ゼミ生とチームで挑むソーシャルメディア研究
社会学部メディア社会学科 藤代 裕之 教授
藤代 裕之教授
避けては通れないフェイクニュース問題
TwitterやFacebookといったソーシャルメディアの研究をしています。今や生活に欠かせないソーシャルメディアですが、便利さの裏側でうその情報、いわゆるフェイクニュースが問題となっています。
世界で猛威を振るう新型コロナウイルスに関する「ウイルスは熱に弱いので、26〜27℃のお湯を飲むと良い」や、熊本地震時の「ライオンが逃げた」、などを聞いたことがあると思います。これらフェイクニュースは世界で問題になっており、ソーシャルメディア研究では避けては通れません。
しかしながら、フェイクニュースの解明はなかなか難しいのです。まず、うそを見抜いて事実を確認するのが大変です。さらに世界で事情が異なるのも課題です。フェイクニュースと聞くと、米国のドナルド・トランプ大統領に関する政治的な話題と考える人も多いかもしれませんが、東南アジアでは芸能人、国内では災害や健康に関してといったように、その国や地域の関心の高い話題で発生するために、関連する研究も異なってくるのです。
他に先駆けて国内の状況を解明
さらに深刻な問題は、ロシアなどの国がフェイクニュースを「武器」として利用し、選挙への介入や世論操作を行っていることです。
「プロパガンダとか、スパイ映画の世界じゃあるまいし」と思っていたのですが、研究調査で訪れたフィンランドやバルト3国のリトアニアの危機意識は高く、民主主義社会に対する脅威として対策が進んでいます。アジアでも、大規模な抗議デモが起きた香港で、情報操作を行っている中国政府とつながりのある投稿をFacebookとTwitterが削除しました。
私の研究室では、他に先駆けて国内の状況について論文を書いたり、学会で発表したりしてきました。新聞記者らの協力を得て、2017年の衆議院議員選挙と2018年の沖縄県知事選挙に関するデータを分析し、フェイクニュースを拡散するニュースサイトの構造を明らかにしました。今のところ、他国のプロパガンダのような深刻な状況は観測されていませんが、危機感を持ちながら研究を続けて、実態を明らかにしていくことが重要だと考えています。
ゼミ生とのチーム戦で研究を進める
研究会で、沖縄に関するフェイクニュース調査の結果を発表するゼミ生
先ほどフェイクニュースの解明は難しいという話をしましたが、それを乗り越えるのに必要なのがゼミ生の協力です。法政大学社会学部はゼミ活動に力を入れており、2年生から希望する教員のゼミで研究や実践活動を行います。
ゼミ生たちは、ソーシャルメディアのデータを収集したり、怪しい書き込みがないか目視で確認したり、フェイクニュースを見た人にインタビューを行ったり、といろいろな役割を分担してくれています。プログラミングでのデータ収集など、教員が苦手なこともサポートしてくれます。
沖縄県知事選挙に関して、地元新聞社が行ったフェイクニュース対策の影響を調査しているゼミ生は、一時カナダに留学していました。その間も、共同研究者がいるアメリカと日本の3カ国をインターネット会議でつなぎながら研究を進め、国際学会での発表を実現しました。データ整理は、他のゼミ生がサポートして助け合うなど、チームで研究を進めています。
大学の研究は将来役立つのか?
このようなゼミ活動を支えているのが、大学の教育や設備です。社会学部では、国内の大学で初めてGoogleの世界的ネットワークに加入し※、フェイクニュースを見抜く技術を学ぶ機会を提供しています。また、メディア社会学科ではプログラミングの学習を推奨しています。研究について議論するためにキャンパス内の宿泊施設に泊まり込むこともあります。
バイトやサークルに忙しいという大学生のイメージと、ずいぶん違うという方もいるかもしれません。世の中には大学の研究は役に立たないという意見もありますが、研究は論理的な思考を養い、粘り強く取り組む力を養うことに適しています。
学生と話をすると、「何者かになりたい」という気持ちを持ちながら、漠然とした将来への不安を抱いているのを感じます。保護者の皆さんも、「将来はどうなるのだろう」と心配しているかもしれません。私自身も「何者か」が長らく分かりませんでした。大学では哲学を学び、徳島にUターンして新聞記者になり、事件取材に明け暮れていました。
ゼミ生とともに新たなメディア社会の創造へ
共同研究先とニュース接触に関する調査について議論している様子
2000年代に入り、ソーシャルメディアが広がっていく中でメディア環境が大きく変わり始めました。マスメディアだけでなく、誰もが発信できる社会とはどうなるのか強い興味を持ちました。
そこで、NTTグループに転職してインターネットニュースの編集や研究開発を担当し、気付いたら研究者になっていました。タイムマシンで大学時代の自分に「将来は大学の先生だぞ」と言ったなら、それこそフェイクニュース呼ばわりされることでしょう。
振り返ってみれば、新聞記者も、研究者も、新しい発見をして社会に伝えるという共通項があります。大学時代に学んだ哲学は、その知的発見の出発点でした。ゼミ生も、必ずしもメディアに関連する仕事に就くわけではありませんが、学会発表や論文の執筆という困難と向き合うことで、自分の中にある興味・関心を発見していきます。自らの可能性を信じられるようになれば、卒業です。
今は、フェイクニュースのような負の側面が話題になっていますが、ソーシャルメディアは、多様な情報発信や利便性の高いサービスが登場するなど、可能性を秘めたツールです。「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」(アラン・ケイ)という言葉があります。負の側面を乗り越え、都市と地方をつなぐメディアづくりやより良いコミュニケーションを生むサービス開発など、ゼミ生たちと新たなメディア社会の創造に取り組んでいきたいと思います。
※Google News Labが世界で展開している「Google News Initiative University Network」に国内で初めて法政大学社会学部が加入しました。
(初出:広報誌『法政』2020年8・9月号)
- 社会学部メディア社会学科 藤代 裕之
Fujishiro Hiroyuki
1973年徳島県生まれ。広島大学文学部哲学科卒業、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科前期課程修了。徳島新聞社の記者を経て、NTTレゾナントでニュース編集や新サービス開発を担当。2013年4月本学に着任、2019年より大学院メディア環境設計研究所所長。著書に『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』(光文社)、編著書に『ソーシャルメディア論』(青弓社)など。ゼミ生らと制作した『地域ではたらく「風の人」という新しい選択』(ハーベスト出版)は、第29回地方出版文化功労賞と島根本大賞2016をダブル受賞した。
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