人間にとってより良い空間をつくる建築構造
~今後の構造設計者のあり方を考える「建築構造計画研究室」~
デザイン工学部建築学科 浜田 英明(はまだ ひであき) 専任講師
豊島美術館
建築家・西沢立衛の設計で、内部にはアーティスト・内藤礼による「母型」と題した、建物と自然が一体となった作品が展示されている(写真:鈴木研一)
バランスのとれた建築に欠かせない構造の分野
60年を超える歴史の中で、多くの著名建築家を擁してきた法政大学の建築学科。2007年からは、工学と美学を融合させた「ホリスティックデザイン(総合デザイン)」の教育・研究を目指すデザイン工学部の1学科として生まれ変わりました。工学をベースに、芸術、歴史、文化、思想、社会、経済をも包括する美系の感性と文系の知性をあわせ持った、次世代の建築家に必要とされるアーキテクトマインドを身に付けることを目指しています。
この新しい感覚の建築学科で建築構造の教育・研究を行っているのが、浜田英明専任講師です。建築学というと多くの人は計画・意匠をイメージすると思いますが、ほかに構造、構法、環境・設備、歴史などの分野があります。中でも「構造」は、人々に「安全と安心」を与えることはもちろん、デザイン性や経済性などとのバランスのとれた、より良い空間づくりに欠かせません。
「以前の構造設計者というものは、建築家の下で建物に働く荷重や力の流れを計算し、それが安全な建物かどうかを検証するだけの『計算家』といった感じでした。それが、法政の川口衞先生(※1)や佐々木睦朗先生(※2)などが活躍されてきたおかげで、今では建築家と協働しながら、新しい形態や空間を持つ建物を総合的に創り出すデザインエンジニアとしての地位も確立されてきました」と浜田講師。
「コンピュータの発展によって、これまで実現困難と考えられてきた複雑・不定形な構造物も実現できるほど、現在は解析・施工技術が成熟した時代を迎えています。このような何でもできてしまう時代だからこそ、ただの『計算家』として、力学的に根拠のない不合理な形態をそのまま力わざで解決するのではなく、全体的・総合的な設計ができるような思想や哲学を持つ構造設計者が必要だと思います」
浜田講師の「建築構造計画研究室」では、「今後の構造設計者のあり方を考える」をテーマに、「構造史」「構造設計法」「構造形態創生」「新構造システム・材料」の4つについて教育・研究を行っています。「『建築構造計画』というのは、細かい部分や理論の研究というよりは、これまでの研究の蓄積を使って、先人たちはどういう思想で設計したのか、今後我々はどう設計していったらいいかを考えることがテーマです」
※1:川口衞名誉教授。1964年東京オリンピックの会場となった「国立代々木競技場室内水泳場」や、大阪・万国博覧会「お祭り広場大屋根」をはじめとする大型建築物の構造設計を多数手がけている。
※2:佐々木睦朗デザイン工学部建築学科教授。「金沢21世紀美術館」「ロレックス・ラーニングセンター(スイス)」などの構造設計を手がけた。
世界的に最も扁平なシェル構造を実現
これまで浜田講師が実際に手がけてきた建築物のうち、「研究テーマが端的に表れている建物」というのが、佐々木睦朗構造計画研究所にいる時に構造設計に携わった「豊島美術館」(香川県土庄町豊島・2010年開館)。「水滴」をモチーフにしたRC(鉄筋コンクリート)シェル構造の建物で、上部に2つの大きな穴が開き、自然光や外気が入ってくるというユニークな構造です。
シェルとは薄い曲面板からなる建築構造で、貝殻(=シェル)構造とも呼ばれます。
「シェルは形が重要で、少しでも形を変えると力学的な性能が変わってしまいます。だからと言って合理性だけにとらわれて形を求めても面白味がなくなります。芸術性や文化性などを大事にしながらも、どうやって構造的に実現可能な形にするか、それが構造形態創生という研究分野で、コンピュータを上手く使って、造形性と力学的合理性がバランスされた形態を探します。
豊島美術館は、もともと平面上の水滴をイメージした形ですが、コンクリート製で60×40メートルほどのシェルをつくるとなると、ライズ(曲面の高さ)が低いほど建物の重量でたわみやすくなります。そのため、ライズをできるだけ上げたいのですが、そうすると水滴に見えません。水滴としての形を保ちながら、安全で合理的かつ地震にも強いシェルを実現するため、コンピュータの力を借りて、少しずつ形を変えながら、世界的にも最も扁平なシェルの一つを実現しました」
豊島美術館の構造設計段階におけるシェルの変位(ひずみ)分布と修正による推移のコンピュータシミュレーション。
シェルのひずみが大きい箇所は色が濃くなっている。ひずみを減少させるように形状を修正していくことにより、最終的な形状が決定する。
コンピュータは優秀な部下最終決定をするのは人間
このようにコンピュータは現代建築において重要な役割を果たしますが、コンピュータがベストな形を出せばそれで決まるかというと、そうではないようです。「何をもってベストとするかが難しいところです。目的とする項目はたくさんあって、構造だけではありません。あちらを立てれば、こちらが立たないといったことはよくあります。全てがベストということは実際には起こりえません。最終的に優先順位をつけ、総合的に判断し決定を下すのは人間の役割です。豊島美術館の場合も、細かいシミュレーションはコンピュータに任せて、提案された複数のパターンから、最終的には人間の判断により、最終形状が決定されています」
浜田講師はこうした設計作業におけるコンピュータと人間の役割分担についての研究も行っています。
形状修正過程の推移
形状修正を繰り返すことで、ひずみエネルギー・最大鉛直変位が減少し、構造的に合理性をもった形態になっていく。
「役割分担としてはコンピュータには面倒な作業的行為をやってもらって、人間はもっと創造的な行為に時間を割くようにするのがベストだと思います。優秀な部下としてコンピュータがさらに何ができるのか、上司としての人間に必要な知識や哲学は何か、そういったことを探求しています。構造の勉強は、力の流れなど目には見えないものを扱っているので、最初はイメージしづらいかもしれません。でも次第に力の流れが見えてきて、しかもそれを操って実際に建物を設計できるようになると、こんなに面白いことはないと思います」と浜田講師は話していました。
- デザイン工学部建築学科 浜田 英明(はまだ ひであき)
2004 年名古屋大学工学部社会環境工学科卒業。
2011 年名古屋大学大学院博士後期課程環境学研究科都市環境学専攻修了(博士<工学>)。
2006~2013 年、株式会社佐々木睦朗構造計画研究所勤務。
2013 年4 月本学着任、現在に至る。
共著に『建築形態と力学的感性』(2013)。
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