2018年3月30日
「ITの発達により社会は大きな転換期を迎えている」といわれるが、我々の生活は今後、どう変わっていくのだろうか。
産官学の有識者らが、次世代コンピュータ技術がもたらす暮らしの変化について意見を交わすシンポジウムが3月12日、都内で開催された。
- 主催:
- 読売新聞社
- 共催:
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
- 後援:
- 経済産業省
開会挨拶
社会の未来を明らかに
富田 達夫氏(独立行政法人情報処理推進機構(IPA)理事長)
未来のIT社会の到来に向けて、IPAでは「情報セキュリティ」「情報処理システムの信頼度向上」「ITの人材育成」の3つの観点から様々な取り組みを進めています。
私たちの経済活動はいま、IT技術の目覚ましい進化によって過去にないようなスピードで進んでおり、桁違いの容量のデータを処理しなければなりません。そうした中で、新しいコンピュータに対する社会的要請も強まってきているのです。次世代コンピューティング技術の登場によって私たちの生活がどう変わっていくのか、その答えが本シンポジウムで少しでも明らかになればと考えています。
来賓挨拶
世界をリードする日本へ
平木 大作氏(経済産業大臣政務官)
AIやIoT(Internet of Things=モノのインターネット)が実用化の段階に入ったことで、各国の産業構造のみならず、我々の暮らしそのものが大きく変わろうとしてきています。この大きな変化の中で競争力を左右するのが、膨大な量の情報を瞬時に処理するコンピュータです。
経済産業省では、日本の情報産業の発展を目指し、次世代コンピュータの実用化に向けてハード、ソフトの両面から技術開発、人材育成等を積極的に進めているところです。本シンポジウムが、次世代コンピュータ市場を日本がリードしていく契機となることを願っています。
基調講演/次世代コンピュータ技術で創る未来社会
IT革新がもたらす未来
サスティナブル社会を実現する新原理コンピュータ
益 一哉氏(東京工業大学 科学技術創成研究院 研究院長・教授)
IoT化の進む現代では、あらゆるところにコンピュータや電子端末が存在しています。例えば、車は「計算機の塊」と言ってよいかもしれません。我々は、自動車に自動走行システムや自律盗難防止など、満足感や安心感を得られるサービスを期待しています。高まり続ける要求を実現するためには、あらゆる場所で情報を収集し、機械自身がその情報の意味を理解しなければなりません。今後の産業発展のためにはより高度な知識処理が必要でしょう。
従来の汎用コンピュータは、たくさんの集積回路を詰め込むことで高性能化してきましたが、残念ながら技術的な限界が迫っています。この限界を突破するために求められるのが、特定の課題に特化したドメイン指向コンピュータ、それに量子コンピュータやニューロコンピュータといった新原理コンピュータの進化です。民生用途にはドメイン指向型コンピュータが、医療・創薬・社会インフラの安全性・生産性向上といったサスティナブル社会の実現には新原理コンピュータが必要になるでしょう。
医療に貢献する次世代コンピュータ
私たちはパーキンソン病の早期診断を目的に、パーキンソン病と、よく似た症状の正常圧水頭症やアルツハイマーとが、数値的にどの程度区別できるかということについて研究しています。これは、被験者に私たちが開発した感度が非常に高い加速度センサーを付けて歩いてもらい、歩き方から歩幅や足の最高点などいくつかの特徴量を出して、機械にデータを学習させることで分類しようとするものです。成果のうちの一例ですが、健常な人とそうでない人を90%以上の精度で分類できました。このような研究を発展させると、指のわずかな動きから、パーキンソン病なのか、他の病気なのか、さらには健康かどうかといったことまで区別できるようになると思います。
パーキンソン病だけであれば、いまの機械で対応できるでしょう。しかし、今後はより精度を上げて、生体の健康管理や病変管理に取り組もうとしています。危険な急変状態の解釈や予測をするためには、多量のデータを高速に処理しなければなりません。次世代コンピュータの進化で、いまあるスーパーコンピュータの100倍クラスの計算速度が実現されると、個人ごとの健康・医療データを一挙に解析し、安心で満足な健康管理に貢献できるようになるでしょう。
企業プレゼンテーション
「高性能コンピューティングが変えていく社会価値創造」
計算機のさらなる高速化で社会に貢献
中村 祐一氏(NECシステムプラットフォーム研究所長)
NECは計算機を高速化して社会価値を高めるために、様々な挑戦に取り組んでいます。
1つ目はドメイン指向型の計算機です。例えば、NECの顔認証技術は、既にコンサート会場での本人確認など、1対1の顔認証に役立てられています。これに顔認識に特化した計算機を組み合わせることで、スポーツの国際大会の会場など、多くの人が集まる場でも多数の顔が高画質で検出可能になります。他にも、ネット通販でよく表示される「あなたへのおすすめ商品」。実はこの広告を出すために、計算機は膨大な処理を行う必要があります。ベクトルエンジンを使うと、その際の計算機の台数をおよそ50分の1にすることができます。
もう1つが、量子アニーリング。これは量子の性質を利用することで、ある道を選んだり、選ばなかったりした場合の結果を同時に計算できるという優れたコンピューティング技術です。
今後は私たちNECが持っている量子素子の技術をさらに発展させて計算機として構成し、皆さまに活用していただきたいと考えています。
「次世代ソフトウェアに向けて富士通が取り組む3つのテクノロジー」
企業に欠かせない“3つのテクノロジー”
吉田 裕之氏(富士通株式会社 AI基盤事業本部 プリンシパルエンジニア)
ITを使って新たな価値を生みだすことに成功した企業だけが勝ち残る時代が到来したことを踏まえ、富士通は3つのテクノロジーに取り組んでいます。
1つ目がスーパーコンピュータです。「京」で何度か世界一のベンチマークを記録していますが、ポスト京ではその100倍の性能を目指して、専用アーキテクチャーの研鑽やソフトウェアに関する職人的なチューニング技術のツール化などに取り組んでいます。
2つ目がディープラーニング。2018年度中にもDLUという専用チップを出荷する予定です。また様々なパラメーターの試行錯誤を管理するダッシュボードのクラウドサービスなどを提供しています。
3つ目がデジタルアニーラ。これは組み合わせ最適化問題のための専用アーキテクチャーです。量子アニーラのように超低温で冷却する必要はありません。デジタルアニーラソリューションサービスは、2018年春にクラウドサービスとして提供を開始する予定です。
富士通はこれら3つの技術を使って、より安全、健康で快適な社会の実現に貢献したいと考えています。
【パネルディスカッション】
【モデレーター】松井 正氏(読売新聞東京本社 教育ネットワーク事務局 専門委員)
未来に向けた多様な取り組み
松井 まずは自己紹介も兼ねて、どんな取り組みを行っているのか教えてください。
中野 経済産業省とIPAは、2000年から「未踏IT人材発掘・育成事業」(以下、未踏事業)に取り組んでいます。これは25歳未満の天才的な人材を見つけて育成していく事業で、既に多くの優れた人材を輩出しています。
田中 組み合わせ最適化問題をより速く、正確に処理することを目指す次世代コンピュータ。膨大な選択肢からベストを探すという問題について、いま注目を集めているのが量子アニーリングです。自然現象を使って計算するという新しい概念を取り入れた技術を、2015年からリクルートコミュニケーションズと共同で研究しています。
大石 リクルートのビジネスモデルは、ユーザーが欲しいものとクライアントが提供したい商材のマッチングです。このベストマッチを追求するために技術を応用し、早稲田大学やカナダのD-Waveシステムズ、富士通と共同研究をしています。
欠かせない産官学の連携
田中 現在はハードウェアの開発競争が激化しています。つまり、ハード面では計算技術が育つ環境が整ってきているということです。そのため、ハードの発展だけでなくソフトウェア開発、アプリケーションの探索が重要になるでしょう。いま、それぞれの領域において日本の組織や企業が活躍をしています。
中野 未踏事業のノウハウを生かして、アニーリングマシンのソフトウェアとアプリケーションを開発する人材育成の事業を始める予定です。田中先生にも指導者としてご協力いただきます。良いハードをつくっても、ソフト開発で他国に先を越されるという日本の“負けパターン”を、もう繰り返すわけにはいきません。
大石 日本では様々な制約によって、やりたいことが自由にできないせいか、優秀な人材がグローバル企業に流出しています。産官学が協力し、そのバックアップのなかで優秀な学生が成果を出し、私たちの生活が変わっていく…という環境の実現を目指すべきではないでしょうか。
日常に浸透する新しい技術
松井 私たちの生活はどう変わっていくとお考えですか。
田中 いままで考えられなかった物までインターネットに繋がる時代になります。あらゆる場面で膨大な選択肢の中からベストを選び出すという処理がされるわけです。これらの技術が生活に密着すると、原理や仕組みを意識することなく自然に使われると思います。
大石 実際、中小企業の業務支援など、量子アニーリングの技術を使えそうなテーマは数多く思いつきます。例えば飲食店の場合、予約がどのくらい入るのかという需要予測や、それに対する食材の仕入れ、従業員のシフト管理の問題です。このような問題に取り組み、量子アニーリング技術で日本を盛り上げていければよいと思っています。
中野 私はイノベーションによって「どう変わるか」よりも「どうすれば人材育成の環境を整えられるか」という問題を考えます。アメリカやカナダでは基礎研究をビジネスに応用し、その利益を基礎研究に返すという還流のシステムができています。未踏事業を核として、このような還流のシステムを作りつつ、若い人材を大切にしたいです。
人材を育てる環境整備を
中野 剛志氏(経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課 課長)
東京大学教養学部教養学科卒業。英国エディンバラ大学大学院優等修士号、同大学院博士号取得。1996年通商産業省入省後、特許庁総務部総務課制度審議室長などを経て2017年より現職。
先端技術を”当たり前”に
田中 宗氏(早稲田大学 高等研究所 准教授)
2008年東京大学にて博士号を取得後、東京大学物性研究所などを経て、早稲田大学高等研究所に所属。科学技術振興機構さきがけ研究者を兼任。第9回日本物理学会若手奨励賞を受賞。
技術の応用で日本を元気に
大石 壮吾氏(株式会社リクルートコミュニケーションズ ICTソリューション局 アドテクノロジーサービス開発部 部長)
2001年リクルートグループ入社。システムエンジニアとして入社後、新規事業開発などを経て現職。ビジネスとテクノロジー・エンジニアリングをひも付けた新たなビジネス価値を生み出すことに従事している。