化学の知識を使って先駆者となる
〜LED照明リサイクルの道を切り開く〜
生命科学部環境応用化学科 明石 孝也 教授
明石 孝也教授
企業と複数の大学を転々として、法政大学にたどり着き、腰を据えて研究を行えるようになって8年がたちました。本学には、「自由と進歩」という学風と「自由を生き抜く実践知」という大学憲章があります。いずれにも「自由」という言葉が含まれています。この「自由」という言葉にはとても深い意味が込められているようですが、私は「権威的な重圧から解き放たれて自由に物事に取り組めること」と解釈しています。本学着任以前は「最先端研究」という言葉が私にとっての重圧でした。しかし、この重圧から解き放たれて自由になったことで本当の「最先端研究」を追求できているように思います。さて、2016年の春に、本学はアイリスオーヤマ㈱とハリタ金属㈱と共同で、LED照明リサイクル事業スキームを構築しました。
また、この業界初となる事業スキームは、実際に事業化もされました。幸運にもこの取り組みの先駆的な役割を果たしたのは、私でした。研究者として、この事業化のために私が持っていたスキルは、金属製錬という化学の一分野の知識です。金属製錬という言葉から「最先端研究」をイメージする人はいないでしょう。しかし、この知識を駆使して、LED照明のリサイクルに関して先駆的な役割を果たしたのです。
レアメタル濃縮研究の開始
本学に着任した2010年当時、レアメタル(希少金属)の価格高騰に関する記事が毎日のように新聞で取り上げられていました。そのタイミングで、金属製錬の知識を持つ私に飛び込んできた依頼が、天然鉱石からレアメタルが取り出せないだろうかというものでした。鉱石の成分分析表を入手して検討した結果、最も有望なのがガリウムという元素でした。ガリウムという元素にはあまりなじみがないかもしれませんが、皆さんはガリウムの化合物を毎日無意識のうちに見ています。信号機や電光掲示板のLEDにガリウムの化合物が使われているからです。その他、液晶ディスプレーや太陽光パネルにもガリウムの化合物が使われているものがあります。通常、鉱石からレアメタルを取り出すときには、酸やアルカリなどに溶かして水溶液にします。しかし、私の研究室では、ガリウムは酸欠状態で加熱すると気体になりやすいという性質を利用して、天然鉱石に炭素を混ぜて高温で加熱することにより、ガリウムを濃縮することに成功したのです。この成果は、2013年4月に日刊工業新聞の1面に取り上げられました。
LED照明リサイクル事業 スキームの構築と事業化
天然鉱石中には微量のガリウムしか含まれていないため、もっと多くのガリウムを含む鉱石を探すことにしました。それは、使用済みの電子機器、いわゆる都市鉱石です。こうした状況にあったとき、2015年秋に本学職員の橋渡しにより、アイリスオーヤマが使用済みの直管型LED照明を多量に備蓄していることを知りました。実物を見て、「これはリサイクル可能だ」と確信しました。ただし、ガリウムとしてではなく、アルミニウムや貴金属としてです。早速、リサイクル企業のハリタ金属に実物を持っていき、アルミニウムと貴金属を資源として使ってもらう代わりに、ガリウムを含むLED素子を頂くことを交渉しました。その場で解体すると銅も見つかり、すぐに交渉が成立しました。アイリスオーヤマの流通ラインを用いて、トラック1台分の使用済みLED照明がハリタ金属に運ばれ、解体選別の実機テストが行われました。使用済みLED照明をリサイクルするスキームの完成です。このスキームは、2016年4月から実際に事業化されました。このスキーム構築から事業化への一連の流れには、8社の新聞記事、2つの定期刊行物に取り上げられるという大きな反響がありました。一方で、私には課題が残っていました。ガリウムのリサイクルです。この課題は、技術的にはほぼ解決しています。金属製錬の技術を駆使して装置を改良し、使用済みLED素子からガリウム成分を高効率で回収することに成功しています。ただ、産業界では、LED素子に金資源としての価値が見いだされ、金リサイクルの方向へと進みました。「ガリウムのリサイクル」を看板に掲げた私にとっては、ガリウムはリサイクルできないという状況となりました。そのため、私が解決しなくてはいけない課題は、金とガリウムを同時にリサイクルすることへと変わりました。新しい課題の解決に向けて再スタートです。
なぜ、私が先駆者に?
なぜ、他の研究者でなく、私が先駆的な役割を果たせたのでしょうか。長寿命のLED照明もいつかは寿命を迎え、最終処分が必要になることは誰もが予想できたでしょう。ただ、当時は、青色LEDを発明した功績により3人の偉大な日本人研究者が2014年のノーベル物理学賞を受賞したことに、世間が沸いていました。多くの研究者はいわゆる最先端研究を目指して、より高性能のLEDを開発することに向かっていたでしょう。ノーベル賞を受賞された偉大な先生方やそれに続く優秀な研究者の方々に、私が追い付き、最終的に競り勝てるとは思えません。私にできることは、他の研究者たちとは全く異なる方向に進むことでした。それによりLEDリサイクルの先駆者となり得たのです。「〝最先端研究〟は、もはや最先端ではない」この言葉が私の持論となりました。それでは、「〝最先端研究〟をやること」を何というのでしょうか。それは「二番煎じ」というのです。最先端研究といわれる研究は他の人が先に行ったものであり、その研究を行っている限りは、その分野の先駆者にはなれないのです。最後に、LED照明リサイクルの事業化を支えてくださった本学の学生や職員の皆さまに感謝申し上げます。新しい課題の解決に向けて、今後も「自由」に取り組んでいきます。
(初出:広報誌『法政』2017年度3月号)
- 生命科学部環境応用化学科 明石 孝也
Takaya Akashi
専門は、無機材料化学と金属工学。1968年埼玉県生まれ。1991年東京工業大学工学部金属工学科卒。1993年同大理工学研究科金属工学専攻修士課程修了後、日本鋼管㈱(現:JFEスチール㈱)に就職。1996年同社を退職し、東京工業大学理工学研究科金属工学専攻博士課程進学。1999年同大理工学研究科金属工学専攻博士課程修了、博士(工学)取得。1999年より東北大学金属材料研究所助手、2003年7月から翌年9月まで文部科学省在外研究員(カリフォルニア大学バークレー校)。2004年10月から北海道大学助教授、2007年同大准教授。2010年より現職。
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