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人口減少・少子高齢化に適合した
財政・社会保障の仕組みを求めて
経済学部経済学科 小黒 一正 教授

小黒 一正教授小黒 一正教授

私の専門分野は、国や地方などの公共部門が行う経済活動を経済学の側面から分析する学問である「公共経済学(Public Economics)」ですが、この分野のうち、人口減少・少子高齢化と財政・社会保障の関係を分析する領域を主に研究しています。

人口減少といえば、「2008年」と「2083年」という数字を聞いて、すぐに何か頭に浮かぶものがありますでしょうか。実は、「2008年」は日本が本格的に人口減少に突入した年、つまり「人口減少元年」であり、「2083年」は予測ですが、日本の人口が2016年比で半減する年です。

人口減少は「静かな有事」ともいわれます。国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」(平成24(2012)年1月、出生中位・死亡中位)によりますと、2015年の人口減少率は0・28%に過ぎないですが、2025年は0・61%、2050年は1・05%となることが予測されています。

「減少率」で見ると大きな減少に見えないですが、「減少数」で見ると印象が異なり、2025年の人口減少数は74・4万人、2050年は102・8万人です。74万人という減少数は、現在の東京都練馬区や神奈川県相模原市の人口に近く、102・8万人という減少数は現在の千葉市の人口(約96万人)や東京都世田谷区(約90万人)よりも大きいものです。つまり、時間の経過に伴い、人口減少が社会に与える影響は大きくなることが予想されます。

周知のとおり、人口減少・少子高齢化は政治にも大きな影響を与えています。といいますのは、人口増加で高成長の時代には、政治は増えた富の配分を担うことで大きな力を発揮してきましたが、人口減少で低成長の時代に突入して以降、政治の役割は「正の分配」から「負の分配」に急速に変わりつつあるものの、それに対応できず、政治は機能不全に陥っているようにも見えるからです。

しかも、これから日本では、全有権者に占める引退世代の割合は上昇することが確実でありますから、各個人が利己的に行動し、かつ、その行動が「ライフサイクル仮説」に従う場合、政治的意思決定の時間視野はさらに短くなる可能性が高いと思われます。

もし有権者における引退世代の政治的影響力が勤労世代の政治的影響力を上回っていて、政治がその影響力に応じて意思決定を行うとき、政治は引退世代の効用を最大化するように行動します。これを「シルバー民主主義」仮説といい、近年の政府債務残高の膨張や、財政・社会保障の改革が進まない理由の一つを、この仮説に求めるケースもあり、私はこの領域も研究テーマの一つに設定しています。

もっとも、シルバー民主主義仮説の妥当性については、慎重な判断が必要であることは言うまでもありません。しかし、2025年には50歳以上の有権者が全有権者に占める割合は6割に達する勢いであり、人口減少や少子高齢化の進展に伴い、政治的意思決定の時間視野はさらに短くなる可能性があります。私は現在、その是正の一つの鍵を握るのは「選挙制度」であると考えています。

実際、哲学者のホセ・オルテガ・イ・ガセットは名著『大衆の反逆』において、「民主主義は、その形式や発達程度とは無関係に、一つのとるにたりない技術的細目にその健全さを左右される。その細目とは、選挙の手続きである。それ以外のことは二次的である。もし選挙制度が適切で、現実に合致していれば、なにもかもうまくいく。もしそうでなければ、ほかのことが理想的に運んでも、なにもかもだめになる」と主張しています。現行の選挙制度改革では、最近法案が成立した「選挙権の18歳までの引き下げ」の延長で被選挙権の引き下げや、都市部と地方との間に存在する「一票の格差是正」などが頻繁に議論されていますが、急速に少子高齢化が進展する中でさらに検討が必要なテーマは、「政治的意思決定の時間視野を長くする選挙制度」でしょう。

このため、経済学では今、世代間の政治力を均衡させる選挙制度改革として、いくつかの新しい選挙制度が提案され始めています。具体的には、有権者の人口構成比に応じて世代ごとに議員の議席数を配分する「世代別選挙区制」といった仕組みや、子どもに選挙権を付与した上で親が代理で投票する「ドメイン投票制」といった仕組み、あるいは、世代別選挙区の拡張で各世代の平均余命に応じて世代ごとに議席数を配分する「余命投票制」といった新しい選挙制度の仕組みです。

なお、選挙制度改革とは別に、世代別の利害にとらわれないような意思決定を有権者に働きかける方法もあります。それは、財政の長期推計などを担う「独立財政機関」(IFI:Independent Fiscal Institutions)の設置です。

「独立財政機関」とは、選挙で選ばれるものではない専門的な集団で構成され、政治的独立性を有する非党派の公的機関をいいます。財政運営に対する客観性を担保するために、予算編成のためのマクロ経済予測や財政パフォーマンスの監視、財政政策について規範的な助言や指針を政府に提供することを任務としています。

独立財政機関としては、オランダの経済政策分析局(1945年設立)や米国の議会予算局(CBO:Congressional Budget Office、1974年設立)が長い歴史を持ち有名ですが、2000年以降、OECD諸国で設立が相次いでいます。例えば、英国の財政責任庁( O B R:Office for Budget Responsibility、2010年設立)、スウェーデンの財政政策会議(2007年設立)、カナダの議会予算官(2008年設立)、アイルランドの財政諮問会議(2011年設立)などで、今後は日本でも設置の議論が浮上してくる可能性があります。

いずれにせよ、急速な少子高齢化の進展に伴い、社会保障費が急増し、財政赤字が恒常化する中、政府債務残高(対GDP)は200%超に達し、今も膨張を続けています。本学には「エイジング総合研究所」があり、私はその研究員も拝命していますが、超高齢化社会が到来するのはこれからで、財政・社会保障の抜本改革が不可欠であることは言うまでもありません。その意思決定の土台となる民主主義の在り方についても、今から十分な議論を深めておく必要があると考えています。

大学のゼミ生や大学院生との議論を含め、人口減少・少子高齢化の下でも機能する財政・社会保障や、政治の仕組みの在り方に関するヒントを探ることが、私の研究の一つの目標になっています。


経済学部経済学科 小黒 一正

Kazumasa Oguro
1974年生まれ。京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。1997年大蔵省(現財務省)入省後、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー、厚生労働省「保健医療2035推進」参与。鹿島平和研究所理事、キヤノングローバル戦略経営研究所主任研究員。専門は公共経済学。著書に『預金封鎖に備えよ』(朝日新聞出版、2016年)、『財政危機の深層?増税・年金・赤字国債を問う』(NHK出版新書、2014年)などがある。