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気候変動リスクの時代に生きる
社会学部社会政策科学科 田中 充 教授

田中 充教授田中 充教授

顕在化する気候変動のリスク

21世紀の日本は、経済社会の根幹に関わるさまざまな課題に直面しています。環境問題はその一つです。中でも気候変動※1は私たちの生活や健康に深刻な影響をもたらす問題であり、その解決に向けて、各国の利害を超えた国際協調による長期的な対策の実施が求められています。
具体的な気候の状況を見ていきましょう。気象庁が2019年1月に発表した「2018年の日本の気候」によると、昨年は記録的な高温となり、東日本の年間平均気温は1946年の統計開始以来最も高く、埼玉県熊谷市では7月23日に41・1℃という観測史上第1位を記録しました。高気温の傾向は世界でも生じており、最近4年間の世界の平均気温は1891年の統計開始以降、最高記録の第1位から第4位までを独占しています。
確かに昨年は異常気象が頻発しました。7月には、約10日間の記録的豪雨により岡山、広島、愛媛を中心に土砂災害や河川氾濫が発生し、死者263人、行方不明者8人※2という甚大な被害が出ています。こうした記録的な大雨の背景には、地球温暖化に伴う気温上昇と水蒸気量の増加があると気象庁は分析しています。
高気温による熱中症被害も拡大しています。2018年6月〜9月には熱中症患者として9万5137人が搬送され、死亡者は1518人に達したと報告されています。気候変動は、まさに私たちの身近な災害リスクとして、生命や暮らしを脅かす重大な要因になっているのです。

将来の気温上昇と気候変動の予測

気候変動に関わる政府関係者、国際的な専門機関、研究者などがこの問題について調査し提言する国際組織として、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)があります。IPCCは、各国の専門家が集まり、気候変動の現状やその影響、将来の動向などについて科学的知見を収集・分析し、報告書を作成しています。報告書は、最新データに基づく分析結果を集約したものであり、現時点で最も信頼性のある科学的見解が取りまとめられています。国連や各国政府は、報告書を気候変動政策の立案・推進の科学的根拠として活用しています。
IPCCが公表した第5次評価報告書では、21世紀の気候は、複数ある「排出シナリオ」のいずれにおいても、各地の気温が確実に上昇し、多くの地域で熱波が頻繁に発生し、長く続き、極端な降雨がより強く頻繁となる可能性が非常に高いと述べています。その予測によると、21世紀末の世界の平均気温は2000年前後から最大4・8℃上昇するとしています。過去100年間の地球平均気温の上昇が約0・73℃、国内での上昇が約1・19℃という観測結果を踏まえると、今後100年の気温上昇とそれに伴う気候変動が大変深刻な状況になることが容易に推測されます。

排出シナリオが示す気候変動の深刻化

排出シナリオとは、将来社会の気温の動向を予測するに際し、今後の温室効果ガス排出量に関して複数のケースを設定して気温上昇の程度を予測しようとする手法です。IPCCでは、社会の諸活動から排出される温室効果ガスに着目して、排出量が最大となる「高位参照」に加えて排出量に応じた「高位安定化」「中位安定化」「低位安定化」という4ケースを設定して試算しました。
例えば最大の排出量を考慮した高位参照シナリオでは、先述のように100年後に気温は最大4・8℃上昇すると予測されます。このことは、気温が必ずその数値に上昇することを意味するわけではありませんが、現時点の科学的知見に基づくと、対策努力が不足して排出量が増加していく場合には、こうした気温上昇に至る可能性が十分にあることを示唆していると理解できます。この結果、例えば海洋などへの影響を見ると、2100年に海水面は最大で約1・1メートル上昇し、沿岸部の湿地の2〜9割は消滅する、1年当たりの沿岸の浸水被害は現在の百〜千倍に増えるなどとしています。
昨年の西日本豪雨や今年の台風15号による千葉県の被害、台風19 号による全国各地の被害など、今日でも各地で気象災害が頻発している状況を踏まえると、将来の気候変動リスクは甚大なものになることが心配されます。

気候変動への対応「緩和」と「適応」

気候変動に対して効果的な対策が急がれています。対策の基本は、原因物質である温室効果ガスの排出量を削減し、大気中の温室効果ガス濃度の上昇を抑制し、安定化することです。このような対策を「削減策」または「緩和策」といいます。削減策は、特に化石燃料の消費が拡大し、排出量が急増している中国やインドなど、経済発展が著しい国々の協力が不可欠ですが、各国の諸事情から実効ある対策の実施は期待できません。また、世界第2位の排出国である米国は、現政権の下で気候変動対策に距離を置いています。最大限の削減策が求められるにもかかわらず、国際的にはその実施は立ち遅れ、この間にも温暖化は進展し、気候変動の影響はさらに拡大しています。
このような状況下で注目される対策が「適応策」です。適応策とは、地球温暖化と気候変動の進行を前提とし、人間活動や社会システムを調節して、気候変動の影響をできる限り回避・軽減しようとする対策です。実際、夏に気温が上昇し、熱中症が懸念される地域では、抵抗力が弱い高齢者を中心とした熱中症対策など、人口構成や産業構造、立地状況などの地域特性に即したきめ細かな対策の実施が必要になります。

研究成果を社会に還元し政策に実装する

私は、こうした気候変動の影響とその対策のあり方について2000年代前半から本格的に研究を開始し、その成果の一端を取りまとめた業績で先般、学会論文賞を受賞することができました。気候変動問題は今日的な課題であり、研究の歴史が浅く、解明されていない事象や知見が数多くあります。その意味では、いまだ多くの研究課題やテーマが存在する分野であるといえます。
特に期待されるのが、このような研究成果を社会に還元し、広く気候変動政策の立案・推進などに活用していく「社会実装」です。幸い、私たちの研究成果は政府や地方自治体の温暖化対策行政に活用される機会が増えてきています。今後も、研究成果の進展とともに、その成果の実装をさらに進めていきたいと考えています。

※1 気候変動:ここでは、大気の平均状態である気温、降水量などの気候が長期的なスケールで変動することを指す。
※2 総務省消防庁2019年8月20日発表

(初出:広報誌『法政』2019年11・12月号)


社会学部社会政策科学科 田中 充

Mitsuru Tanaka
専門は環境政策論。1952年生まれ、東京大学理学部・同大学院理学系研究科修了、理学修士。川崎市勤務を経て2001年4月より社会学部教授、2014 〜2015年度社会学部長。現在、環境アセスメント学会会長、中央環境審議会委員の他、東京都、神奈川県などの環境審議会委員を務める。主な著書に『気候変動に適応する社会』(技報堂)、『地域からはじまる低炭素・エネルギー政策の実践』(ぎょうせい)など。