持続可能な地球・地域環境の構築へ
人間を豊かにする地域づくりを推進
人間環境学部人間環境学科 石神隆(いしがみたかし) 教授
石神隆教授
「例えば、こぶし大のトマトを栽培するのに、露地栽培ではA4サイズほどの地球上の面積を使うのに対し、季節外れに食べる温室水耕栽培のトマトでは、その15倍以上の面積を使うということがカナダの研究グループにより示されています。栽培等で排出する二酸化炭素を、吸収する森林の面積で解りやすく表したものです。現在、地球上における二酸化炭素の排出量は、吸収量の2倍以上といわれています。もう一つの地球が必要なのです。すでに皆が知っていることですが、このようなことが長続きするわけがありません」とあらためて将来の危うさを語るのは、地域環境問題が専門の石神隆教授。
「だからこそ、日々のライフスタイルから、地域や都市の形態、さらには産業のあり方まで、今こそ根本的に見直していくことが急がれています」と、豊富な現場経験から話します。
環境保全と地域発展 − Win-Winを考える
荒漠地する黄土高原の中で実をつける沙棘の木
「環境問題は地域発展と矛盾するものではありません。例えば、都市交通を見直すことによって自動車通行を大幅に減らし、豊かで落ち着いた生活を取り戻し、経済も活力を増したコンパクトなまちは世界に多くの事例が出ています」と石神教授は指摘。また、「砂漠化防止においてもしかりです。中国黄河流域の緑化のための、沙棘(さじ)開発は、そのよい例です」と、20年近く継続的に携わってきた黄土高原の砂漠化問題について話します。
「沙棘は、温度差の激しい乾燥環境に強く、空中窒素固定という自ら肥料を作り出す能力を持っている有力な砂漠緑化樹種です。そして、その果実は栄養価の高いジュースやジャムに、種子や果皮は医薬品に、葉はお茶になるという付加価値の高い換金植物で、まさに、環境、健康、経済を実現するWin-Winの好例です。砂漠緑化は、植林努力だけでなく、長期に育て管理する努力が欠かせません、後者を担うのは地域の農民です。したがって、やはり地域の実情に合ったもので、地域農民の喜ぶものでないと長続きしません。また、沙棘の例で言えば、果実等を使った高付加価値な製品開発を日本などでするのも大事です。それがひいては砂漠緑化につながるからです」
2004年から続けている黄土高原砂漠化防止の現地フィールドスタディ。写真上:国家水利部沙棘育苗基地での学習/下:同緑化基地での沙棘果実採取活動の風景
砂漠化防止にはこれまで7次に渡り220人を超える本学人間環境学部学生が参加して中国黄河流域フィールドスタディを行うとともに、東京でも緑化支援活動などを行なってきました。
一方、逆の例も示します。
「中国では、近年、牛乳の消費量が拡大。経済的効率から黄土高原等に巨大な乳業工場を建設稼動させています。しかし、牛を大量に飼育、餌の大豆やトウモロコシはブラジル他から輸入、焼畑によるアマゾンの自然破壊につながっているという指摘もあります。ほとんどの設備機器は欧州大手メーカー、投下資本は米国ウォール街等からの調達で、経済的メリットを受けるのがどこの誰だか分かりません。大型集中システムのため、製品は新鮮でなく味も劣るロングライフ牛乳となり、完全真空パッケージや長距離配送のコストもたいへんです。需要急増下での発展段階としては十分理解でき、果敢なプロジェクトに尊敬の念も抱きますが、今後の展開においては地域のいっそうの持続的発展のために、日本のよい経験や悪い経験を伝え大いに協力しあっていくことが望まれます」
石神教授は、中国の酪農乳業についても、日本や中国の専門家との間でこれまで多くの議論や提案の機会を持ってきました。
「この点、日本の元来の酪農乳業システムは、地域牛乳のため少頭飼育で、餌は地域に生える牧草、そして、糞尿は地域の肥料となり、リターナル瓶でその日に配達していたものです。いわば分散型のコンパクトなシステムで、地域の環境、健康、経済が一体化していたのです」と振り返り、次なるコンパクトシティの姿にまで議論を展開します。
沙棘による緑化のWin-Win 構造(健康・経済・環境)
地域の豊かさとは?
環境問題を地球規模かつ長期的な単位でとらえながらも、地域生活者の日々の視点、いわば空間と時間に渡るヒューマン・スケールを重視する石神教授。その姿勢は、長く国内外の地域計画に携わってきた現場経験に基づいています。
「大学の理工学研究科での、社会を対象とした経営システム工学を専攻していた時の興味から、卒業後入社した日本開発銀行(現日本政策投資銀行)での、地域プロジェクトの企画や審査経験が一貫して生きています。資金や情報を通じ地域環境や地域発展に寄与する仕事をするなかで、数多くの地域計画やプロジェクトに携わり、その実際を見てきました」
そして、石神教授は「結局、地域の豊かさとは何でしょうか?」と問いを投げかけます。
「自然環境、社会文化、経済経営の三者を常に保全発展させていくことが大切です。地域開発と称し、利便性や経済性を重視して、例えば、長年住んできた老人が知っている微妙な土地の歴史や、子供たちの秘密基地のようなところを知らずに、現地と離れた空調のきいたオフィスで、専門家がデスクに地図を広げて幾何学的な線を引いたり、美しそうな色を塗ったりというようなことでよいのでしょうか? やはり、プランナーが本当の地域ニーズとともに地域住民の心の声に深く耳を傾け、地域の人々の目線で計画を立て、制度・政策や技術・経済とも賢明に対応しなければ、本当の豊かさは確保されないのではないでしょうか。
なかでも、これから特に大事になるのは、地域づくりでもますます人間、とりわけ心の問題が重要になるかもしれません。限られた資源や空間の中でいかに豊かな地域をデザインするか。『豊かにする』のは大切ですが、『豊かに生きる』ことのできるようにすることもまた大切かもしれません。食べ物で例えれば、『美味しいものを食べる』と同時に『美味しく食べる』ことと言えるでしょう。この心の持ち方やコミュニティーの充実といった部分は、無限に効用を拡大させることができるかもしれません。物理的な資源制約下、すでにそのような精神性を重んずる時代に入っていると思われます」
人材育成
2013年に訪れたドナウ川源流の泉、ドナウエッシンゲン(ドイツ)。趣味の一つは旅行で、各地を歩き回る。「調査の際は修行僧のように歩かなければなりませんが(笑)、旅行では自由な視点で街を散策できるのがいいですね」
石神教授は、本学の人間環境学部創設時から学部教育に携わる傍ら、法政大学エコ地域デザイン研究所での水辺環境研究や、自治体の都市計画等の外部委員など、学内外で幅広く活動。また、地元・世田谷では自治会や青少年育成の活動も長く続けています。
「今もっとも力を入れていることの一つが、地域づくりの人材育成です。地域や環境といった分野では、あくまで総合性が大事です。すべてがつながっているからです。地域に軸足を置いた上で、文化から経済、法制、技術まで全てを動員できる人材、少なくともさまざまな分野の専門家とコミュニケーションができ、地域に橋渡しのできる人材が求められています。それは全体のシステムを深く理解する自らの確固たる哲学や感性を不断に磨き上げる努力と、皆の意見を聞いてまとめ上げる専門的なファシリテーション能力や企画編集能力の必要性といってよいかもしれません。本学の人間環境学部の学生こそ、そのような人材になれるものと期待しています」
- 人間環境学部人間環境学科 石神隆(いしがみたかし)
1947年静岡県生まれ。東京工業大学および同大学院理工学研究科修士課程(経営工学)修了。1973年日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。同行調査部、設備投資研究所、地方支店等で主に地域開発業務に従事。同行在籍中、国際開発センター、日本経済研究所、米国ブルッキングス研究所などに派遣出向。1997年に同行を退職し法政大学教授就任。1999年人間環境学部創設より現職。
主な著作に『水都ブリストル:輝き続けるイギリス栄光の港町』(法政大学出版局)、『フィールドから考える地域環境』(部分執筆、ミネルヴァ書房)、『地球環境対策』(同、有斐閣)などがある。
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