調査を通じた人事管理制度と労働者意識の解明
キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 佐藤 厚 教授
佐藤 厚教授
私の専門領域は、産業社会学(特に社会調査)をベースにした人的資源管理論です。組織と労働者を対象にアンケート調査およびインタビュー調査を実施し、そこで得られた量的および質的データの分析を通じて、組織が人材をどのようにマネジメントしようとしているのか、またそこで働く労働者がどのような意識を抱きつつ仕事に従事しているのか、を明らかにするのが私の主たる研究スタイルです。
人的資源管理論とは
よく経営資源として、ヒト、モノ、カネの三つが挙げられますが、人的資源管理論はこのうちヒト=人的資源を研究対象にしています。組織とは、目標達成に向けて複数の人々が協働する装置のことですから、組織の目標実現には個人の協力が欠かせません。
企業組織の場合、目標達成に向けた労働者の有効活用が必要となります。他方で、働く人の多くが雇用労働者になった現代社会では、人は企業組織に雇用されることを通じて生計を維持しています。そこには、企業組織の目標実現には労働者が欠かせないと同時に、労働者も生活維持のために雇用先企業を必要とするという相互の依存関係が形成されます。その一方で、企業と労働者の関係は、企業側はコスト効率を追求し、労働者側は賃金の上昇を希望するといった相互対立的要素を含むものでもあります。
つまり企業と労働者とは相互に依存する側面を持ちながら、相互に対立する側面も持っているという二重の相互関係にあるわけで、この両者の調整とバランスが極めて重要な課題となります。その意味で、こうした二重の相互関係を前提に、企業と労働者の双方のニーズをいかに充足させながらマネジメントするかが、人的資源管理論の主たる研究課題となるわけです。
私の専門領域と研究スタイルは、大学院の指導教授の影響によるものです。縁あって労働関係の研究機関に就職し、大学に移ってからもほぼ同じ専門領域とスタイルで研究を行ってきましたが、その中から二つの研究成果を紹介したいと思います。一つ目は、仕事に裁量性のあるホワイトカラーの労働時間管理の研究、二つ目は、ホワイトカラーのキャリア形成の国際比較研究です。
ホワイトカラーの労働時間管理の研究
ホワイトカラーの労働時間管理において「仕事の裁量性」に焦点を当てたのは、事業場外労働や裁量労働の「みなし労働時間制」(実際に働いた時間の長さではなく、あらかじめ規定したみなし労働時間数による労働時間制度)の在り方が、当時大きな政策課題になっていたためです。いずれの労働タイプも労働法の概念ですが、1990年代の初めごろ、仕事に裁量性や不規則性があるホワイトカラー労働の増加を背景に、「9時〜5時プラス残業時間」という画一的な時間管理制度の適用がなじまない労働者への関心が高まっていました。
私は、1990年代初めに外勤・営業職や専門的・技術的職種の働き方に関心を持ち、「仕事の裁量度や専門性」というコンセプトを重視する観点から、人事担当者に人事管理の概要を聞くと同時に、営業担当者にもグループインタビュー調査と同行調査を行いました。インタビュー調査から、対象とした外勤・営業関連職種のような「労働時間、仕事の場所、仕事の内容などの点から見て不規則性が強く、業務の定型化も困難な業務」に、通常の事務員と同様に所定外労働時間数に応じた残業代支給のルールを適用すると、時間管理と働き方の実態の間に大きな隔たりが生じることが分かりました。
そこに「みなし労働時間制」を適用する余地が生じてきます。「みなし労働時間制」には事業場外労働制の他にも裁量労働制があり、時間管理の弾力化の必要性と労働者の働き過ぎを防止する健康確保措置のバランスをどう取るかを巡って、私も公益委員として参加している厚生労働省の労働政策審議会で、今も審議が行われています。
ホワイトカラーのキャリア形成の国際比較研究
二つ目のホワイトカラーのキャリア形成の国際比較調査では、日本、英国、ドイツの3国のホワイトカラーを対象に、キャリア形成のベースとなる職業教育訓練制度の仕組み、職業資格の位置付け、企業内キャリアの仕組み(採用、配置、異動、昇進など)、そして自律的キャリア意識(自分のキャリアを自分で考え、構築する意識)を枠組みにした調査を実施しました。日本の特徴に注目すると、次の4点を指摘できると思います。
第一に、教育プログラム別に見た学生割合でも、また職業教育訓練への公的コミットメント(GDPに占める積極的労働市場政策への公的支出の割合)でも、職業教育訓練の比重はドイツが最も高く、日本は最も低い結果となっています。また、職業資格がキャリアアップに役立つと考えるホワイトカラーの割合は、ドイツが最も高く、日本が最も低い。総じて一般教育の比重が大きく、職業教育訓練の比重の小さいことが日本の特徴と言えます。
第二に、内部労働市場(企業内に存在している労働市場)の指標の一つである転職者割合は、英国が最も高く、日本が低い、勤続年数は英国が最も短く、日本が最も長い。これらの結果から、スキルやキャリアの形成に際して特定企業への依存度、つまり内部労働市場への依存度が高いことを日本の特徴として指摘できます。
第三に、新卒採用に注力する、あるいは会社主導の配置・異動を行うと回答したホワイトカラーの割合は、日本が最も高い。また組織内キャリア(異動)の幅を示す複数職能経験者割合は日本が高く、昇進選抜時期は日本が最も遅いという結果となっています。日本の人事管理制度の特徴は会社主導の人材開発システムにあるとよくいわれますが、それが当てはまる結果と言えるでしょう。
第四に、ここが重要なのですが、自律的キャリア意識は英国が最も強く、日本が最も弱いと言えます。
これらの国際比較調査結果は、会社主導の要素が強く、他方で労働者主導の要素が弱いという日本の人事管理制度の特徴を示唆していると思います。
私の所属するキャリアデザイン学部の教育理念は、自律的キャリア意識を持つ人材と他者のキャリア支援を行える人材の育成です。ここで紹介した二つの研究結果は、その必要性を示すものと言えるでしょう。今後も人的資源管理論を通じたキャリア教育の進展に向けて努力していきたいと思います。
(初出:広報誌『法政』2023年3月号)
- キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 佐藤 厚
Sato Atsushi
1957年生まれ。2003年法政大学大学院博士課程修了(社会学博士)。1990年独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員、2004年同志社大学大学院総合政策科学研究科教授。2008年より法政大学キャリアデザイン学部教授。2019〜2020年度キャリアデザイン学部学部長。The University of Manchester Alliance Manchester Business School Visiting Academic(2016-2017年)。厚生労働省労働政策審議会公益委員(2021年〜)。労働政策研究会議(JIRRA)会長(2022年〜)。近著は『日本の人材育成とキャリア形成:日英独の比較』中央経済グループパブリッシング(2022年)。
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