環境負荷の少ない高分子素材の開発
生命科学部環境応用化学科 杉山 賢次 教授
杉山 賢次教授
プラスチックとテフロン大統領
プラスチックという言葉は、日本ではビニールという言葉と一緒に合成樹脂製品の総称として用いられますが、元々は自在に形作れる可塑性を意味します。硬い樹脂はプラスチック、軟らかいシート状のものはビニールと呼ばれることが多いと思いますが、いずれも物理的・化学的性質を示すものではありません。
英語では、硬い軟らかいにかかわらず合成樹脂製品にはすべてplasticという言葉が使われていて、ペットボトルはplastic bottles、ビニール袋(ポリ袋)はplastic bagです。また、造形芸術はplastic art、形成外科はplastic surgeryといい、これらはすべて原義に近い意味で用いられています。
話は変わりますが、第40代米国合衆国大統領のロナルド・レーガン氏がテフロン大統領(Teflon president)と揶揄(やゆ)されていたのをご存じでしょうか。テフロンでコーティングされた鍋が焦げ付かないように、彼がどのような非難にも傷つかず、回避してしまうことから作られた言葉で、その後もスキャンダルに強い大統領に対して使われているようです。
そもそもテフロンは米国のデュポン社で開発された合成樹脂の商品名で、化学物質の名称が1980年代の米国社会で違和感なく受け入れられていたのは興味深いことです。おそらく英語圏では、化学に関連する言葉が比較的原義に近いまま使われているためだと思われます。
日本語でも、ペットボトルのペットは、原料のプラスチックであるポリエチレンテレフタレートの英語の略称・PETに由来すると知られてはいますが、カタカナ表記のため化合物名であることが分かりにくくなっています。なお、代表的な合成繊維であるポリエステルはPETを繊維状に加工したものですが、PET繊維とは呼ばれません。
このように、社会生活において化学物質の正式名称に触れる機会は極めて少なく、また製品の名称も原義からやや離れた使われ方をしている現状では、プラスチックと呼ばれる物質には種類があって、一つ一つが特有の性質をもっていることを理解するのは難しい状況です。この点は、私たち化学者、そして化学業界が取り組むべき課題の一つと考えています。
グリーンケミストリーと生分解性プラスチック
グリーンケミストリー(Green Chemistry)とは、「有害物質の使用や生成を削減または排除する、化学物質と製造工程の設計・開発・実装」と定義され、その理念が12カ条(12 Principles of Green Chemistry)にまとめられています。その中には、人の手によって生み出される化学物質は人の健康や環境に対して無害なものに、さらに、それらを作る過程においても有害な物質の使用は避け、ごみを減らし、限りある資源やエネルギーを大切にしましょうと、至極当然なことが記されています。しかし、現実は厳しく、さまざまな国や地域で環境汚染が繰り返し起きています。最近では、海に流れ出したプラスチック製品が原因となる海洋プラスチックごみ問題が耳目を集めています。特に、マイクロプラスチックと呼ばれる細かい粒子については大きく報道されたので、ご存じの方も多いと思います。
この問題の根本的な原因は、木材などの天然高分子とプラスチックなどの合成高分子の循環系が異なる点にあります。自然界の動植物は死後、土壌中の微生物によって分解され(生分解)、最終的に水と二酸化炭素になります。そして、二酸化炭素は光合成によって再び植物に取り込まれ......という循環系が成り立っています。一方、合成高分子の多くは、生分解を受けないため自然界の循環系に取り込まれず、埋め立てるか焼却して二酸化炭素を吐き出すしか手立てがなく、原料の石油に戻らないため循環しません(数万年待てば、二酸化炭素を取り込んだ植物が石油になるかもしれませんが、現実的ではありません)。
ここで注目を集めているのが、生分解プラスチックです。その特徴は、石油由来の合成高分子でありながら、微生物によって分解され、自然界の循環系に取り込まれる点にあります。したがって、自然界に流出しても非分解のプラスチックよりは環境負荷が低減されることが期待されています。グリーンケミストリーの理念に近い化学物質と言えるでしょう。
ただし、良いことばかりではありません。生分解性プラスチックの多くはポリエステルと呼ばれる高分子化合物なのですが、PETのような耐熱性や耐久性の源となるユニットを含まないため、用途が限られているのが現状です。多くの化学者や化学メーカーがこの問題解決に取り組んでいます。
環境負荷の少ない、新しい高分子素材の開発に向けて
私の研究対象は、ずばり「プラスチック」です。私とプラスチックの出合い、とは言いつつも生まれた時には身の回りにプラスチック製品があったので、ファーストコンタクトは不明です。ただ、はっきりと覚えているのは、小学校3年生の時、教室のストーブの上で加湿用に沸かしたお湯の中にプラスチック製の三角定規を入れてグニャグニャに変形させるのが楽しかったことです(その後、先生に叱られましたが)。振り返ってみれば、これこそプラスチック=可塑性の体験だったわけですが、当時の私には知る由もありません。
それから十数年が過ぎ、大学、大学院で本格的にプラスチックについて学び、研究することになりました。そして、大学院博士課程での研究テーマが、新しいフッ素系ポリマーの開発でした。前述のテフロンは、フッ素系ポリマーの代表例で最もよく使われているものです。
私の目標の一つは、フッ素の使用量を削減しながら、テフロン以上の撥水・撥油性(水や油を寄せ付けない)、防汚性(汚れが付かない)を示す新規素材を作り出すことでした。結果として、テフロンほどの高い耐久性はありませんが、少量のフッ素で優れた撥水・撥油性、防汚性を示すポリマーの合成に成功しました。
この研究で培った経験をもとに、その後、生分解性プラスチックに5%程度のフッ素をうまく導入し、95%の生分解性を保ちつつ、優れた撥水・撥油性、防汚性を示す素材の開発に成功しました。さらに、クリーンな光反応を利用してポリマーの分子運動性を制御することを考え、生分解性と耐熱性という相反する性質を同時に満たす、新しい素材の開発に取り組んでいます。
(初出:広報誌『法政』2020年11・12月号)
- 生命科学部環境応用化学科 杉山 賢次
Sugiyama Kenji
1996年、東京工業大学大学院理工学研究科有機・高分子物質専攻・博士課程修了、博士(工学)。同専攻にて助手、助教。フランスのボルドー大学博士研究員。2010年、本学に着任、2012年より現職。専門は、高分子合成化学。共著書に『高分子の合成(上)』(講談社)、『分子から材料までどんどんつながる高分子』(丸善出版)、『生分解、バイオマスプラスチックの開発と応用』(技術情報協会)。
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