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土木構造物と人間の意外な共通点
デザイン工学部都市環境デザイン工学科 藤山 知加子 准教授

藤山 知加子准教授藤山 知加子准教授

土木と医療

意外に思われるかもしれませんが、土木の世界では、その仕事をよく医療に例えることがあります。橋を例にとってみましょう。私たちの生活を支える道路。その一部をなす橋の寿命は、実にさまざまです。100年以上現役で活躍しているものもあれば、わずか30年で使えなくなるものもあります。それらの違いはどこからくるのでしょうか。

橋を造る計画をする場合、地震や重交通にも負けない丈夫で長持ちをする橋を造りたいと、人は願うでしょう。限りなく良い材料、高度な技術で造ることができればもちろん最高ですが、お金が無尽蔵にあるわけではありませんから、費用対効果の高い材料や建設方法を選ぶ必要があります。その中で、地域の環境特性や利用する人々の好みにあったデザインを取り入れることも大切です。これらの橋の計画、建設を行うコンサルタントや建設会社の仕事は、子どもの養育や教育をイメージされると、分かりやすいかもしれません。さて、そうしてできた橋は、やがて橋として社会に貢献し始めるのですが、限りなく良い材料、高度な技術で造った橋でも、必ずしもその使命を全うできるとは限りません。そこにはさまざまな困難が待ち受けているからです。

地震や津波、台風や大雨に伴う水害などの自然災害で、時には大けがをするかもしれません。あるいは、潮風や吹雪など自然環境の厳しいところで放っておけば、温暖な地域の橋に比べて、病気や老化も進むでしょう。また、常に重交通のストレスにさらされ続ければ、疲労で弱ってしまうことだってあります。

そこで医療が必要となるのです。けがや病気の治療(補修、補強)や、早期発見のための健康診断(定期点検)がこれに当たります。こうした臨床医の仕事は、一般に、道路の管理会社や自治体が担っています。一方で、けがの深刻さや病気の進行程度を診断したり、そもそもの原因を調べてけがや病気をしにくい材料や構造をつくったりすることも重要です。これを行うのが研究医、つまり大学や研究機関ということになります。

土木構造物の疲労

ここからは少し具体的に話を進めることにします。現在私は、橋梁の床版(しょうばん)と風力発電用風車の基礎の性能評価に関する研究をしています。橋梁の床版はその上を車が通過することによって、また、風車の基礎は風車タワーの振動を支え続けることによって、何百万、何千万回というストレスを繰り返し受けています。一つ一つのストレスは小さくても、やがては疲れがたまって破壊に至ることもあるためです。これらの構造物を構成する材料には鋼とコンクリートとがありますが、私は特に、コンクリートの疲労が構造物の性能に及ぼす影響を研究しています。

材料自体が均質な鋼(金属)とコンクリートとは、疲労のメカニズムが異なります。コンクリートとは、もともと砂や砂利をセメントで糊付けして固めたものなので、荷重を加えると目に見えないような小さなひび割れ(マイクロクラック)があちこちで発生します。このマイクロクラックの一つ一つがストレスの繰り返しによって進展し、やがて連続化して破壊面を形成するのが、コンクリートの疲労メカニズムです。

マイクロクラックの発生・進展過程は、コンクリートという塊の内部で時間的にも空間的にもばらつきをもって進行する事象であるため、一つ一つを顕微鏡などで観察するのは至難の業です。そこで、コンクリートというものを、ある一定の体積以上を最小単位として、多数のマイクロクラックを確率的に含む材料として平均的に扱うことにします。これによって、あたかも均質な材料のようにその硬さ(剛性)や強さ(強度)を定義することができるのです。そして、ストレスの大きさと繰り返し回数に応じて、その材料の剛性と強度が低下するとともに、塑性ひずみが増加すると設定します。この考え方に基づいて、対象構造物である橋や風車をモデル化し、何百万、何千万回というストレスを加えるシミュレーション(非線形有限要素解析)を実施しています。目に見えないコンクリート内部でいつどの部分がどの程度軟化するのかを予測できれば、良い診断につながると考えられます。

疲労しにくい環境を保つ

しかし、車に何度も通過されるのも、風に何度も揺らされるのも、橋梁床版や風車タワーの宿命です。繰り返しストレスを与える原因を取り除くことはできません。ではどうしたら、構造物は健康寿命を長くすることができるのでしょうか。一つは、先に述べたとおり、疲労しやすい箇所や疲労程度をシミュレーションで特定し、適切な治療を行うことです。そしてもう一つは、そもそも疲労しにくい環境を保つことです。

コンクリートは水に濡れた状態にしておくと、乾燥状態に比べて明らかに疲労強度が低下することが、経験的に知られています。その原因としては、水に接している部分ではコンクリートの界面エネルギーが低下するため、マイクロクラックが発生・進展しやすくなることや、コンクリート内部にある微細な空隙中の水圧(間隙水圧)の過剰な高まりによって骨格が内部から破壊されることが挙げられています。しかしメカニズムとして定量的には明らかにされていません。

私は、後者の説を検証するための研究として、コンクリート内部の微細空隙中の水分を液体窒素で凍結させる、そもそもコンクリートの配合を変えて水が存在し得る微細空隙の大きさや量を変化させるなど、さまざまな実験を行ってきました。

この研究の成果をいつ実際の構造物に還元できるかは分かりませんが、すぐにできる環境改善策は、繰り返しストレスを受けることが分かっているコンクリートを濡れたままにしないことです。もちろん、構造物の設計段階から上面や側面に水がたまらないような形状を採用しておくことが望ましいのですが、それができていなかったとしても、構造物の排水溝や排水桝(ます)を清掃するといった日常のケアや、表面被覆やひび割れ注入を行って内部に水を浸透させないというちょっとした手当てを小まめに行うことが、寿命を延ばす鍵となります。

構造物も人間も、健康長寿には、日ごろの心掛けが大切と言えるでしょう。私たちの生活を支える巨大な土木構造物に、皆さんも親近感と愛情を感じていただけたでしょうか。


デザイン工学部都市環境デザイン工学科 藤山 知加子

Chikako Fujiyama
専門はコンクリート工学および構造工学。1976年福岡市生まれ。1999年京都大学工学部土木工学科卒業。以降2005年まで新日本技研株式会社で橋梁設計に携わる。2006年より東京大学大学院社会基盤学専攻で修士課程、2008年より同博士後期課程を終え2011年に博士号(工学)を取得。2011年同博士研究員。2012年4月より現職。最近の論文:C. Fujiyama, T. Matsumura and T. Takasuka: A Failure Processof Steel-Concrete Composite Bridge Deck Subjected to Repetitive MovingLoads in Three-Dimensional Nonlinear FE Analysis, Journal of JSCE, Vol. 3,No. 1, pp. 81-92, 2015。共著に『ようこそドボク学科へ!』(学芸出版社2015年4月)


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