2015年4月1日
理化学研究所・放射光科学総合研究センター(兵庫県)が運営するX線自由電子レーザー施設「SACLA(さくら)」の現状やその可能性などを紹介するシンポジウムが3月18日、東京都内で開かれた。
作家で博物学者の荒俣宏氏がゲストとして招かれて講演したほか、実際にSACLAを活用している企業や学識者などが、供用開始から3年間に行われた実験の成果を紹介した。
- 主催:
- 理化学研究所、放射光科学総合研究センター
- 後援:
- 読売新聞社
ゲストトーク
22世紀の人間社会と科学技術
荒俣 宏氏(作家、博物学者)
X線自由電子レーザー施設「SACLA」の明るいX線の光で、本当に小さな物まで見えるようになりました。少し前までは考えられなかったことです。SACLAにより、我々が初めて見る世界が今後次々と目の前に出てくるはずです。
21世紀になってから、世界の見え方が変わってきていると感じています。それはSACLAのような大きな装置を必要とするものだけでなく、自然界にも例があります。
「可驚物界(かきょうぶっかい)」という言葉をご存じでしょうか。明治になり、外国語を日本語に翻訳し始めたころに学者が唱えた言葉で、プランクトンのことです。プランクトンは、文字通り驚きの世界の住民なのです。生き残るための器官や感覚を発達させることなく、ただ海の中の浅いところをふわふわと浮いている。魚などに食べられても、それ以上に増え、海面近くがまるでスープのような状態になる。口を開けばどんどん入ってくる状況ですので、うなぎやシャコ、エビの幼生、魚の子どもなどを育てる、まるで幼稚園のような世界です。普通の海の世界とはまるで別世界が広がっています。
プランクトンは、あまりにありふれているためか、これまであまり注目されてきませんでした。しかし、月の出ない真っ暗な海の浅いところで、驚きの世界が繰り広げられていることが最近、分かってきました。我々が肉眼で見える世界ですら新たな驚きがあるのですから、SACLAへの期待は膨らむばかりです。
戦前の物理学者で、理化学研究所に所属していた寺田寅彦は、「科学の目的は、実に『化け物』を探し出すことなのである」とすごい言葉を残しています。彼は、「化け物が存在しないと思うことこそが迷信で、宇宙は永久に怪異に満ちている」と考えていました。「化け物」を「不思議な物」「好奇心をそそる物」などと置き換えると、現代にも通じる話だと思います。
プランクトンの世界もそうですが、不思議な物をばかにせずに見れば、22世紀へとつながる「隠れた知の宝」を見つけることができるでしょう。そういう気持ちを持ってSACLAを使えば、「化け物」を見つけることができるはずです。
研究者は、たとえ奇人・変人と呼ばれようが、「化け物」を研究する人であってほしい。夢ある22世紀を切り開くために、新たな「可驚の世界」を見せてほしい。SACLAは、その世界を見るため、まさに「鬼に金棒」となる道具だと思います。21世紀がどうなるかで、22世紀が決まります。SACLAを使う現役の研究者たちに、エールを送ります。
講演
自動車技術の革新とSACLAの可能性
山重 寿夫氏(トヨタ自動車)
自動車で使われる電池は現在、ほとんどがリチウムイオン電池となっています。寿命や出力などの性能を向上させるには、充電する際の電池内の反応が、均一に行われる必要があります。充電を行ったあと、すぐに放射光を当てて解析すると、表面ばかり充電されるなど、分布にムラがあることが分かりました。しかし、ムラが生じるメカニズムについては、放射光では分かりません。そこで、SACLAの能力を活用して、解明していきたいと考えています。行った実験では、実電池材料を充放電しながら、反応が止まらないかを確認し、連続照射しても電池への影響はないとの結論に達しました。
SACLAを利用して感じたのは、ユーザーフレンドリーな環境が整備されているということです。今後もSACLAを利用して、具体的な成果へとつなげたいと考えています。
SACLAが拓く人工光合成実現への道
沈 建仁氏(岡山大学教授)
光合成は、太古の地球の環境を変え、生物の進化を支えてきました。石油や石炭などの化石燃料は、もとをたどれば全て光合成により生み出されたものです。
人工光合成実現の最大のネックが触媒です。光合成の触媒として働く「膜たんぱく質複合体」を、SPring—8で解析に成功しました。しかし、露光に時間が掛かり、膜たんぱく質自体が損傷している可能性を排除できませんでした。そこでSACLAを使って、本来の構造のデータを取ることができました。
人類が1年間に消費するエネルギーは15テラワットで、地球に届く太陽の照射エネルギーの1時間分にすぎません。1時間分をうまく変換できれば、全部まかなえてしまうのです。自然界の光合成と100%同じことができるとは思いませんが、数%、数十%でもできれば世の中に大きく貢献できると思っています。
SACLA最前線
藤原 嘉朗氏(放射光科学総合研究センター)
研究者には、「新しいものを見たい」という欲求が常にあります。結晶化が困難な膜たんぱく質や触媒反応の解析、新機能素材の創出、生命科学やナノ領域の構造解析などに使える「光」を求めてきました。
これに応えるのが、SACLAが生み出す新しい光「X線自由電子レーザー」です。SACLAは、国の基幹技術の一つに選ばれています。供用開始から3年、SACLAを支える国内企業は約650社まで増えました。同様の施設は世界中でアメリカに一つあるだけですが、世界数か国で建設が予定されています。日本の優位性が消えないうちに、大きな成果を上げていきたいと考えています。
SACLAは、基礎物理学や生物学、触媒に代表される材料科学、そして環境科学などへの貢献が期待されており、より多くの技術者に活用していただければと考えています。
SACLAを使う
矢橋 牧名氏(放射光科学総合研究センター)
SACLAは2012年3月の供用開始から、順調に運転を続けています。SACLAのX線自由電子レーザーは、「フェムト秒」という非常に短い発光時間を持ち、非常に明るいという特長から、一度に多くの情報を取ることができます。
実験の流れを単純化すると、SACLAの光を試料にあてて検出器で画像を撮り、コンピューターで解析します。静止画だけでなく、動きを見ることもできます。試料に紫外線レーザーなどで刺激を与え、SACLAで観測すると、原子レベルの空間精度と、フェムト秒の分解能で、変化の様子をとらえられます。
SACLAは、短い波長で優位性があり、世界中の研究者から利用されています。今後は、一緒に使う光学レーザーや検出器の高度化も進めるなど、ハイレベルな研究を可能にするための開発を続け、産業への利用を促進していきます。
持続的未来社会を創る
石川 哲也氏(放射光科学総合研究センター センター長)
環境や資源の問題など、日本、そして世界が直面する課題の解決に、SACLAが貢献できることがあります。持続可能な社会実現に向けて、省エネ技術の開発や人工光合成の実現も、大きな可能性の一つです。
身近で何が起こっているかは分かっていても、なぜ起こるかが分からないという現象はたくさんあります。SACLAが生み出す光で速い動きをとらえ、「なぜ」が分かれば、その現象の再現や改善ができる可能性が高まります。物を加工する世界では、「測れるものは作れる」と言われます。科学の世界でも、測れるものは作れるはずです。
SACLAはSPring—8とともに、日本の科学技術の基盤を支え、たくさんの「なぜ」に答えを与え、課題解決に貢献します。これからも、触媒開発、素材開発などを通じて、持続的社会の構築に寄与していきたいと考えています。
X線自由電子レーザー施設「SACLA」とは?
X線自由電子レーザー施設「SACLA(さくら)」は、先進科学技術の拠点が集積する兵庫県佐用町に建設され、2012年に本格稼働した。300社以上の日本企業が開発に参加するなど「日本の力」を結集した象徴的な存在だ。
SACLAで生み出されるX線レーザーは、物質を透過するX線と、レーザーの特徴を併せ持つ。隣接する大型放射光施設「SPring—8(スプリングエイト)」と比べて10億倍明るく、発光時間が100兆分の1秒と極めて短く、カメラに例えると「超高速シャッター」で、従来はとらえることのできなかった原子の素早い動きなどをコマ送りで解析できる。これまでは難しかった物質の構造を分子・原子レベルで解析でき、化学反応の瞬間などをとらえることができる。
原子など極小の物質の、超高速の動きを観察できるため、創薬や素材開発などの分野での技術革新が期待されている。例えば、細胞の表面にある「膜たんぱく質」の形が原子レベルで分かれば、作用する薬を作ることが容易になる可能性があり、開発期間を大幅に短縮し、費用を節約することができる。また、光合成のメカニズムの分析が進めば、高効率な人工光合成の実現への道筋を付けて、資源・エネルギー問題が解決する可能性があるなど、SACLAの活用で幅広い分野での技術的なブレークスルー(突破)が期待される。
SACLAを運営する理化学研究所放射光科学総合研究センターは、新たなビームラインの整備を進め、利用機会を拡大する。今後は、民間企業の利用をより促進し、産官学の連携を深めることで、日本の技術力の底上げを図っていく考えだ。
SACLAについての詳細は:http://xfel.riken.jp/