「文学」を通じた異文化体験で社会を考察
~多彩な作品・人との関わりから自分と人間社会を探求
社会学部社会学科 金原 瑞人(かねはら みずひと) 教授
撮影:岩永憲俊
社会学的側面からとらえる「文学」とは
「地方行政の観点では福祉や教育、国際的なところに目を向ければ貧困格差や安全保障、より身近なところでは流行音楽やテレビドラマなどが挙げられるでしょうか。あらゆる事象・現象を取っ掛かりに現代社会を統合的に把握し、問題や課題を解決するために調査したり考察したりするのが社会学。文学もその取っ掛かりの一つととらえることができます」と話すのは現代の英語文学を専門とする、社会学部社会学科の金原瑞人教授。
ライトノベル作家の古橋秀之氏や秋山瑞人氏、実娘で特別参加した芥川賞作家・金原ひとみ氏など、これまで7人の作家を輩出した「創作ゼミ」を担当し、自身もこれまで400冊以上の海外文学を手掛ける人気翻訳家として知られています。
「誰でも一度くらいは文学作品を読んで、自分の世界観との違いに違和感や驚きを覚えた経験があるのではないでしょうか。異なる文化・価値観の中で生きている登場人物が、自分と違う見方、言動をする。その違いに付いていけなくて、途中で本を閉じることもあるかもしれませんが、違いを感じることが大切です。登場人物の文化的背景を自分の生き方や環境と対比してとらえ、さらにその背後の歴史・社会を見つめ直すきっかけになります。読書体験はいわば異文化体験なのです」
『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』の翻訳をしていた頃、トム・ウェイツがよく注文していたデザイン工房(アメリカ・サンフランシスコ)にて
このように文学の社会学的側面を示し、「特に国内作品は比較的親しみやすい舞台において小さな違いから異文化体験できる最適なツール」と話す金原教授ですが、「私としては敢えて海外文学に触れてほしい」と続けます。「知らない地名、日本人にはない習慣......大きな衝撃と違和感の連続かもしれませんが、読み進めていくことで、ある時ふとその世界に入り込み、登場人物に共感する気持ちが生まれることがある。その感動は、海外文学ならではだと感じています。私自身、小さい頃は読書の苦手な少年でしたが、中学生の頃、たまたま手にした海外のSFやミステリーで本が好きになり、それ以来、翻訳物に親しむようになりました。翻訳家を志したきっかけでもあります」
世界的ベストセラーから読み解く異文化
ヤングアダルトやファンタジー、伝記と幅広いジャンル400冊以上の翻訳をしながら、「今でも毎回、発見の連続」と金原教授。その中でも「未だに不思議な感覚が残っている一冊」であり、「親しみを持ちながら異文化体験ができると思います」と紹介する最近の訳書が、世界的ベストセラーである『わたしはマララ』です。
『わたしはマララ』は、パキスタン北部で過激派に銃撃されながらも女性が教育を受ける権利を訴え続け、史上最年少でノーベル平和賞の候補になった16歳の少女、マララ・ユスフザイの自伝。故郷の風景や、親戚・民族間の関係性、父・ジアウディンの教育事業などのエピソードを交えながら、父親の作った学校での生活や政治活動、銃撃された時の様子、そして事件後も変わらぬ教育への思いなどがつづられている作品です。
個性的な作品が報告発表される「創作ゼミ」
「パキスタンに関する国内資料が少なく、社会的状況やアフガニスタンとの関係などを調べるのがまず大変でした。それから、マララさんが命を懸けてまで『世界中の子どもに教育を』と訴える情熱はどこからくるのか、それが大きな疑問でした。次々に脅迫状は来るし、あちこちの学校が爆破されているのです。彼女を突き動かしているのは何か、翻訳後もたまに考えます。その一方で、自然豊かな故郷の風景はなぜか懐かしさを覚えるくらいですし、マララさんの家族に対する思いは共感でき、教育への情熱を応援したくなる。この本を読んだ後、改めて巻末に掲載した国連でのスピーチを読むと、マララさんの気持ちがより深く理解できると思います」
7人の作家を輩出した「創作ゼミ」
「翻訳は異文化の紹介、同じ感動の伝達という意味で、非常にやりがいのあることだと感じています」と、思いを語る金原教授。しかしゼミでは海外文学や翻訳とはあまり関係のない、学生の「書きたい」という気持ちを生かした「創作ゼミ」が行われています。
世界的ベストセラーも含む翻訳書は、ヤングアダルトから伝記までさまざまなジャンル400冊以上に及ぶ(写真は一部)
「ジャンルやテーマを指定したりはせず、2年生200枚、3年生250枚、4年生300枚と枚数を増やす形で自由に執筆してもらうようにしています。作品を作るということは、イコール、自分をさらけ出す作業。他のゼミ生に作品を読んでもらい、感想を言ってもらって、自分の思考傾向や価値観を客観視することができます。それ自体が未知との遭遇であり、異文化体験ですよね」と金原教授。
そして、社会学部で創作することに対し、次のように加えます。
「実は『創作ゼミ』と呼ばれるゼミで行われる内容は文学部でも社会学部でも、その他の学部でもほとんど変わりません。ただ、社会学部の創作ゼミで学ぶ最大の特徴は、多様な価値観を持つ仲間からの多角的な指摘と刺激。『本を読むのが好き』という共通点はありながらも、政治に関心を持つ人もいれば、ライトノベルやボードゲームの精通者、『神話とラヴクラフト(米国SF作家)が命』という人など、さまざまな人が集まっています。特に法政の社会学部は3つの学科、7つのコースを持つ、私学では最古の学部。学べることは少なくないと思います」
- 社会学部社会学科 金原 瑞人(かねはら みずひと)
1979年 法政大学文学部英文学科卒業
1985年 法政大学大学院人文科学研究科英文学専攻博士課程単位取得満期退学(文学修士) 、1998年より現職。2010年から2011年まで社会学部長、2012年から国際戦略機構長を務める。
『わたしはマララ』(共訳、学研パブリッシング、2013年)、『青空のむこう』(求龍堂、2002年)、『ジョン万次郎 海を渡ったサムライ魂』(集英社、2012年)など、これまでベストセラーを含む400冊以上の翻訳を手掛けている。
<教員・研究紹介>新着記事
<教員・研究紹介>
バックナンバー
全ての記事を見る▼
2020.8.11 公開
グローバル教養学部(GIS)
John MELVIN(ジョン・メルヴィン)
止まらない、観光産業の「持続不可能な」成長
The Unstoppable,Unsustainable Growth of Tourism
NEWS
- 2024.10.25 ソフトテニス部総長表敬訪問
- 2024.10.23 都市環境デザイン工学専攻の学生が学術講演会優秀講演者として表彰されました
- 2024.10.17 陸上競技部長距離駅伝チームが第36回出雲駅伝で第9位
- 2024.10.11 【DEIセンター × SASH企画】無料生理用品&自動開閉式サニタリーボックス設置を試行実施します
- 2024.10.4 法政大学植木教授の共同研究グループがボルボックス目藻類の多細胞化進化とレイノルズ数の連関を発見
- 2024.10.1 「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」に採択されました(経営学部 木村 純子 教授)
- 2024.9.27 湯澤規子教授がNHKラジオ第二 カルチャーラジオに出演されます
- 2024.9.26 法政大学が工学院大学附属中学校・高等学校との高大連携事業に関する協定締結式を行いました
- 2024.9.25 2023年度の研究・教育活動に対する受賞・表彰者の紹介(一覧)
- 2024.9.23 2024年秋季入学式を挙行しました
- 2024.9.23 2024年9月卒業・学位記交付式を挙行しました
- 2024.9.19 2024年度多摩オープンキャンパスで40周年記念ロゴマークおよび缶バッジを作成しました
- 2024.9.14 2024年秋季入学式 総長式辞
- 2024.9.14 2024年9月卒業・学位記交付式 総長告辞
- 2024.8.22 本学出身の小松原美里選手がパリオリンピック会場で北京2022大会フィギュアスケート団体銀メダル授与式に参加しました
- 2024.8.20 パリ2024オリンピックフェンシング団体種目で金銀銅メダル獲得 (男子フルーレ金 敷根崇裕選手・男子エペ銀 見延和靖選手・女子サーブル銅 福島史帆実選手・髙嶋理紗選手・尾﨑世梨選手))
- 2024.8.8 高大連携事業『人馬のウェルビーイング for 協定校』を開催しました
- 2024.8.7 法政大学関係者のパリ2024オリンピック・パラリンピック競技結果
- 2024.7.26 パリ2024 オリンピック・パラリンピック競技大会出場者壮行会(動画)
- 2024.7.24 お笑いサークル現役生と一緒に、マヂカルラブリー・村上さんにお話を聞きました(動画)
- 2024.7.16 デザイン工学研究科システムデザイン専攻 博士課程2年の清宮普美代さんと姜理惠教授が International Council for Small Business 2024でBest Paper Awardを受賞
- 2024.7.10 理工学研究科の在学生がThe 21st Biennial Conference on Electromagnetic Field ComputationでBest Student Presentation Awardsを受賞
- 2024.7.5 市ケ谷キャンパスで「パリ2024オリンピック・パラリンピック競技大会」の壮行会を開催
- 2024.7.4 法政大学島野教授の研究チームがブータンに生息する絶滅危惧種シロハラサギの人工孵化・育雛に成功
- 2024.7.4 デザイン工学研究科都市環境デザイン工学専攻・博士課程2年の山本忍さんが 土木学会 2024年 デジタルツイン・DX論文賞を受賞
- 2024.7.4 法政大学・東北大学等の共同研究グループによる成果報告 中性子、陽子それぞれ3個ずつは原子核として不安定と実験で証明
- 2024.6.27 法政大学・eMoBi・JR東日本スタートアップによる電動トゥクトゥクレンタル実証実験結果について 〜電動トゥクトゥク「Paco(パコ)」による通学の新たな移動体験の提案〜
- 2024.6.14 現代福祉学部福祉コミュニティ学科4年 石田茉央さんが所属する女子セブンズ学生日本代表チームが世界大会で優勝しました
- 2024.6.10 法政大学大学院が研究科横断型組織「地域創造インスティテュート」を2025年4月に開設 地域・政策づくりと産業創出を担う人材を育成/平日夜間・土曜日に開講
- 2024.6.4 人間環境学部・湯澤規子教授が第12回河合隼雄学芸賞決定