HOSEI ONLINE「自由を生き抜く実践知」を体現する卒業生・研究者などを紹介するサイト

法政大学×読売新聞オンライン HOSEI ONLINE
  • 法政大学公式X(旧Twitter)
  • 法政大学公式Facebook
  • 法政大学公式line

広告 企画・制作 読売新聞社ビジネス局

新たな時代の統計の可能性の実現に向けた
個体データを基盤とした統計情報環境の構築へ
日本統計研究所所長 経済学部経済学科 森博美(もりひろみ) 教授

森博美教授森博美教授

海外の政府統計の最新動向の調査研究、それらの政府へのデータ提供など、わが国の政府統計の充実に貢献している法政大学日本統計研究所。その所長を務めているのが、内外の統計制度研究を中心に、「統計資料論」(データ論)の観点から質の担保された統計作成・提供システムの制度設計にも積極的に関わってきた森博美 経済学部 教授です。

「統計学というと確率や統計的データ解析を想像する方が多いかもしれませんが、『統計資料論』もしくは『統計データ論』として、統計データ(分析材料)とその構築について研究しています。偏りを持ったデータを解析しても得られた結果はどうしても実態からかけ離れてしまいます。統計用語で『母集団代表性』と言いますが、統計調査がますます困難になってきた中で、どうすれば社会の実態を反映した統計が作成でき、また利用者への結果提供の仕組みはどうあるべきかについて国内外の調査研究を行い、政府の統計担当者とともにその仕組みづくりを行っています」

統計環境の飛躍的発展の可能性を秘める位置情報

森教授が統計データの基盤と考えているのが、調査によって収集された調査票情報であり行政が保有している行政情報。2007(平成19)年の60年ぶりの統計法の抜本改正の際には法要綱案審議委員として参加。海外の先進事例などを参考に、分散型統計制度の下でどのように日本の将来課題にも対応できる最適な統計法制度を作るかという視点から行った多くの提案が新統計法の条文として取り入れられました。森教授は現在、統計と行政情報の統合利用さらには位置情報による統計情報の拡張といった研究課題に取り組んでいます。

「これまで政府統計では、空間(位置)情報は、主に行政区による地域集計として扱われてきました。人間の営みが作り出す経済圏や生活圏などは実際には行政区界を超えて広がっています。しかしこれまでの統計はそれを一律に行政区単位で結果表章してきました。会社、事業所、世帯は実際には特定の時空間の中に存在しています。世帯や会社がどういった環境(立地条件)の中に所在しているかは、実はそれらの活動パフォーマンスを少なからず規定しています。GPSの観測精度の向上もあり、位置情報は現在さまざまな分野で広く活用されています。そのような中、海外でも多くの国が位置情報の統計への活用が持つ潜在能力に注目し、その利用に向けた基盤整備に着々と取り組んでいます。災害大国でもある日本では、位置情報は行政分野でも注目され、防災や新たな住民サービスなどへの活用が広がっています。適切な運用システムを構築しプライバシー問題と両立する形で統計や行政情報が位置情報を利用できるようになれば、統計データの情報価値は飛躍的に高まると思っています」

森教授は、位置情報の統計利用面での有効性を示すために、現在は国勢調査の人口移動データを用いて移動元と移動先の間にどのような地域的関係が存在しているかを分析しています。

法政大学経済学部『経済志林』(第83巻第4号2016年3月発行)より。東京60キロ圏から23区への移動者の都区部内での居住区の選択パターンの類似度によって移動元である周辺市区町村をクラスタリングした図。鉄道沿線別に移動先の選択パターンが類似していることがわかる。人口移動に関する最近の研究の詳細は統計研のウェブサイトからも見ることができる。

統計による実証分析の基礎としての統計資料論

スイス・ベルナーオーバーランドにて

森教授の統計学との出会いは九州大学の経済学部生時代。ゼミ生として院生の授業に参加し大学院に進学、その後研究者の道へ。手がけた研究分野は業務統計、国際労働力移動、ミクロデータ、位置情報と時とともに遍歴を重ねていますが、「その原点となっているのは若い頃に従事した『統計の調査環境調査』で、その後の『遍歴』は、そこでの実体験から出発して政府統計の作成・利用の在り方を模索した軌跡である」と森教授。また「統計が大きな転換期にある現在が最も統計学の面白さを感じる」とも言います。

「調査の企画・実施に参画した九大統計学研究室による1978、79年の統計調査環境調査は、調査の困難が都市化を中心とした社会の構造変化に起因し、今後はますます深刻になるという実態を他に先駆けて明らかにした嚆矢的調査です。統計は調査員が対象世帯等を訪問し、得た回答結果を集計して作られますが、当時すでに若い世代を中心に調査を忌避(拒否)する人が増え、回答率の低下が統計関係者の間でも問題となり始めていました。その後、本来統計が反映しなければならない母集団と得られた回答結果との乖離が次第に無視できなくなります。調査環境問題がより深刻であった欧米では、調査に依存しない行政情報の統計活用などにいち早く取り組むことになります」

森教授が最初に業務統計の利用可能性の研究に取り組むようになったのはこのような事情からです。入管統計という法務省の業務統計の研究を行っていた70年代末は、日本にアジアからの外国人労働者が急増していた時期。

「入管法の改正もあり、その後はブラジルやペルーからの日系人へと移ります。研究の関心が業務統計から国際労働力移動の分析にシフトしていた1990年に本学の比較経済研究所のジャーナルに書いた論文がたまたま国際労働機構(ILO)の当時の雇用局移民部長R.Boeningさんの目に留まり、ジュネーブの本部事務局で客員研究員として研究する機会をいただきました。イギリスの出版社から出した本は、ILO滞在中の研究をまとめたものです。
業務統計研究から国際労働力移動という脇道に思わず踏み入れてしまいましたが、帰国後はミクロデータ(匿名標本データ)の利活用促進をテーマに掲げた特定領域研究に誘われ、統計の世界に復帰しました。その後10年余りこの分野での実証研究や学術目的でのミクロデータの提供システムの構築に向けた実績作りのお手伝いをしました。ここでの研究成果は、統計法改正での関係条文の整備にも生かされました。
調査環境の悪化が不可逆的に進行する中わが国でどうしたら統計データの品質が担保できるのか、そのための仕組みはどうあるべきかという実践的な課題を常に意識して研究に取り組んできました。今日では政策的含意に言及するのが論文の定型のようになっていますが、日本の現実が突き付けてくる課題と向き合い、研究成果を実際のシステム設計に具体的に反映させてはじめて研究は生きると思っています」

行政と積極的に連携を図り
日本の統計の発展に貢献する「日本統計研究所」

市ケ谷で開催している官学連携のシンポジウム。近年は年2~3回の頻度でアメリカ、イギリス、カナダ、フィンランドなどさまざまな国から政府統計機関の職員や有識者を国際ワークショップに招聘し、最先端の統計整備状況をめぐっての情報交換を行っている

現実の統計が直面する課題に向き合う森教授の姿勢は、所長を務める統計研の活動にも表されています。欧米に対して立ち遅れていると言われる日本の政府統計にとって、「世界的にも稀有な超分散型統計システムの中で統計の作成・提供面をどう最適化するかが重要」と指摘。世界の統計の動向の研究だけでなく内外の政府統計機関の実務者相互の情報交流を目的に、欧米から直接の担当者を招聘し年2~3回、統計研主催で本学市ケ谷キャンパスにてシンポジウムを開催。また研究所での研究成果については、政府統計機関に提供することで制度設計に反映してもらうとともに、地方自治体での統計セミナーや日本経団連などの民間機関での講演会その他で積極的に情報提供しています。

統計研は1943年に日本銀行内に「国家資力研究所」として設立され、1946年に財団法人化。戦後、日本の統計制度の再建に尽力した大内兵衛が本学総長を勤めていた1953年に拠点を本学構内に移し、その後1981年に本学所属の研究施設に。80年代以降の国際統計制度を中心とした研究活動が評価され、2006年にはわが国の統計界の最高栄誉とされる「大内賞」を団体組織として初めて受賞しました。

受賞を記念して開催したシンポジウム「統計における官学連携」を一つの契機に、新たに統計研を「統計分野における官学連携の学側の拠点施設」として位置づけ、国際ワークショップや自治体職員を対象にした統計セミナーを開催するなど、次世代型の統計システムの構築や統計情報の高度利用の基盤の構築に学術的な側面から貢献すべく研究活動を多角的に展開しています。

「昨年実施された国勢調査の結果でも明らかになったように、日本はすでに長期人口減少局面に突入しました。わが国では多大な公的債務を抱えた中で新たな持続可能な社会の在り方への移行が求められています。統計データと行政情報のデータ統合という世界の統計の新たな展開方向を見据え、今後ますます拡大・多様化する統計ニーズに対応できる質の保証された統計作成の仕組みの構築など山積する様々な課題に統計研でも積極的に取り組んでいきたいと思っています」

法政大学日本統計研究所ウェブサイト
http://www.hosei.ac.jp/toukei/index-j.html


日本統計研究所所長 経済学部経済学科 森博美(もりひろみ)

1948年熊本県生まれ。1970年九州大学経済学部卒業、1975年九州大学大学院経済学研究科単位取得満期退学(博士〈経済学〉)。九州大学経済学部助手、法政大学経済学部特別助手を経て1977年法政大学経済学部助教授、1984年から現職。1993年4月から2年間、国際労働機関(ILO)事務局客員研究員。 専門は「統計資料論」「統計データ論」。
著書に『統計法規と統計体系』(法政大学出版局)、Immigration Policy and Foreign Workers in Japan (MacMillan Ltd)、『講座 ミクロ統計分析〈1〉統計調査制度とミクロ統計の開示』(共著、日本評論社)など。最近の論文には、「産業別労働需給力から見た地域特性について −経済センサスと国勢調査の統合データを用いた産業別従業者率の地域比較−」(法政大学日本統計研究所『ディスカッション・ペーパー』)、「鉄道新線開業の沿線人口への影響について —平成12、22年国勢調査小地域(町丁字)データを用いた空間再集計—」(法政大学日本統計研究所『オケージョナルペーパー』)など。