職場に力を与える管理職を増やすために
キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 坂爪 洋美 教授
坂爪 洋美教授
部下が変わる、管理職が変わる
「部下の多様性が高まる中、管理職は部下にどのように接すればよいのか」、これが私の明らかにしたいことです。管理職の仕事の中核は、職場に任された仕事の成果を上げることであり、そのために部下を適切にマネジメントし、育成することが求められます。
ここ数年、部下の性別などの属性や働き方が急速に多様化し、職場には女性や高齢者、外国籍の人などが以前より増えてきました。また、今回のコロナ禍でリモートワークが浸透し、目の前にいない部下をマネジメントする必要が出てきました。こうした変化は、管理職の部下への接し方に変化をもたらしています。例えば、仕事と育児の両立を図る部下が力を発揮できるようにするには、働ける時間に特段の制限がない部下とは異なる、ちょっとした配慮が必要になるでしょう。同様に、目の前にいる部下には有効だった、「背中を見せる」ことで教える方法は、目の前にいない部下には通じません。つまり、管理職の仕事の中核は変わらないものの、職場の状況が変化する中で、部下への接し方は今までどおりとはいかない状況になりつつあります。
多様な部下と話し、職場をまとめる
これまでの調査から、部下の多様性が高まると、管理職には、部下一人一人と話して状況を理解し、必要に応じた配慮が求められるようになることが分かっています。多様であるということは、部下は自分と異なり、かつ部下間でも異なるということですから、直接話さないと分かりません。
ここでいう配慮とは、部下の状況を踏まえた上で、その部下がやるべきことを決め、それができる環境を整備することです。気を付けるべきは、部下にとっても職場にとっても良い結果につながる形の配慮とすることです。その部下だけが得(損)をする、職場だけが得(損)をするのは望ましくありません。
部下の多様性が高まることは、職場がバラバラになる、揉め事が増える一因にもなります。価値観の異なる部下が、自分の希望ばかりを主張し、好き勝手にやりたい放題になってしまうと、職場の成果が上がらないだけでなく、まとまりがなくなり、「自分だけが損をしている」「あの人とは合わない」といった殺伐とした雰囲気になりかねません。
つまり、管理職が部下一人一人と話すことは必要ですが、それだけでは不十分だということです。部下が多様で、それぞれ異なる存在だからこそ、管理職は部下に求めることや自分自身の考えを、職場全体に浸透させる必要が出てきます。つまり、「うちの上司が大事にしていることはこれ」「うちの上司だったらこう判断する」といったことを、管理職と部下がずれることなく理解している状況をつくり出すということです。それぞれ異なる存在であっても、目指す目標と物事の考え方の基本路線は一致していることが大事です。
管理職には、部下とのコミュニケーションにおいて、「聞く」「話す(伝える)」の双方を今まで以上にパワーアップすることが求められています。個々の部下の話を聞く重要性が高まっているだけでなく、聞いた上で、職場全体に対して、自分自身の考えを伝えるメッセージを発し、職場をまとめることも、これまで以上に重要になっているのです。「伝えるだけでなく聞いてください」というよりも、「聞いてください。それを踏まえて今まで以上に明確に、自分のメッセージを伝えてください」ということです。
また、リモートワークの進展により、管理職が部下にメッセージを文字で伝える、画面越しに伝える・聞くというスキルの重要性が高まっています。オンラインは、情報を伝えることは得意ですが、感情を伝えることが不得意です。モニター越しに共感を伝えるには、また別のスキルが必要になります。
管理職に対する視線の変化
私が、管理職を対象とした研究を続けている理由をお話しします。新聞などで「管理職の役割が重要」という言葉をよく見かけます。その言葉には、「職場のマネジメントでは管理職が重要だけれど、なかなか思うようにいかない」というニュアンスが含まれていることが少なくありません。
私が管理職に興味を持ったきっかけは、「なぜ、思うようにいかないのか」という疑問でした。研究を始めた当初は、「やるべきことが分からないから、うまくいかないのだろう」と考えていました。 つまり、管理職としてやるべきことが分かればこの問題は解決する、言い方を変えれば、うまくいかない原因は管理職にある、と考えていたのです。
管理職は多忙だといわれます。でもどこかで、「管理職なんだからそれぐらいやって当然」「何とかするのが管理職」と考えられているのではないでしょうか。私も最初はそう思っていました。ですが、研究を続けるうちに、「これは管理職だけの問題なのだろうか」と私自身の管理職に対する視線が変わっていったのです。確かに問題のある管理職もいるでしょう。ですが、管理職が求められる行動を取るには、同時に取れるだけの土台も必要なはずです。管理職としてやることが変わっていく、それもやることが増え、かつ複雑さが高まっているにもかかわらず、管理職が立つ土台が変わらないのは、それはそれでおかしいのではと考えるようになりました。
「何とかするのが管理職」、確かにそうかもしれませんが、それには限度があります。それぐらいやって当然と言うからには、それぐらいやれる土台をつくるのが会社の役割です。働き手の変化に応じて、管理職の部下に対する行動が変わるように、管理職の行動が変わるのならば、管理職の権限など彼らを取り巻く環境もまた変わるべきです。それにもかかわらず、「管理職なんだから何とかして」とそのままにしている状況が今なのではないか、そういった問題意識を持つようになりました。
管理職が魅力的な仕事であるために
働く人が皆、管理職を目指す必要はありません。それでもなお、多くの働く人にとって、管理職が「やってみたい」と思える魅力的な仕事であってほしいと考えています。昇進レースを勝ち進んでいる証しとしてでなく、人の力を引き出し、人を育て、個の力をチームの力へと組み合わせる、そういった管理職の仕事の醍醐味に引かれる人が増えることが、管理職として力を発揮する人を増やし、職場の力を高めることにつながるからです。
(初出:広報誌『法政』2021年4月号)
- キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 坂爪 洋美
Sakazume Hiromi
1967年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。民間の人材紹介会社に勤務後、同大学大学院経営管理研究科博士課程単位取得退学。博士(経営学)。日本労務学会元会長、日本労働研究雑誌編集委員、キャリアコンサルタント登録制度等に関する検討会委員。専門は産業・組織心理学。近著に『シリーズダイバーシティ経営 管理職の役割』(中央経済社、2020年、共著)、「管理職の役割の変化とその課題 ──文献レビューによる検討」(『日本労働研究雑誌』、2020年、単著)、「インターンシップでの社会人との関わりが大学生のキャリア探索に与える影響―A社のインターンシップ参加学生への事前・事後調査を通じた分析―」(『キャリアデザイン研究』、2020年、共著)など。
<教員・研究紹介>新着記事
<教員・研究紹介>
バックナンバー
全ての記事を見る▼
2020.8.11 公開
グローバル教養学部(GIS)
John MELVIN(ジョン・メルヴィン)
止まらない、観光産業の「持続不可能な」成長
The Unstoppable,Unsustainable Growth of Tourism
NEWS
- 2024.11.1 2025年4月入学希望者対象 チャレンジ法政奨学金について
- 2024.10.29 法政大学江戸東京研究センターの研究プロジェクトが2024年度 三菱財団 人文科学研究助成(大型連携研究助成)に採択されました
- 2024.10.25 プロ野球ドラフト会議で篠木健太郎選手が横浜DeNAベイスターズから2位指名、山城航太郎選手が北海道日本ハムファイターズから6位指名
- 2024.10.25 ソフトテニス部総長表敬訪問
- 2024.10.23 都市環境デザイン工学専攻の学生が学術講演会優秀講演者として表彰されました
- 2024.10.17 陸上競技部長距離駅伝チームが第36回出雲駅伝で第9位
- 2024.10.11 【DEIセンター × SASH企画】無料生理用品&自動開閉式サニタリーボックス設置を試行実施します
- 2024.10.4 法政大学植木教授の共同研究グループがボルボックス目藻類の多細胞化進化とレイノルズ数の連関を発見
- 2024.10.1 「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」に採択されました(経営学部 木村 純子 教授)
- 2024.9.27 湯澤規子教授がNHKラジオ第二 カルチャーラジオに出演されます
- 2024.9.26 法政大学が工学院大学附属中学校・高等学校との高大連携事業に関する協定締結式を行いました
- 2024.9.25 2023年度の研究・教育活動に対する受賞・表彰者の紹介(一覧)
- 2024.9.23 2024年秋季入学式を挙行しました
- 2024.9.23 2024年9月卒業・学位記交付式を挙行しました
- 2024.9.19 2024年度多摩オープンキャンパスで40周年記念ロゴマークおよび缶バッジを作成しました
- 2024.9.14 2024年秋季入学式 総長式辞
- 2024.9.14 2024年9月卒業・学位記交付式 総長告辞
- 2024.8.22 本学出身の小松原美里選手がパリオリンピック会場で北京2022大会フィギュアスケート団体銀メダル授与式に参加しました
- 2024.8.20 パリ2024オリンピックフェンシング団体種目で金銀銅メダル獲得 (男子フルーレ金 敷根崇裕選手・男子エペ銀 見延和靖選手・女子サーブル銅 福島史帆実選手・髙嶋理紗選手・尾﨑世梨選手))
- 2024.8.8 高大連携事業『人馬のウェルビーイング for 協定校』を開催しました
- 2024.8.7 法政大学関係者のパリ2024オリンピック・パラリンピック競技結果
- 2024.7.26 パリ2024 オリンピック・パラリンピック競技大会出場者壮行会(動画)
- 2024.7.24 お笑いサークル現役生と一緒に、マヂカルラブリー・村上さんにお話を聞きました(動画)
- 2024.7.16 デザイン工学研究科システムデザイン専攻 博士課程2年の清宮普美代さんと姜理惠教授が International Council for Small Business 2024でBest Paper Awardを受賞
- 2024.7.10 理工学研究科の在学生がThe 21st Biennial Conference on Electromagnetic Field ComputationでBest Student Presentation Awardsを受賞
- 2024.7.5 市ケ谷キャンパスで「パリ2024オリンピック・パラリンピック競技大会」の壮行会を開催
- 2024.7.4 法政大学島野教授の研究チームがブータンに生息する絶滅危惧種シロハラサギの人工孵化・育雛に成功
- 2024.7.4 デザイン工学研究科都市環境デザイン工学専攻・博士課程2年の山本忍さんが 土木学会 2024年 デジタルツイン・DX論文賞を受賞
- 2024.7.4 法政大学・東北大学等の共同研究グループによる成果報告 中性子、陽子それぞれ3個ずつは原子核として不安定と実験で証明
- 2024.6.27 法政大学・eMoBi・JR東日本スタートアップによる電動トゥクトゥクレンタル実証実験結果について 〜電動トゥクトゥク「Paco(パコ)」による通学の新たな移動体験の提案〜