2016年11月22日
未来貢献プロジェクトの未病シンポジウム「『どう生きていくか』を考える時代の新しい健康」(読売新聞社主催)が10月17日、東京・大手町のよみうり大手町ホールで開かれ、約420人が参加した。第1部は、大谷泰夫・前内閣官房参与と黒岩祐治・神奈川県知事、大村秀章・愛知県知事、大島伸一・国立長寿医療研究センター名誉総長が、未病に取り組む重要性や地域の活動について講演した。第2部は、地域での具体的な取り組み事例を、水野正明・名古屋大学総長補佐、畔柳滋・名古屋COI拠点プロジェクトリーダーが紹介。第3部は、先進的に未病に取り組む3企業が、商品開発やサービスについて語った。
- 主催:
- 読売新聞社
- 後援:
- 内閣府、神奈川県、日本医師会、日本歯科医師会、日本看護協会、日本薬剤師会
- 協賛:
- アンファー、ファンケルヘルスサイエンス、ロッテ
- 協力:
- 東京海上日動
第1部
健康リテラシーが大切
大谷 泰夫氏(前内閣官房参与)
従来は、健康と病気に分けて考えましたが、実際にはその中間に未病があります。未病は、病気になる前の状態のほか、一度病気を患った後の回復した状態も含まれます。
介助など社会的な世話がなくても暮らしていける期間を表す健康寿命と、平均寿命には約10年の差があります。生活の質や医療費を考えると、この差が短いほうが良いに決まっています。
健康寿命を延ばすために、未病という考え方は欠かせません。
未病の改善は高齢者だけでなく、40歳以上の人にも必要で、合わせると国内には7000万人以上います。未病の改善に取り組む際には、従来の病気の治療とはちょっと違う意識を持つことが大切です。治療成果にこだわるのではなく、自分はこういう生き方をしたいと考え、生活習慣を健康的に改めます。
未病改善への取り組みを支えるのは、知識を有する自分自身と、専門性を持った企業によるサービス、製品などです。
行政が、それをバックアップしていくことも大事です。
未病という考え方を広めるには、健康リテラシー、すなわち健康に対する正しい知識と行動が大切です。一般の人も、未病を支える企業にも、リテラシーは幅広く求められます。
そこで日本健康生活推進協会を4月に設立して、日本健康マスター検定(*)を企画しました。一定レベルの健康知識を認める検定です。地域での取り組みを充実させることで、未病という考え方を世界へ広めていこうと思っています。
*日本健康マスター検定
運動や食事など、健康に関する正しい知識力を認定する制度の一つ。日本健康生活推進協会が主催。2017年2月26日に東京、大阪、名古屋など全国9会場で第1回試験を予定している。受検申し込みの締め切りは1月15日。
最先端技術産業も創出
黒岩 祐治氏(神奈川県知事)
神奈川県の年代別の人口構成を見ると、1970年のピラミッド型が、2050年には全く逆になり85歳以上が一番多くなります。これを放っておくと、社会システムが崩壊します。
そこで大事なキーワードが、ME—BYO(未病)です。東洋医学の発想である「未病」を現代風にアレンジし、生活習慣の改善により心身の状態を整えて健康に近づける、「未病を改善する」取り組みを進めています。
未病の改善には、食事と運動と社会参加が重要です。さらに、最先端の医療や技術を融合させ、健康寿命を延ばすだけでなく、新たな市場・産業の創出につなげていきます。
県が設立した未病産業研究会には、約400社が参加しています。県は「ME—BYO BRAND」として、声で心の状態を分析する技術や、少量の血液でがんのリスクなどを評価するサービス、サイボーグ型のロボットスーツを使った未病改善トレーニングなどを認定しました。ほかにも様々な企業が研究を進めています。県も大学などと連携して住宅の中で様々な健康データを取得する施設「ME—BYOハウスラボ」に取り組んでいます。
昨秋、世界で初めての「未病サミット」を箱根で開催し、未病のコンセプトを国内外に発信しました。
WHO(世界保健機関)も、「未病」に注目しています。
未病の改善は、個人が主体的に行うことが、一番の基本です。人生100歳時代になって元気に楽しく過ごすには、地域と自分との関わりを見据えた人生設計を現役時代から考える必要があります。
モノづくり 長寿に貢献
大村 秀章氏(愛知県知事)
国の政策は病気の予防や治療、介護の予防という視点を重視してきました。その中で未病という考え方が提唱されたことは、すばらしいと思います。
愛知県の人口は6月に750万人を突破しました。首都圏以外で増えているのは、愛知県と沖縄県、福岡県だけです。65歳以上の割合は約23%で、平均年齢は、若い順に沖縄県、東京都、愛知県、神奈川県となっています。愛知県は健康寿命も全国平均よりも長く、これは昭和50年代から積極的に健康づくりに取り組んできた成果だと思っています。
健康づくりのシンボルとして、医療・福祉の施設を集積したあいち健康の森があります。その中心施設である国立長寿医療研究センターは、高齢社会への対応に取り組んでいます。
健康長寿あいちを実現するには産官学が連携した新たな取り組みが重要と考えています。最先端の設備を備えた県の研究開発拠点で、産学と連携して重点研究プロジェクトを実施しています。
具体的には、病気の超早期診断技術、高齢者が安心快適に生活できるロボティックスマートホーム、高齢者支援を目指す介護医療コンシェルジュロボットの開発などを行っています。
そのほか、医療・介護支援ロボットなどの開発を支援するあいちサービスロボット実用化支援センターも設置しています。
愛知県の製造業の生産額は全国一で、約44兆円、自動車、航空宇宙、ロボット、工作機械といったモノづくり愛知の産業力を生かし、研究を進め、健康寿命を延ばしたいと思います。
「治す」から「支える」へ
大島 伸一氏(国立長寿医療研究センター名誉総長)
今後、社会が大きく変わり、医療も変わります。年代別人口構成を見ると、増え続けているのは75歳以上だけで、64歳以下は減り続けます。今とは、全然違う社会になります。
当然、高齢者と若い人の医療は違います。高齢者の医療がどれくらい増えるのか、科学技術が医療にどう貢献するか予測ができないので、医療の制度設計も難しいです。
香港が、最近では平均寿命1位ですが、高齢化のスピードは日本が1位です。あらゆる医療資源をどういうふうに準備するのかが、今、非常に深刻な問題になっています。
国は、治すから、治し支える医療への転換を進めています。支えるという言葉は、これまでの医療政策の中で出てきたことがありません。病院だけで治してきた医療を、地域全体で見ていく地域包括ケアという大きな流れが出てきています。
これからの時代は、いわゆる現役としてやってきた時間と同じ時間を、リタイアした後、高齢者として過ごしていかなければなりません。人類未踏の世界です。
黒岩祐治・神奈川県知事も強調されましたが、社会参加なくしては、リタイア後の長い時間を、病気にならずに過ごすことはできないと思います。
リタイア後の健康維持の問題は、それぞれの人生の考え方に直結する問題です。高齢化が進むほど、認知症と、フレイル(虚弱)、いわゆる老化は大きな問題になってきます。これからの高齢社会は、行政、学者だけでなく、市民それぞれが考え、参加することが必要です。
第2部
ICTで「処方箋」
水野 正明氏(名古屋大学総長補佐)
名古屋大学医学部付属病院は、地域で高齢者をケアする地域包括ケアシステムの情報通信技術(ICT)基盤を活用し、未病プロジェクトを進めています。
未病プロジェクトの内訳は、すでに病気になっているが発症する前に病気を見つけて治療を行う「先制医療」と病気にならないために行う「予防医療」です。
プロジェクトの一つに健康医療信託支援事業があります。健康データ、医療データ、生活の様々なデータをウェアラブル(身に着けられる)端末で収集し、それを委託事業者に預け(信託)ます。事業者は主に医療機関で、名古屋大学などが開発したシステムを使いデータを詳細に分析して、脳卒中、認知症、虚弱、糖尿病、腎疾患など病気ごとに、予防医療や先制医療につなげます。
この信託支援事業のポイントは二つあって、一つはウェアラブル端末の開発、もう一つは、そこからデータを集める仕組みです。
データ収集の仕組みですが、私どもが愛知県内の8割以上の自治体に地域包括ケアシステムとして提供している電子連絡帳と電子支援手帳ネットワークを使います。特に名古屋市の東側にあります瀬戸市、尾張旭市、日進市、長久手市、豊明市、東郷町の5市1町(尾張東部医療圏)では連携協定を結び、産学官が連携してネットワークを活用しています。
信託事業は、健康診断を受けた際に申し込むと、電子支援手帳を通して、運動、食事、睡眠、リラクゼーションの処方を本人に返して、生活改善に生かします。健康に心配や問題がある場合は、専門家のアドバイスを受けることもできます。
高齢者の外出 促進
畔柳 滋氏(名古屋COI拠点プロジェクトリーダー)
名古屋COI(センター・オブ・イノベーション)拠点は、企業や大学だけではできない研究を産官学一体となって取り組むのが特徴です。名古屋大学を中核に6企業、2自治体などが参加して、高齢者が元気になるモビリティー(移動利便性)社会の実現を目指しています。
そのために、高齢者が外出したくなる情報や、ストレスなく安心して運転できる車、システムを提供して、生き生きと過ごせるコミュニティーを作りたいと思っています。
今、愛知県豊田市の足助という地区で実際に取り組んでいます。足助は人口8000人強、高齢化率37%という典型的な中山間地域です。足助と助け合いと掛けて「あすけあいプロジェクト」という名前で進めています。
具体的には、高齢者の自宅に人を感知するセンサーを付けて、離れた家族やかかりつけの医者に情報が届くような仕組み作りや、運転できる高齢者のマイカーに同乗して移動する「あすけあいカー」、健康教室の開催情報などをタブレット端末で共有して外出を促進することなどに取り組んでいます。
名古屋COIで行っている色々な研究を、順次、足助を舞台にして実証実験して、社会実装を進めていきたいと思います。
今は大学主体ですが、使ってもらう住民の目線とともに、企業が関わることで信頼性を高めて、製品化することが大事です。現状では、助成金を得てプロジェクトを回していますが、終わった後も続けられるようなビジネスモデルを作り上げる必要があると考えています。
第3部
外見改善 前向きに
波間 隆則氏(アンファー商品開発部シニアフェロー)
アンファーというと、頭皮ケアシャンプーが浮かぶと思います。男性の薄毛の予防で使われる商品ですが、アンファーはそれだけではありません。様々な商品を作り、未病のステージをより楽しく幸せにしていくことを目指しています。
男性医学を掲げるクリニックと連携し、男性型脱毛症や男性更年期など、男性ホルモンの変動で起こる症状や疾患について臨床研究を行ってきました。女性でも、体の中からアンチエイジングを目指すクリニックと連携を図っています。
こうした臨床現場と連携しながら商品開発を進めています。大学病院に寄付講座を開設したり、形成外科や泌尿器科とも共同研究を行ったりしています。
我々は特に、見た目のケアに着目し、商品を発売しています。では、見た目のケアはなぜ大切か。
見た目のケアが行動や心理にどう関係しているか、インターネットでアンケート調査しました。対象は40~69歳の男女891人。
結果は、見た目に気を使っている人は、自分を実年齢より若く感じており、健康によい行動を日常生活に取り入れていました。また、休日の過ごし方も活動的で、幸福度も高かったです。
未病のステージの過ごし方を考えると、ヘアケアでもスキンケアでも、見た目に少し気を使うことが入り口になるでしょう。気持ちが前向きになり、健康に気を使うようになり、健康への理解力も向上します。ゆくゆくは健康寿命の延びにもつながるでしょう。
健康食品 活用して
青砥 弘道氏(ファンケルヘルスサイエンス社長)
ファンケルは、無添加化粧品と健康食品が事業の柱になっています。1980年当時、化粧品に含まれる防腐剤によって起きた肌荒れが問題になっており、それを何とかしようと考えたのが創業のきっかけです。
体が健康でないと美しくならないと考え、健康食品にも目を付けました。サプリメントという米国で使われていた言葉を日本で初めて使ったのもファンケルです。
健康食品事業を展開するファンケルヘルスサイエンスが掲げているのが、健康寿命の延伸、高騰する医療費の削減を実現すること。その中で我々は、健康と未病に対して尽力することを目指しました。
健康食品である以上、何となく体に良さそうではなく、臨床試験などで成分の効果を実証しています。薬を飲んでいる人も多いので、飲み合わせを調べるサービスも行っています。
機能性表示食品の制度が始まり、科学的根拠を実証すれば食品の機能性を表現できるようになりました。法律の関係でなかなか伝えられませんでしたが、示したい我々と知りたいお客様の双方が結びつきました。
企業向けに、社員の健康増進の仕組み作りも進めています。医師の監修のもと、健康診断の結果や生活習慣に基づき、食事や運動、休息をアドバイスします。毎日料理は作れないとか、カロリーを抑えなければならないといった時に、上手にサプリメントを取り入れて無理なく続けられる点が特徴です。神奈川県の未病産業研究会のモデル事業にも認定されています。
日本を元気にするお手伝いをしたいと思います。
「かむ」心身に効能
内馬場 英氏(ロッテマーケティング統括部 執行役員統括部長)
我々は菓子メーカーですが、もっと色々なところに革新的な商品を出していこうという願いを込め、「ロッテノベーション」を展開しています。
従来のロングセラー商品を皆さんにおいしく提供することを心がけていますが、それと同時に、菓子メーカーとしてのおいしさの技術をベースにして、健康の維持に正面から向き合った菓子を開発しようというのがロッテノベーションの考えです。
「健康をおいしく」ということで、今までも健康を維持、促進する商品を出してきました。もともとガムからスタートした会社なので、かむということを昔から研究してきました。特に日本医師会や日本歯科医師会などの力添えで、2014年10月に「噛むこと研究室」を設立して、かむことの効能について情報発信しています。
中でも、かむことが脳や心、運動、口腔、美容に与える影響を研究し、発信したいと考えています。かむことで栄養の吸収や歯並びが良くなる可能性について、研究を行いたいです。
かむという行為をもう一度きちっと考え直そうと、生活の中で実際に何回かんでいるかを測定することにしました。大手電子機器メーカーと共同で、顎力計という機械を開発し、人が1日あたり何回かんでいるのかを調べ始めました。
結果はまだ出ていませんが、個人差や性差、地域差などが見えてくるでしょう。こうしたデータをもとにして、歩数計のように、1日に何回かめば健康によいとか、この食べ物は何回かめばよいという目標を作りたいと考えています。
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