人生100年時代を生き抜くライフキャリア(論)
キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 田中 研之輔 教授
田中 研之輔教授
総監督としてどんな作品をプロデュースするのか
人生100年時代を迎えました。「何を大切にして、どのように生きていきますか?」 と聞かれたら、あなたは何と答えますか? この問いは、真剣に答えようとすればするほど難しく感じるはず です。その理由は、二つ考えられます。
一つは、「私自身」がどう生きていきたいのか、と自分目線で人生を考える時間や機会が少ないことです。高校までで身に付けてきた考え方は、過去の歴史的事実を覚え、現状の動向把握はできても、未来を構想することには禁欲的でした。どう生きたいかなどと主張することは、恥ずかしく感じられるようなトピックであったはずです。
もう一つは、「私」を取り巻く社会環境がどのようになっていくのか、この変化の激しい中ではそもそも予想がつかないということです。これまで生きてきた数十年の時間経過の中でも生活環境は大きく変化しています。今や誰しもが手放せなくなった携帯電話は、たった30数年前に生み出された発明品です。この先の30年後を予想したら、自動運転化した車が空を飛ぶ、そんな絵空事も現実化しそうです。
自分のことをよく考えたことないし、私たちを取り巻く社会変化についても洞察できないので、何を大切にどう生きていくかを答えることはできないわけです。でも、思い起こしてみてください。過去を変えることはできなくても、未来は創っていくことはできると信じてもいいような出来事を、一度や二度は経験しているのではないでしょうか。
「何を大切にして、生きていくのか」は、あなた自身が決めることができる。大切なのは、あなたの人生はあなた自身が手がけ、プロデュースしていく作品なのだということです。この私たちの想像を超えて進歩していく社会変化の恩恵を受けつつも、自分を見失うことなく生きていくためのバイブルとなるのが、ライフキャリア(論)という視座です。
ゼミでのグループディスカッションの様子
ライフキャリアという視座
アメリカの心理学者であるドナルド・E・スーパー博士は、生涯を通じて個人がいかなるキャリアを歩んでいくかについて、人生における複数の役割と自己実現との関係性を包括的に捉える視座として「ライフキャリア」を提起しています。
このライフキャリア的視座に基づき、家族や友人を大切にして、その状況で求められる社会的役割を全うしていくのも一つの生き方です。ただ、役割を獲得するために日々を重ねていく、と考えると、あなたの配役は決まっているけれど、何をして生き抜いていくのかという行為の躍動を捉え損ねてしまいます。
そこで私はこのライフキャリア(論)を役割の複数性で捉えるだけでなく、経験の蓄積から考える視座を検討しています。ヒントとなるのが、フランスの社会学者ピエール・ブルデューが提示した「資本の複数形態」という概念です。
資本というと真っ先に思い浮かぶのは、経済資本です。資本主義経済の中で、お金の存在感は強まっています。しかし、現実社会を見ると、経済資本では語りきれない二つの資本があるとブルデューは述べています。それが文化資本と社会関係資本です。文化資本は、専門知識、語学能力、その他、もろもろのリテラシーの総体です。大学生は、大学での学びを通して文化資本を蓄積しているわけです。
社会関係資本は、ネットワークや人脈というなじみの言葉に置き換えることができます。この文化資本と社会関係資本の蓄積によって築かれるライフキャリアの軌道は、非常に興味深い点です。スーパーが述べる役割の複数性にブルデューが述べるところの資本の蓄積と転換を掛け合わせれば、人生100年時代の生き方に照射できるのではないかと思います。100年を生き抜くライフキャリアが見定まってきたら、あとは、「今」を大切にすることです。その点と関連して、最後に大学の生かし方についても触れておきますね。
身近な関心から問いを深める
やや専門的な知見も交えましたが、学びは最高の贅沢であるということにできるだけ早い段階で気が付いてほしいと願っています。コトやモノの消費だけでは、あまりに長くなった人生をもてあそんでしまいます。学びは、じっくりと時間をかけてこれまでの限られた人生の中で経験できなかったことを吸収し、今後の人生を歩んでいく礎を築くことができるものです。
私が担当するライフキャリア論では、「学びは美味しくない」と感じてしまっている思考の毒抜きを行います。大学に入るまでの学習は、膨大な知識を詰め込むような機械的な反復作業に時間が奪われることが多く、そうした学びは苦味を伴うものです。
専門性を深めれば深めるほど、探究心は増幅し、いよいよ学びに魅せられていきます。学びとは机上の学習だけではなく、日常の生活をよくし、未来を構想していくための実学なのです。
私の授業では、ライフキャリア論は等身大の実践学問であると学生に伝えています。自分にとって最も身近な関心から、自分たちを取り巻く社会や、直接的には関係しないような社会事象について探求をしていきます。
昨年出版した『先生は教えてくれない大学のトリセツ』(ちくまプリマー新書)では、具体的な事例を交えながら、人生100年時代を生き抜くための処方箋を提示しています。ライフキャリア(論)に興味を抱いた方は、手に取ってみてください。
さあ、新学期が始まりました。大学での学びを通じて、常日頃から未来を洞察し、社会変化に翻弄されるのではなく、自らの人生を豊かに生き抜いていくためのキャリアデザインを心掛けていきましょう。
(初出:広報誌『法政』2018年度4月号)
- キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 田中 研之輔
Kennosuke Tanaka
専門は社会学、ライフキャリア論。1976年生まれ。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程単位取得退学後、日本学術振興会特別研究員(DC・PD:一橋大学、SPD:東京大学)を経て、メルボルン大学大学院政治学研究科、カリフォルニア大学バークレー校大学院社会学研究科で客員研究員を務める。著書に『ルポ 不法移民-アメリカ国境を越えた男たち』(岩波新書)、『覚醒せよ、わが身体。-トライアスリートのエスノグラフィー』(ハーベスト社)、『先生は教えてくれない大学のトリセツ』(ちくまプリマー新書)、『走らないトヨタ-ネッツ南国の組織エスノグラフィー』(法律文化社)、『都市に刻む軌跡-スケートボーダーのエスノグラフィー』(新曜社)、『丼家の経営-24時間営業の組織エスノグラフィー』(法律文化社)他多数。訳書に『ボディ&ソウル-ある社会学者のボクシング・エスノグラフィー』(新曜社)、『ストリートのコード-インナーシティの作法/暴力/まっとうな生き方』(ハーベスト社)など。
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