に生じる。悪玉菌の増加を抑え、腸内環境を整えてくれるほか、発がん、肥満などの予防効果が認められている。
パネル討論
冷蔵庫に常備したい
司会 後半のパネルディスカッションでは、3人のお子さんのお母さんでもあるプロゴルファーの東尾理子さんにも加わっていただきます。前半の先生方のお話を聞かれて、どのような感想を抱かれたでしょうか?
東尾 「腸は第二の脳」といって、腸の調子を整えると体の調子がよくなるという話を最近よく聞きますよね。腸内環境、腸内フローラがとても大切なんだと。赤ちゃんのおなかが、ビフィズス菌でいっぱいだと聞いて、赤ちゃんのころに戻りたいと思いました。
阿部 ユニセフをはじめ、いま世界的に「The first 1000 days」、つまり受精してから赤ちゃんが生まれるまでの270日間と生まれてからの2年間を合わせた1000日間が、その後、人が健康に暮らしていく上で、とても重要だという考えが、広く普及してきています。
腸内フローラについても同様で、この時期の状態がよくないと、一歩間違えると重篤な症状が起きるかもしれません。
たとえば、われわれの臨床試験で、妊婦さんと生まれてきた赤ちゃんにビフィズス菌を食べてもらったところ、食べていないグループと比べて、赤ちゃんのアトピーの発症率が下がったという結果が出ています。
また、生まれてからアトピーになった赤ちゃんにビフィズス菌とその餌となるオリゴ糖を食べさせるとアトピーの症状が緩和され、さらに1年後のぜんそくの発症率も大きく下がることも世界で報告されています。
そうしたことから、世界アレルギー機構では、妊婦さん、授乳婦さん、赤ちゃんにビフィズス菌などのプロバイオティクスを与えることを推奨しています。
司会 インドネシアでは粉ミルクにビフィズス菌が加えられているというお話が阿部さんからありました。これは日本ではどうなのでしょう?
大谷 日本ではそれが認められていないことを、私は3年前、このシンポジウムの1回目で初めて知って、とても驚きました。国民の健康に関わる問題では、行政が慎重に対応するのはやむを得ませんが、ようやく実現が近づいていると承知しています。
司会 高齢者の方は、腸内環境についてはどのようなことに気をつければよいのでしょう?
丸山 高齢者の場合は、乳児のようにビフィズス菌をとったからといって、急に健康になるということはないのですが、それを残念なことと考えず、なんでもかんでも薬に頼るのでなく、自分でできることとして、ビフィズス菌などをとって、腸内フローラを整えておくことは大事だと思います。規則正しい生活と適度な運動、そしてビフィズス菌をとることで、免疫力の低下を抑えるという研究成果はたくさんあります。
阿部 肉食を続けると腸内フローラのビフィズス菌が減り、体に有害な菌が増えるといったデータがあります。一方で、ビフィズス菌の入ったヨーグルトと一緒にお肉を食べると、腸内フローラがよい状態で維持されるという実験結果もあります。ビフィズス菌という体にいい菌と生涯を通じてうまく付き合うことで、お年をとってもずっと健康をキープしていただきたいですね。
東尾 前半の先生方のお話の中で、ビフィズス菌が健康にいいという話に加え、母親としての立場から、岩見沢市で行われている母子健康調査が、すごくありがたいなと感じたのですけれど……。
松野 これは生まれてきた子どもさんだけでなく、お母さんの健康も調査するのです。子どもさんとお母さん、それぞれの健康、病気、その因果関係を、北海道大学や森永乳業さんをはじめとした関連企業の協力を得て、追跡調査しています。世界でも初めての取り組みではないでしょうか。
司会 最後にまとめとして、皆様からひと言ずつお願いいたします。
大谷 最初に、未病という切り口から始めさせていただいたのですが、それは高齢者だけでなく、赤ちゃんから始まる一生の問題だということが、シンポジウムを通じて認識してもらえたと思います。なにが大事かというと、気がついて行動を変容させることです。そういった意識をずっと持ち続けていただければと思います。
松野 幼少期や高齢期の腸内環境において、ビフィズス菌がとても重要だということを改めて認識することができました。また、健康に関心のある方が、これだけ多くいらっしゃることをうれしく感じました。次のシンポジウムは、ぜひ北海道で開いていただきたいですね。
丸山 大阪に住む母に、年をとってぼけないためには何をすればいいのか、とよく聞かれるのですが、それに対して私は、とにかくいろんなことに好奇心を持つといいよと答えています。その点では、きょうこの会場に来られている方は、認知症になる率が低いかもしれません。老化は病気ではないので、ふだんから自分自身でコントロールする工夫をしていただければと思います。
東尾 きょう先生方のお話をたくさん聞いて、ヨーグルトにはいろんな種類があって、いろんな種類の菌があって、中でもビフィズス菌が人の健康にとって、とても重要だということがわかりました。子どもたちに健康に育ってもらい、主人と父に長く健康でいてもらうように、家庭の冷蔵庫を守る身として、ビフィズス菌が入ったヨーグルトを毎日冷蔵庫に入れておきたいと思いました。
阿部 先ほど、お話ししたように、極低出生体重児の赤ちゃんにビフィズス菌を提供させていただいています。その子が退院する時に、お母さんから「ありがとう」と言われる場合があるんですよね。それが一番の私の喜びです。私たち森永乳業では、これからもビフィズス菌の研究を続け、健康社会の実現に貢献していきたいと思っています。引き続き、よろしくお願いします。
司会 きょうは貴重なお話をありがとうございました。