2016年8月30日
2020年に開催される東京五輪・パラリンピックをきっかけに、活力ある日本を作り上げていく道筋を考える「未来貢献プロジェクト」のシンポジウム「IoTで変わる私たちの暮らし」(主催・読売新聞社、共催・独立行政法人情報処理推進機構〈IPA〉、後援・経済産業省、協賛・ウフル、ソニー損害保険)が7月29日、東京都千代田区のよみうり大手町ホールで開かれた。慶応大の夏野剛・特別招聘教授による「IT・IoTの可能性と展望」と題した基調講演の後、企業経営者や専門家らによる2部構成のパネルディスカッションが行われた。
基調講演
新たな価値生む人材を
夏野 剛氏(慶応大特別招聘教授)
あらゆるモノがインターネットにつながるIoT(インターネット・オブ・シングス)は、この20年間で起きた大きな変化だ。今や携帯電話で飛行機を予約して乗れるし、ネットで検索すれば何でも調べられる。仕事の仕方、情報の流れ、会社の経営のあり方といったものも全てが激変した。恐ろしいほど進化した技術を、我々は普通に使いこなしている。
コンピューターを使ってネットにつながり、どこでも情報をチェックできるので、1人当たりの仕事量も増えたはずだ。ところが、日本の国内総生産(GDP)は2014年までの20年間でほとんど変わっていない。成熟経済だから仕方がないという説明もできるが、同じ先進国の米国は同じ期間にGDPが137%も増えた。人口の増加分を差し引いても国民1人当たりの生産性は2倍になった。
今は、どんどん出てくるIoTや人工知能(AI)などの新技術を使いこなし、国の制度や自分たちの生き方を、どう変えていくのかを考える時期にある。
AIは人の脳と同じような仕組みで、コンピューターが勉強する。人が予測できなかったことまで学習して予測できる段階にある。
AIの進歩で、「私たちの仕事が取られる」と考える人もいるが、「楽になる」ととらえるべきだ。反復作業や単純作業はコンピューターが学習して失敗なくやってくれる。人が機械に任せられる分野が広がってきたと考えればいい。18世紀後半に英国で始まった産業革命でも、手織りしていた衣服が織機で作れるようになった。なくなる仕事も出た一方、たくさんの新たな仕事が生まれた。
単純な仕事はAIに取って代わられるかもしれないが、人の手が必要な複雑な仕事は必ず残る。
ネットにつながるモノの数が、20年には530億個になると言われている。コンタクトレンズをセンサーにして、糖尿病患者の血糖値を涙から検出するといった研究も進んでいる。画期的な製品が毎月のように市場に投入される時代は、目の前まで来ている。
こういう時代に求められるものは何か。AIは大量のデータから学べるが、「誰もやったことがないこと」はできない。そこで重要なのは、イマジネーションの想像力とクリエイションの創造力だ。新しい付加価値を生み出せる人材を育てていく必要がある。
日本は技術力も資金もあり、人材の質も高い。世界に冠たるAI、IoT社会を一緒に作りたい。
パネルディスカッション・第1部
新技術まずは試して
八子 知礼氏(ウフルIoTイノベーションセンター所長)
情報技術(IT)の利用が広がり、日々の暮らしにも変化が起きている。
私は、スマートフォンを体温計として使っていて、おでこの手前3センチのところに持ち、2秒くらいかざすと体温が測れる。データはネット上で管理され、体調を知らせてくれるサービスを使っている。データ管理は自動で簡単な上、健康への意識も高まる。
車でドライブに行くにも、かつては楽曲をカセットテープに録音し、行き先の地図をプリントアウトしていたが、今はスマホ1台が全てを兼ねる。手間暇かけてやっていたことも、ネット上に置いておいたデータを、いろんな場所に持ち運んで利用できる。
IoTはネットの黎明期にも言われたように、使ってみてメリットを実感するという段階に来た。ビジネスは、今まさに成功例を作っている過程にある。
新しい技術で分かりにくいところもあるかもしれないが、まずは試してみる。生活をどんどん良い方向に変えていくために、うまく活用してほしい。
省エネ社会へのカギ
小泉 耕二氏(IoTNEWS代表)
IoTには、効率化される部分とワクワクする部分の両面がある。子供の頃に見ていたSF映画に描かれていた近未来的なものが現実になりつつあり、そこまで来ていると感じる。
省エネを進める上でも有効だ。温室効果のある二酸化炭素の排出量削減は世界的な課題になっている。暑い日にクーラーを我慢しろとか、移動に車を使うなといった議論でなく、IoTを活用して、エネルギーを効率的に使うことで省エネを実現できる。
物流の効率化も進むだろう。熟練したドライバーでなくても、人工知能(AI)が地図や事故の情報から最短の道順を案内すれば、道を知らない運転手でも荷物を効率的に届けられる。
IoTはこれから社会にシステムとして組み込まれていく。道を走る車が全て自動運転の車になれば便利な社会になる。ただ、全部が置き換わるまでには時間がかかる。その過渡期にいろいろ問題が起きた時に、IoT化に消極的な議論や主張が強まるのは避けたい。
情報読み解く力重要
武下 真典氏(エスキュービズム・テクノロジー社長)
エスキュービズムは、実店舗を持つ企業にインターネット通販の仕組みを提供している。IoTを活用して企業が課題を解決しようとする際には、使う人にとっての「使いやすさ」を重視している。
例えば海外旅行に行く人に、空港でWi—Fi(無線LAN)ルーターを貸し出すサービスがあるが、お盆や正月はカウンターに長蛇の列ができる。これを解消するため、空港に小さなロッカー型のボックスを置き、ネットで予約すれば、スマートフォンをかざしてルーターを受け取れる仕組みを作った。飛行機の時間に間に合うのかという心配をなくした。
IoTの活用には、情報を読み解き、活用する「リテラシー」が必要。個人情報の漏えいなどの心配もある。法整備や情報の扱いといった壁を乗り越えないと普及は難しい。企業がビジネスとしてもうけられる仕組みも必要だ。
IoTの概念を理解するのは難しいが、利用する人は自分なりに考えを持って、どう活用するかを各自が判断すればいい。
店と客双方メリット
大関 興治氏(セカンドファクトリーCEO)
セカンドファクトリーは、ビジネスとインターネットをどうつなぐかを考えている会社に対し、コンサルティングを行っている。
IoTを取り入れた海の家が、江ノ島(神奈川県)にある。お客さんが何を食べ、今の売り上げ1番の商品は何か、といった情報が店内のディスプレーですぐに分かるようになっている。時間帯による混雑状況や座席の埋まり具合などを総合的に分析し、店の運営に生かしている。
IoTの持つ意味の一つは「つながる」ことだ。アイデア一つで生活がガラッと変わるチャンスが至る所にある。店と顧客の関係もぐっと近くなる。消費者はスマートフォン一つで支払いができ、ポイントもためられる。スマホは支払いだけでなく、予約もできたりと、「お財布携帯」とは大きく違う。店側にとっても有効なマーケティングができ、双方に良いつながりが生まれる。
IoTの製品は基本的に前向きな考え方から作られているので、自分にとってのメリットを考えて使ってみてほしい。
パネルディスカッション・第2部
「うっかり」防止が大事
尾花 紀子氏(ネット教育アナリスト)
インターネット教育の専門家としてコンサルティングのほか、子どもや保護者、教職員、企業の新人や管理職など、幅広い人に向けてネットのリテラシーやモラルを教えている。
小学校を講演で回って感じたのは都内在住の子どもと、地方の子どもではネットの使い方が違う。離島ではネットでの買い物が当たり前になっている。
日本人は国民性として危機管理の意識が高くない。街中の無料Wi—Fiにスマートフォンを自動で接続できるようにしている人も多い。スマホは強い電波を自動で拾うので、その電波が悪用されていると、パスワードやIDなど個人情報を全部抜き取られる。ちょっとした「うっかり」が危険への一歩になりかねない。
スマホを使うのは自己責任が基本。新しい端末を買った時やアプリやサービスを取り込んだ時には、設定状況などを確認することが大切だ。
基礎知識身につけて
加賀谷 伸一郎氏(IPA技術本部セキュリティーセンター調査役)
業務で日々、コンピューターウイルスや不正アクセスの問題を扱っている。先端の機器やサービスはいち早く利用したいが、目に見えない分、傍受の恐れなど技術的に安全なのかどうかを慎重に判断している。
大事なことは、機器やサービスの全体像を把握すること。IDやパスワードがあまりに簡単だと、悪用する人にも簡単だということに気付いてほしい。自分がどういう情報を発信して、それがどう使われているのかにも、注意を払う。
新製品の安全性に不安があるなら、半年ぐらい購入を控えて、安全性が確認できるまで待ってもいい。
IoTに関する正確な情報を知ることが何よりも大事だ。ITの世界は基礎的な知識を習得するだけで理解が急に深まることも多い。ネットのセキュリティー関連企業など信頼のおける会社も関連情報を発信しているので、活用してほしい。
利便性の反面危険も
木暮 祐一氏(青森公立大経営経済学部准教授)
IoTには便利さの反面、様々な危険がある。例えば、パソコン本体とキーボードをつなぐコードがないワイヤレスのキーボード。少し離れた場所からでもパソコンを操作できるが、一部の製品はセキュリティーの脆弱性が指摘されている。打ち込んだ情報を第三者に読み取られる可能性があるからだ。
スマートフォンは紛失しても場所が特定できるようになった。最近は車の位置情報も追跡できる。ある意味では恐ろしい時代でもある。情報がインターネットに送られた後、その情報がどこでどう見られているかは分からない。非常に怖いセキュリティーホール(安全上の欠点)がある。
IoTは非常に身近で便利な一方、きちんと使いこなす力を持っていないと危険な目に遭う可能性がある。注意しながら、便利な「IoT生活」につなげてほしい。
健康維持活用に期待
八田 亜矢子氏(タレント)
小学生の頃に普及し始めたインターネットと一緒に育った世代だが、IoTに関してはほぼ素人。大学では公衆衛生を勉強し、病気にならずに健康な生活を送るにはどうすべきかを研究した。IoTを健康維持に役立てられれば素晴らしい。
ネットにつながる血圧計は、測定データを同居していない家族や医師とも共有できる。自覚症状がなくても体の不調を発見し、病院での診察を促すような機能があればいいなと思う。
ネットの怖さも経験した。(スマートフォン向けの無料通信アプリ)LINEの自分のアカウントを乗っ取られた。個人情報のセキュリティーについて考え直す機会になった。
後で知ったが、Wi—Fiのアクセスポイントの名称は自由に設定できるそう。通信大手の社名や空港と同じ名称だからといって安易につながないことが大事だ。接続には十分に気をつけたい。
利用者側も意識改革
若江 雅子(読売新聞東京本社編集委員)
サイバーセキュリティーやインターネット上のプライバシーの問題を主な取材テーマとしてきた。
6年ぐらい前、家庭の見守り用カメラの映像がネット上に流れ、誰でも見られるようになっていた問題があった。流出映像を集めたサイトもあり、幼稚園内にいる園児やマンションの中の様子が簡単に見られた。ネットへの情報流出を知らずに生活する高齢者夫婦の姿をみて、恐怖を感じた。
昨年は米国で車のハッキングを取材した。時速100キロ・メートルで走る車を15キロ・メートル離れた場所からパソコンで遠隔操作して、ハンドルをぐるぐる回したり、ブレーキを勝手に踏んで制御できなくしたりする様子を目の当たりにした。急速な技術進歩に、社会の制度が追いつかず、危険が放置されているのではないかと考えさせられた。情報が漏れる恐れがあっても使いたい製品や得たい情報なのか、利用者側も意識する必要がある。
シンポジウムの会場では、IoTや人工知能(AI)などを活用した9企業・団体による新しい商品やサービスが展示され、来場者の関心を集めていた。
AIを搭載したカメラは、被写体を瞬時に判断し、表示と音声で撮影者に知らせる。撮影回数が増えるほどAIの識別能力が高まり、将来は視覚障害者の補助や電子図鑑などへの活用が期待されるという。
部品などの大半を3Dプリンターで作った二足歩行のロボットも登場。ロボットが手軽に作れることを示した。