2017年11月30日
未来貢献プロジェクトの未病シンポジウム「腸内フローラから健康長寿の可能性を探る」(読売新聞社主催)が10月31日、東京都港区の品川インターシティホールで開かれ、約700人が参加した。前半は大谷泰夫・前内閣官房参与が、病気と健康の間にある「未病」の考え方を紹介し、佐藤信紘・順天堂大学名誉教授が、健康長寿を目指す生き方と腸の機能について講演した。後半のパネルディスカッションでは、阿部文明・森永乳業研究本部素材応用研究所長とタレントの西村知美さんが加わり、健康作りについて話し合った。
- 主催:
- 読売新聞社
- 後援:
- 内閣府・日本医師会・日本歯科医師会・日本看護協会・日本薬剤師会
- 協賛:
- 森永乳業
ゲストスピーチ
新たな健康領域「未病」について
大谷 泰夫氏(前内閣官房参与)
みなさんは、自分は健康だと思いますか。それとも病気だと思いますか。
たいていの中高年は、その中間に属しています。
健康だと思っていても全くどこも悪くないという人は少ないでしょうし、本当の病気なら、この会場に来る元気はないでしょう。
大事なのは、健康か病気かの二分法ではないということです。40、50歳を過ぎると、血圧だ、中性脂肪だ、尿酸値だとか、膝が、腰が……と、体のどこかに黄信号が出てきます。それが即病気というわけではなくて、徐々に、いろいろな症状が出て最後に病気になるわけです。
人間の健康状態というのは、だんだん変化していきます。
だから、「未病」というのは、予防だけの話ではありません。脳卒中や心筋梗塞、がんになっても一度で命を落とすことは非常に少なくなりました。治療して復帰した後も長い人生があります。病気の後のことも大事なのです。
こう考えているうちに、未病とは生き方につながる問題だ、と思うようになりました。
「何のために長生きするのか。健康を維持したいのか」という目的がはっきりしないと、健康作りも長続きしません。目的は、「孫の成長を見たい」でも、「山登りをしたい」でも何でもよいと思います。
食事制限も運動も辛抱を強いるだけではつらいので、楽しんで続けられるようにしたいですね。魅力的なサービスの登場にも期待したいと思います。
基調講演
健康長寿の秘訣−腸内フローラと脳腸相関
佐藤 信紘氏(学校法人順天堂理事、順天堂大学名誉教授・特任教授)
メタボとロコモ。メタボ予防は「ヤサシイマゴ」?
「健康長寿でありたい」という願いは、誰にでもありますよね。
今、日本人の平均寿命と健康寿命の差は、男性で大体8~9年、女性で12~13年あります。この期間は病気を抱えて生きていることになります。
日本人の健康寿命は決して短くはないのですが、長生きするから寿命との差が開いていくのが現状です。
ここに様々な問題が出てきます。年金なども含めた「老後への不安」「病気への不安」「寝たきりになる不安」「介護への不安」。
介護については、世界保健機関(WHO)でも、介護を受ける側と介護する側(子どもたち、配偶者など)の問題が、1対1の関係で捉えられ始めています。
寝たきりの問題に関しては、加齢に伴い足腰が弱って動けなくなるロコモティブシンドローム(ロコモ)が注目されていますね。
それと、その上流に生活習慣病・メタボリックシンドローム(メタボ)があります。体に変調を感じなくても、肥満をベースに、血圧、コレステロール、血糖などの数値に異常が出る。自覚症状だけでなく、数値で確認し、自己管理することが大切です。
肥満になると、体が重くなる。すると動かない。重力に負けて座りたくなる。結果、筋肉が弱り、ロコモになる。余計に体を動かさなくなり、代謝が落ちる悪循環に陥りやすい。
食べた物をどう使うかが重要ですが、そのバランスが崩れると、ひいては認知症、がん、寝たきりになりやすくなる。
今、国内でがんと新たに診断される人は年間101万人と言われます。これをどう防ぐか。禁煙、節酒、運動、姿勢、カロリーの制限、減塩が大事です。あとは、肝炎や子宮頸がんのウイルス、ピロリ菌に感染していないか調べることも大切です。
メタボは、がんのリスク因子にもなります。そしてロコモにもつながる。すると筋肉、骨が弱くなり、転倒しやすくなる。転倒から寝たきりになる人も多い。
その予防に何が大事かというと、野菜と果物の摂取を増やすこと。食物繊維は腸内細菌にとっても重要です。あと「腹八分目」は、みなさんご存じですよね。
「マゴタチワヤサシイ」はご存じですか?
豆、ゴマ、卵、乳(牛乳)、ワカメ(海産物)、野菜、魚、シイタケ、イモの頭文字です。豆には、豆腐や納豆も含みます。ゴマ類はクルミやアーモンドも同様です。
運動療法としては「正しく歩く」。胸を張って、肩をちょっと後ろへ、手を振って、目線を正面に向け、鼻が下に通るように——というのが正しい姿勢。すると、呼吸がきれいになる。歩く際、1、2、1、2と数えたり、音楽を聴いたりするとリズミカルに歩ける。
お酒は、なぜ大量に飲んではダメか。少量なら大半が胃で吸収されるのですが、2合、3合と量が増えると、どんどん腸に行ってしまう。これがよくない。
腸に行くと腸内細菌を活性化して、毒素を出す。その毒素が肝臓にダメージを与えて、肝炎を起こす。アルコール性肝炎は、これを連続して起こす病気です。
腸内フローラ。「第2の脳」体全体に影響
腸内細菌の話をしましょう。主に大腸の内腔に、個性豊かな多くの種類の細菌群がお花畑のように存在しています。腸内フローラのフローラとは花のことです。
人の腸内細菌は100兆個もあります。人間の細胞の数は60兆個と言われますが、それを超える数です。
一般に体に有用な「善玉菌」、炎症などを引き起こす「悪玉菌」と分けられていますが、それ以外の中間の菌を「日和見菌」と呼んでいます。日和見菌は、ふだんは害を及ぼさないのですが、老化などで免疫力が低下すると病原化する菌です。
こうした腸内細菌の研究が盛んになり、いろいろなことが分かってきました。
潰瘍性大腸炎(*)に対して、順天堂大学は2002年に病気に関係する菌を見つけ、抗生剤で治療してきました。現在では、抗生剤治療後の腸内フローラのバランスを整えるために、健康な人の便をきれいにして患者の腸内に入れる「便移植」という治療を行い、7割の患者さんが良くなっています。
また、太っている人の便を与えられた無菌マウスは太り、やせている人の便を与えられた無菌マウスはやせたという報告もあり、太りやすさなどの体質にも影響するのではないか、と考えられるようになりました。心臓病や一部の精神疾患にも腸内細菌が関係しているとの報告もあります。
おなか(腸内)の神経系は、脳の支配を受けないで、イソギンチャクのように自律的に機能するので「第2の脳」と呼ばれています。
交感神経・副交感神経という自律神経系と連携していて、脳・中枢神経ともつながるので、心と体全体に影響を与えます。腸内フローラは、このおなかの神経系に働きかけるため、免疫力や代謝なども含め、体全体に影響を与えるのです。
(*)潰瘍性大腸炎
大腸の粘膜に炎症などがおきて、下痢や腹痛が起きる難病。国内患者数は16万人を超え、安倍首相の持病としても知られる。腸内細菌の関与や免疫反応の異常などが指摘されているが、原因は明らかになっていない。
パネルディスカッション
腸内フローラでセルフメンテナンス
山本 腸には多くの細菌が群生しているようです。
阿部 腸には100種類以上の菌がせめぎ合う状態で生存し、腸内フローラと呼ばれています。菌にも、ビフィズス菌のような有益な善玉菌と、ウェルシュ菌のような有害な悪玉菌がいます。
西村 フローラという名前はとてもかわいくて、柔軟剤みたいなイメージですが、その意味には驚きです。病気にどう関係しているか知りたいです。
阿部 善玉菌には乳酸菌もありますが、大腸ではビフィズス菌に比べると数がとても少ないです。そのためビフィズス菌の方が影響は大きい。有害な菌を抑える酢酸を作る働きがあるので重要な菌と考えています。酢酸は口から飲んでも大腸に届かないので、大腸でビフィズス菌を増やし、酢酸を作れるようにするのが大事です。
西村 ビフィズス菌と乳酸菌は別な働きをしていることが分かりました。
阿部 「BB536」というビフィズス菌の研究を約50年前から続けています。この菌でミルクタイプの飲料のほか、様々な製品を開発してきました。便秘気味の人にBB536入りのヨーグルトを食べてもらったところ、BB536なしのヨーグルトを食べた人より排便回数が増えました。腸内の環境が整い、便秘も改善したのだと思います。
山本 BB536の名前の由来は何でしょうか。
阿部 開発番号です。何千もの菌を保有し、順番に番号を付けています。
山本 努力の跡を感じる数字ですね。
阿部 ビフィズス菌は人の免疫機能に働きかけ、高齢者の感染症を防ぐのではないかとも考えています。うつ病や肥満の予防などについての研究も進んでいます。
佐藤 世界中で腸内フローラの研究が盛んに行われています。ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)が胃潰瘍を引き起こすことは有名ですが、私たちの研究グループは下痢や腹痛が起きる難病の潰瘍性大腸炎に関係する腸内細菌を見つけました。腸内細菌が大腸がんを引き起こす可能性も、原点に立ち戻って研究していきたいです。
大谷 人間は通常、突然病気になるのではなく、徐々に健康の状態から未病の状態を経て本当に病気になっていきます。すぐに薬や治療に依存するのではなく、生活のなかで病気に立ち向かう力を蓄えていくことが大切です。腸内フローラの効果を、これからも国民全体で生活のなかで実証していくことには意味があると思います。
阿部 腸内にいる菌の種類は年齢とともに変わっていきます。生まれたばかりの赤ちゃんは母乳を飲むことでビフィズス菌が増え、生まれてから1週間ぐらいで腸内の菌の90%以上を占めるようになります。普通の食事をするようになると減り、大人の腸では10~20%になります。高齢になるとさらに減ります。
山本 赤ちゃんの健康にも深くかかわっているのですね。
阿部 別のビフィズス菌の「M—16V」の研究も進めています。極低出生体重児(*)に食べさせたところ、腸内でビフィズス菌が増えて、腸内フローラが改善されました。腸が壊死する壊死性腸炎や感染症の発症が抑えられ、死亡率も下がったという研究結果を日本やオーストラリアの研究チームが発表しています。我々はM—16Vが入った粉状の製品を、このような赤ちゃんのために無償で、国内だけでなくオーストラリア、シンガポール、ニュージーランドの医療機関にも提供しています。
佐藤 順天堂大学でもM—16Vを研究してきました。日本人が開発した製品が広く利用されているのは喜ばしいことです。
阿部 欧米やアジアの多くの国ではビフィズス菌が入った粉ミルクが販売されています。ただ日本ではまだ、販売が認められていません。
大谷 日本では、食品や医薬品について、安全性や効果を厳しくチェックする手続きがあります。いずれは、きっとクリアできると思いますので、手続きが早く進むことを期待しています。
阿部 妊婦さんと生まれた赤ちゃんにビフィズス菌を食べてもらうと、食べない場合よりも、赤ちゃんのアトピー性皮膚炎の発症率が下がったという研究の成果も出ています。
西村 出産、育児をした頃に聞きたかったお話です。
(*)極低出生体重児
生まれた時の体重が1500グラム未満の赤ちゃん。多くは早産で、臓器の構造や機能の成熟が十分でないため、新生児向けの集中治療室などでの治療が必要となる。病原体に感染し全身に炎症が広がる敗血症や、慢性肺疾患のような重い症状が起きるリスクが高い。
山本 生き生きとした日常を送るためのポイントを教えてください。
大谷 健康作りの大切さに気づいてはいても、多くの人はなかなか長続きしません。ビフィズス菌の入った製品はおいしいので、取り続けることができます。効果も実感できれば励みになり、病気の手前の状態を食生活を通じて維持するという、未病の考え方に合致すると感じました。
佐藤 まず体を動かし、カロリーを消費することが基本となります。そして脳を元気にしてほしい。ビフィズス菌は脳を活性化することが期待できます。
阿部 腸内フローラは一生を通じて健康に関わるキーワードだと思っています。乳児から大人、高齢者までどの世代の健康も、腸内フローラが関係しています。これからも多くの先生たちが研究を行い、新しい知見が出てくるでしょう。
西村 腸内環境が良くなれば未病につながっていくことを学びました。まず体の内側からきれいにしていきたいと思いました。さらに腸内細菌は精神にも影響があると聞きました。体だけでなく心も健康を保ち、健康寿命を長くできるように気をつけていきたいです。
Q&A:ビフィズス菌どこに?どうやって作る?
Q 年齢を重ねても腸内フローラを整えるにはどうすればいいですか。
阿部 腸に良い菌を食べるほかに、良い菌の餌となるオリゴ糖なども食べて自分の持つビフィズス菌を増やすのが望ましいです。我々はビフィズス菌とオリゴ糖の両方を含んだ製品も出しています。
佐藤 食物繊維も腸内細菌を増やします。日常の食生活では、わざわざオリゴ糖を買うより食物繊維を食べるのが一番。それを補う意味で、オリゴ糖、ビフィズス菌というのが良いかもしれませんね。
Q ビフィズス菌は自然界のどこに住んでいるのでしょうか。
阿部 ビフィズス菌は、40~50種類が見つかっています。いろいろな所に分布していますが、空気がある所では生きられません。大腸には酸素がほとんどなく、ビフィズス菌にとっては育ちやすい環境です。このため、基本的に人や動物、昆虫の腸内にいます。ビフィズス菌がどこから腸に入るのかというのは、はっきり分かっていません。母親の産道にいる菌が赤ちゃんに移るという説もあります。これから研究が必要だと思います。
Q 森永乳業ではどのようにビフィズス菌を作っているのですか。
阿部 BB536という菌は赤ちゃんから分離したビフィズス菌です。培養技術を開発し増やせるようにしました。ヨーグルトや粉の中でも生きられる技術を開発してきました。