成熟した市民社会の形成へ
NPOを日本に導入・進展
大学院(連帯社会インスティテュート運営委員長) 山岸秀雄(やまぎしひでお) 教授
山岸秀雄教授
「成熟した市民社会を作るには、市民の力が不可欠なのです」と語るのは、非営利活動、いわゆるNPO・第三セクター(サードセクター)を中心に市民社会の形成について研究する大学院(連帯社会インスティテュート)の山岸秀雄教授。今や認証件数5万件を超すNPO法人(特定非営利活動法人※2015年7月末調べ)を国内に初めて導入し、法整備やサポート体制の充実、さらにサードセクターとしての確立に努めてきたNPOの第一人者です。
NPOの政策提言で持続的地域創造を実現した
"柏の葉キャンパス・フューチャービレッジ"
「バブル経済がはじける前から、社会のひずみを強く感じ始めていました」と1980年代半ばを振り返る山岸教授。「多くの社会的課題が噴出していましたが、社会システムの変革を強く意識していました。特に顕著だったのは福祉の担い手不足です。少子高齢化で高齢者が増えているにも関わらず、社会からは見過ごされ行政の手も行き届かない。社会的課題の解決策をさぐるべく、調査団団長として米国政府の招待で訪米し、1カ月近く滞在する中で見つけたのがNPOという組織機能でした」
NPOスタッフへの就職・転職を支援するためNPOサポートセンターが運営する「NPOキャリアカレッジ」の第1回卒業生同窓会。継続的に続く関係を構築することで、NPOの底上げにもつなげている
市民参加の組織が社会的支援のもとで形成されていることに感銘を受け、1988年、自らNPOの前身となる福祉関連の非営利団体を設立。93年にはNPOによる政策提言をはじめ設立支援や人材育成などを行う中間支援組織・NPOサポートセンターを創設、95年には専門家として政府の審議会委員を務めて法整備に携わり、全国各地のソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)を実現するための多角的な取り組みも行ってきました。
成功例の一つと言われているのが、千葉県柏市の"柏の葉キャンパス・フューチャービレッジ"です。
つくばエクスプレス「柏の葉キャンパス駅」に三井不動産グループが1万5,000人居住のマンションを建設する計画に対し、県・市・大学・商工会議所、そしてNPOサポートセンターの関連団体・NPO支援センターちば、生協等が社会的協働として地域づくりを行うプロジェクト。山岸教授はNPO支援センターちばの理事長として、計画段階から東京大学、千葉大学、行政を含む参加団体のコーディネート役をつとめ、基盤を構築しました。
「企業と行政のみならず、大学とサードセクターも計画段階から加わることで、市民自治、環境保全、福祉支援を備えた地域を実現できました。特にNPOにおいては、本来の役割である政策提言を行い、それに対する対価が支払われて継続的に関与していく仕組みを築けた点で、画期的事業だと言えます」
忙しい中でも必ず行っている趣味の登山は、今も年に2回は必ず海外へ。写真は2012年12月にニュージーランドで。「逗子の自宅も、山へのアクセスの良さを理由に10年前に引っ越しました(笑)」
社会運動家として生きる
その他にも"足立区大学誘致政策"や"銀座ミツバチプロジェクト"など、メディアでも大きく取り上げられたプロジェクトに数々携わってきた山岸教授。「実践と理論の連携を目指す」と、研究者として、社会運動家として、産官学民プラットフォーム(舞台、基盤)のコーディネーターとしての役割を担いながら自ら活動を起こしてきました。
本学卒業後、新卒で入社したNTT勤務後に社会提言への思いで出版社を創業。それだけでは市民社会形成には足りないと、政策提言のための第一総合研究所を設立、日本最初の非営利団体の中間組織・NPOサポートセンターを創設(東京・銀座)、若手人材を育てるために招聘されて大学講師に就任と、4つの任務をほぼ同時に進めてきました。「NPOを国の中枢を担う人たちに認識してほしいと思い、銀座のセンターで毎日のように学者や官僚、マスコミ関係者と研究と交流を続けてきました。これが活動の基礎になりました」
寝る間も惜しんで50年超を駆け抜けてきたエネルギーの源は、本学在学時の経験にあります。
「学生運動まっただ中で大学生活を過ごしました。ベトナム反戦闘争や成田空港反対闘争など世の中が転換期を迎え社会運動が盛んな時代で、図らずも学内において学生会館設立の委員長(1973年から2004年まで市ケ谷キャンパスに存在した施設・学生会館設立委員会 全学委員長)、自治会三役を務めたことから、卒業時に生涯を社会運動家として生きていく決意をしました。労働運動、市民運動など大方の社会運動を経験し、学生時代からほとんど組織に属さずに個人として悩みながらNPOに辿り着き、今に至っています」
実践を大切にしている山岸教授はゼミでもフィールドワークを積極的に導入。自身が三浦半島・二子山山系自然保護協議会の理事長を務めて、220万坪の山の整備を実施した
10年越しの思いを実らせた
「連帯社会インスティテュート」
日本国内でNPOの存在意義を確実に進展させてきながらも「未だにNPOはボランティア団体や下請け企業の一つのようにとらえられている現状があります」と苦い表情を浮かべる山岸教授。「NPOは社会的課題の解決と社会システムの変革のために存在します。最終目標はすべてのNPOを企業・行政と対等の立場に引き上げ、他の先進各国のように政府へ政策提言する組織にさせること。そのために、市民が社会発展のイニシアティブを握り、NPO・サードセクターがパワーアップすることが必要なのです」と眼光を強めます。
「そのための大きな一歩」と10年越しの思いを実現したのが、2015年4月に始動した本学大学院における連帯社会インスティテュートです。社会の連帯による公益の実践を目指し、NPO・労働組合・協同組合などの活動を歴史、経営、国際事例など体系的に学べる学習プログラム。山岸教授が主導役を務め、本学大学院が日本労働組合総連合ならびに日本労働文化財団、協同組合・生協、NPOなどと日本初の取り組みとして連携しました。
「私が理事長を務めているNPOサポートセンターでも人材育成は行っていますが、実践的経営手法が内容の柱です。一NPOとしての運営だけでなく、日本をけん引する市民団体の代表として企業家や官僚と対等なパートナーシップを築きながら市民社会を形成していくには、学術的知識が欠かせません。NPOはその基礎が生まれた米国では学校や病院と同じように位置づけられているように、本来大学との親和性が高い。また、法政は田中優子総長が"市民のための大学"と提唱しているように市民の視点を大切にしている大学です。そのために具体的方針を示し、市民の社会活動を支援し、情報提供をするセンターができればと思います。米英15回の調査団派遣を通じて、大学が社会や地域の課題解決のためにNPOと組んで活躍していることがわかりました。市民社会の形成は社会システムの変革を伴う一大事業ですが、本学からその中核的役割を果たす人材が出てくれると嬉しいですね」
- 大学院(連帯社会インスティテュート運営委員長) 山岸秀雄(やまぎしひでお)
1946年生まれ。1969年本学社会学部応用経済学科卒業後、日本電信電話公社(現NTT)に入社。1974年株式会社第一書林を創業。株式会社第一総合研究所設立、特定非営利活動法人NPOサポートセンター設立。同時に、明治大学と白鴎大学の客員教授や政府審議会委員を務める。2006年4月本学大学院客員教授、2009年本学法学部教授。2011年から現職。
著書に『アメリカのNPO —日本社会へのメッセージ』(編著、第一書林)、『ソーシャル・エンタープライズ —社会貢献をビジネスにする』(編著、丸善株式会社)、『イギリス非営利セクターの挑戦 —NPO・政府の戦略的パートナーシップ』(編著、ミネルヴァ書房)、『産官学民NPOプラットフォーム —NPOと大学を軸とした新しいコミュニティ』(編著、第一書林)などがある。また、近く、自身の経験を踏まえたNPO活動の総括と社会運動に関する著書がそれぞれ出版される予定。
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2020.8.11 公開
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