2015年7月15日
2020年の東京もっと多様に
2020年に開催される東京五輪・パラリンピックをきっかけに、活力ある日本を作り上げていく道筋を考える「未来貢献プロジェクト」のシンポジウム「ダイバーシティ カンファレンス」が6月29日、東京都千代田区のよみうり大手町ホールで開かれた。ダイバーシティー社会の実現に向けて、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所の坂村健所長が基調講演した後、官民の専門家や視覚障害を持つパラリンピック選手らが意見を交わした。(登壇者の肩書は6月29日現在)
- 主催:
- 読売新聞社
- 後援:
- 経済産業省
- 協賛:
- 岐阜プラスチック工業株式会社、サトーホールディングス株式会社、スカパーJSAT株式会社、パナソニック株式会社、Uni-Voice事業企画株式会社(五十音順)
ダイバーシティー(diversity)
「多様性」を意味する英語。年齢や性別、国籍、宗教、言語、障害の有無などの違いを尊重し、新たな価値の創出や組織の活性化に役立てようとする考え方。多様な人材を活用する経営戦略として推進する企業も多く、組織づくりや人材採用など幅広い分野でキーワードになっている。
開会挨拶
違い互いに尊重
富田 健介氏(経済産業省商務情報政策局長)
社会には性別や年齢、国籍や民族、言語、文化、障害の有無など多様な人々がいる。違いを互いに尊重し、違いに価値を見いだし、能力を最大限に発揮できる社会を実現したい。多様な人々が活躍できる社会をつくることは、自由な発想に基づく新商品やサービスの開発など技術革新を生み出す原動力になる。今の日本の社会にはバリアフリーやコミュニケーションの問題など様々な課題がある。その解決手段の一つがITだ。ITを十分に活用して課題を解決し、ダイバーシティー社会実現の一歩としたい。
基調講演
IT技術生かそう
坂村 健氏(YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長・東大教授)
ダイバーシティー社会では、「自分とは違う多くのものが存在する」と認めることが最も重要だ。次に大事なのは、「違いで差をつけない」。最近は、生産性の向上やビジネスの活性化、技術革新に、こうした違いを活用しようという動きが広がってきた。
誰もが使いやすい製品の形や施設の設計などを指す「ユニバーサルデザイン」という言葉も一般化した。製品を作る際に「初めから多様性を考慮すべきだ」との考えは世界共通の認識だ。
さらに注目すべきは、情報技術(IT)や情報通信技術(ICT)の発達で、可能性が広がっている点だ。
例えばデジタルカメラの顔認識技術は、コンピューターが自動的に同じ人の写真を集めて、アルバムを作ってくれる。この技術を視覚障害のある人が持つ端末に取り込めば、周囲の人が誰かを伝えられる。音声の自動合成技術で、障害のある人同士が会話できる。自動走行の車の技術で全自動の車椅子も可能だ。
コンピューターは、誰でも安く手に入れられる時代になった。重要なのは、こうした技術をどう生かすかだ。個人やボランティアの取り組みには限界があり、国を挙げて取り組むには法律を作ってトラブルを防ぎ、ルールを基に効率よく社会を運営することだ。
米国は1990年に「ADA法(障害を持つアメリカ人法)」を定め、障害者に対するあらゆる差別を禁止した。米国の法律は「やってはいけないこと」が書いてあり、差別に法律で強く介入できる。
ADAから派生した事例として、米国では13インチ以上のテレビに字幕装置を付けることが義務づけられた。聴覚障害者は字幕がなければテレビが見られず、差別に当たるとの理由からだ。96年には米国の放送事業者に、全番組に字幕を付けるよう法律で義務づけた。騒がしくて音が聞こえない場所でも、画像を見れば番組の内容が分かり、障害者だけでなく、すべての人にとって便利になった。非英語圏の人にはテレビが格好の語学の教材にもなった。情報のデジタル化で過去の番組も簡単に検索できる。
日本も情報とIT技術をうまく連携させる必要がある。ビッグデータも重要だ。東日本大震災の時に、ホンダがカーナビゲーションからデータを集め、どの道が通行できるかという情報を公開した。できるだけ多くの人から集めた情報をどう使い、個人情報と公共性のバランスをどう保つかも、法律やルールが必要だ。ダイバーシティー社会は、「ネット社会に国としてどう取り組むのか」を問いかけている。
<ハッカソン表彰式> システムの開発IT技術者競う
IT技術者らがシステム開発を競い合うイベント「ハッカソン」が6月27~28日、東京都内で開かれ、29日、カンファレンスで表彰式が行われた。ハッカソン(Hackathon)とは「ハック」と「マラソン」を組み合わせた造語で、一定時間内にテーマに沿ったプログラムやサービスの開発を競うIT系の競技会。社会の課題解決や新製品開発につなげる狙いがある。
パネルディスカッション 1
ダイバーシティ社会の実現に向けて
【パネリスト】
梶 直弘氏(経済産業省経済産業政策局
経済社会政策室室長補佐)
越塚
登氏(YRPユビキタス・ネットワーキング研究所副所長・東大教授)
初瀬 勇輔氏(ユニバーサルスタイル代表取締役)
佐多 直厚(電通ダイバーシティ・ラボ)
全員参加ますます大事
梶 直弘氏(経済産業省経済産業政策局 経済社会政策室室長補佐)
今の日本で「多様性のある社会」を推進しなければならない一番の理由は、少子高齢化だ。ただ、単に高齢者が増えているだけでなく、「元気な高齢者」が増えている。日本の高度経済成長期を支えた「元気な男」だけが活躍する時代は終わり、女性や高齢者、障害者といった違いにかかわらず、全員が社会参加して、一人一人の潜在力をいかに発揮するかが問われている。それが先進国として成熟した社会になり、豊かな生活を実現する大事な一歩になる。
経産省の取り組みの一つに「なでしこ銘柄」の選定がある。東京証券取引所と協力し、東証1部上場のうち、女性の活躍に向けて積極的な取り組みを行っている企業を、各業界で基本的に1社を毎年選んでいる。どの企業が優れているのかを投資家にも見てもらう。女性の活躍が経済活動を活性化させると期待している。
また、高齢者や障害者、外国人の声を聞くことで、新しい製品やサービスの開発につながり、企業業績にプラスになっているとのデータもある。ダイバーシティーはイノベーション(革新)の源泉であり、社会を変えていく力がある。
個人に合わせ万能リモコン
越塚 登氏(YRPユビキタス・ネットワーキング研究所副所長・東大教授)
体の不自由を解決する技術、あるいは身体上の不可能を可能にする技術をうまく使えば、障害のある人だけでなく、すべての人の生活がより便利になる。電話を発明したグラハム・ベルは、最初は特別支援学校の先生で、耳の聞こえない人に話し方を教えていた。そこから音を電気信号に変える電話の発想を得たとされる。
現代のIT(情報技術)も活用できる。点字ブロックの下に、そこがどういう場所かという情報を埋め込んだ小さい電子タグを入れ、つえをアンテナに受け取れるようにすれば、視覚障害者や高齢者に道案内できる。スマートフォンのような端末で受信すれば、車椅子に乗った人など、多くの人が使える技術になる。
ダイバーシティーを簡単な日本語に置き換えると「十人十色」。ただ、一人一人の要望に合う機器を作ると費用が高くなる。解決策になり得るのが、「オープンAPI」だ。機械に組み込まれたプログラムを技術者が自由に拡張し、機能を追加できるようにすれば、家の中にある家電すべてを操作できるリモコンなどが作れる。
個人に合わせた万能リモコンなら、障害の有無にかかわらず全ての人にとって便利だ。家電機器メーカーなどにはぜひ取り組んでほしい。
障害者街に出よう
初瀬 勇輔氏(ユニバーサルスタイル代表取締役)
私自身、大学生の時に目を悪くし、就職活動では100社以上から、志望動機などを記したエントリーシートを提出した段階で落とされた。そうした中、私はパラリンピックに夢を見た。2008年の北京パラリンピック、去年韓国で開かれた仁川アジアパラ大会にも柔道選手として出場した。
障害者は国内では780万人以上、総人口の6~7%いる。民間企業が雇用している障害者は約43万人。企業の従業員に占める障害者の割合は約2%で上がって来ている。一方で、法律があるから雇わなければならないという考えにもなるので、障害者を「会社の戦力」として雇える仕組みを作りたい。
障害者を雇う上では、物理的な配慮や情報の配慮などが必要だ。例えば、スロープやエレベーターの設置や、視覚障害者とほかの社員に情報の不均衡が生まれないよう、音声ソフトを導入するのもいい。何よりも大切なのは心の配慮だ。障害者を多様性として認め合うことが、社会に進出し、就職することの後押しになるのではないか。
パラリンピックの選手村の施設はバリアフリー(障壁なし)が行き届き、誰もが使いやすい「ユニバーサルデザイン」が採り入れられていた。障害者が多いがゆえの安心感がある。障害者がもっと街に出ていけば、色々な障害者が街にもっと出てくる。20年に向けて、障害者がいることが当たり前の社会になっていくことが、一番素晴らしいことだ。
単純なデザインが必要
佐多 直厚氏(電通ダイバーシティ・ラボ)
ダイバーシティー社会を動かすためには、ユニバーサルデザイン(UD)が必要だ。UDは誰もが使いやすくて、誰もがギャップなくコミュニケーションできるものをデザインすること。
例えば、壁にある電気のスイッチは、カチッと押すだけで誰でもオンとオフに切り替えられる。たとえそれを知らない人でも、これを触れば電気がつくんじゃないかと分かる。こうしたみんなが共有できるもの、単純なものが必要だ。
2020年には、会場に世界中からたくさんの外国人や障害を持った選手たちがやってくる。駅で困っていたら、誰がどう対応するのか。私たちは、日本語の文章を外国語で読み上げるソフトや、手話の動画で説明するソフトなど様々な解決手段を提供して手助けをする準備を進めている。
UD業界は「うまく行きそうなら参入しよう」という様子見になっている。社会貢献や福祉ではなく、ビジネスに切り替え、お金が入ってくるようにしたい。誰かがやるのを待つのではなく、自分たちで切り開く。これはもしかしたら、日本の次の産業になる。日本の「おもてなし」ソリューションとそのノウハウを売って行こうではないか。
パネルディスカッション 2
『官・民の具体的取り組み ~福祉、ロボット革命と雇用、障害者スポーツ支援について』
【パネリスト】
小川 秀司氏(東京都福祉保健局障害者 施策推進部計画課長)
本間
義康氏(パナソニック生産技術開発センター新規事業推進室室長)
国武
慎也氏(スカパーJSAT有料多チャンネル事業部門放送事業本部IPプラットフォーム事業部長)
心のバリアフリーを
小川 秀司氏(東京都福祉保健局障害者 施策推進部計画課長)
東京都は、基本理念に「すべての都民が共に暮らす共生社会の実現」を掲げている。その実現には、障害者に対する差別の解消と、心のバリアフリーが必要だ。
都は独自の取り組みとして「ヘルプマーク」の普及を進めている。周囲に支援や配慮が必要なことを知らせるもので、バッグなどにつけて使ってもらう。譲り合いや助け合いの気持ちを育んでもらおうと作成した。
障害者への理解を促すため、インターネット上に「ハートシティ東京」のサイトも開設している。障害者を支援したくても、どう助けてあげたらいいのか分からないと思う人は少なくない。生活場面や障害の特性に応じて、支援の仕方について情報提供している。
東京五輪・パラリンピック招致が成功したキーワードは「おもてなし」だ。世界中から肌の色、宗教や言語、障害の有無を含めて多様な方々が東京を訪れる。気持ちよく過ごしていただくためには、すべての国民がおもてなしの心を持って迎えることが必要だ。
ロボットが生活支援
本間 義康氏(パナソニック生産技術開発センター新規事業推進室室長)
年齢や体力に応じたロボットなどの機器を提供し、誰もが長く活動し、豊かな人生を送ることができる社会を目指している。
電動車椅子だと、電動で動きをアシストするだけでなく、インターネット技術を使う。例えば踏切で車椅子が倒れた時、瞬時にどこの踏切で倒れたのかといった情報をGPSなどを活用して集めることで、すぐに対応できるようになる。
高齢者や障害者の自立支援ロボット、医療・福祉従事者の業務支援ロボットも開発してきた。たくさんの薬を理路整然と払い出すロボットや薬を混ぜるロボット、薬を患者さんの部屋に運ぶロボットもある。地図情報で目的地さえ指定すれば、自由自在に任意の場所に行くことができる。さらには、遠隔で操作できるロボットも開発している。ロボットを通じて、家族や友人と臨場感のある空間を共有できる。
ロボット技術、情報通信技術を活用し、「障害者」という言葉がなくなるような社会にしていきたい。
障害者スポーツ伝える
国武 慎也氏(スカパーJSAT有料多チャンネル事業部門放送事業本部IPプラットフォーム事業部長)
スカパーは放送事業者として、2008年から障害者スポーツを中継してきた。当初は、会場の観客もあまり多くなかった。それが今年5月に東京体育館で行われた車椅子バスケットボールの日本選手権・決勝にはたくさんの観客が詰めかけ、大きな声援が飛んだ。放送を続けることで、世の中の人がどこかで刺激を受けて会場に足を運び、また来ようと思ってもらえる。それが20年の東京パラリンピックにもつながっていく。
私たちは障害者スポーツを、「スポーツ中継」として伝えようと考えている。障害を負う背景などに焦点を当てるのではなく、スポーツの素晴らしさや迫力を伝えたい。選手をアスリートとして尊敬し、視聴者には中継を通じて、選手と同じように喜んだり、興奮したり、場合によっては落胆したりしてほしい。
世間一般では、障害者スポーツやパラリンピックを知らないというのが正直なところで、まだまだバリアがある。官民やメディア、個人が競技場が満員になっている絵を想像し、実現していけるかだ。
新技術を展示
カンファレンスが開かれたよみうり大手町ホールの会場では、障害者の社会参画を後押しする新たなサービスや技術が展示され、来場者の注目を集めた。
その一つは、耳の不自由な人のために、映画の字幕をスマートフォンや眼鏡型の端末に文字情報として表示するサービスだ。例えば、通常は字幕がつかない邦画に日本語字幕をつけることができ、映画館での本格導入に向け準備が進められている。パンフレットなどの印刷物を音声で読み上げる技術なども紹介された。