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生きる喜びを感じられる社会へ
〜自らと社会の在り方を考察〜
現代福祉学部福祉コミュニティ学科 石井 享子 教授

石井 享子教授石井 享子教授

私の専門分野は、ケアマネジメント論、介護福祉論、保健医療福祉システム論です。これまでも専門職教育や研究指導にはさまざまな形で関わってきましたが、ソーシャルワークに関しての具体的な実践基礎教育や研究指導は本学に就任してから始めました。国立保健医療科学院では社会福祉職全般の職員(生活保護担当者、児童相談所職員、福祉施設職員、その他)やソーシャルワーカー(SW)資格取得者の研修対応はしてきましたが、大学の基礎教育における社会福祉理論や実践知の構築はこれまでの研究や教育内容とは違った新鮮な世界で、視野が広がった気持ちがしています。

研究の始まり

私自身の研究は、がんセンターという医療現場で毎年研究することが義務付けられた環境で始まりました。乳がんを自己発見していたのに、近くのクリニックを訪ねた際に、窓口での「痛みがあるならがんじゃないかもね。普通は痛みがないから」という不用意なやりとりから受診を放置した方や、末期になるまでがんの発見や治療がなされなかった方があまりにも多い現状を知り、専門医療機関にたどり着くまでの予防活動システムの大切さを感じていました。

また、昔は多かった肺結核が時代とともに激減したのはいいのですが、エックス線技師や医師たちががん病巣の発見については訓練されていても結核病巣を見落とす事例を時々目にして、専門職の教育の在り方(疾病の流行時、非流行時のトレーニング比率、発見するプロの目の維持対策など)に、これからは施設内にとどまらず、地域社会の中で有益な予防システムの形成と機能化が必要ではないかと考えるようになりました。

そんな折に国内留学を勧められ、まだ主流にはなっていなかった地域看護や在宅医療、地域における多職種の連携、数少ない地域ケア会議に先駆的に取り組まれている地域に視察や実習に行かせていただきました。また、1年を通して総合科目という授業があり、「生と死」というテーマで哲学、社会学、心理学、医療、宗教、科学、教育その他さまざまな領域から講師が招かれました。この期間が、現在私が研究に取り組む上での礎となったことは間違いありません。

国立公衆衛生院時代に取り組んだ研究内容

その後、大学院で研究職としてのマナーや研究理論、方法論を学び、聖路加看護大学では介護者負担感に関する研究や高齢者対策をさまざまな角度から探求しました。東京医科歯科大学では高齢化時代に備えての悉皆(しっかい)調査※を江戸川区や杉並区で実施したり、個人的には全国市町村にある保健センターを対象に地域ケアシステムの評価に関する全国調査に取り組んだりしました。

その後、厚生労働省の17の附属研究機関の中では最も論文発信力があるといわれた国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)に入りました。同院は研修機関としての役割が大きく、そのおかげで全国の研修企画のサポート事業もミッションの一部であったため、全国行脚による観察が十分にでき、都道府県、市町村による温度差を肌で感じられました。

私自身は、「公衆衛生看護活動のニーズ把握に関する研究」「公衆衛生看護活動の評価に関する研究」などを主任研究者として行っていました。また、「保健事業の評価方法の開発」「卒後教育研修体系に関する研究」「都道府県レベルでの研修体系の在り方と公衆衛生院としての支援体制に関する研究報告書」などを分担して実施しました。研修生の研究指導では「在宅ケアシステムの評価方法に関する研究~個別ケアから在宅ケアシステム形成の発展過程を通して」、研究所の同僚たちとは「全国市町村における訪問指導事業の実績評価に関する研究」「災害時における保健師活動マニュアルに関する研究報告書」「ケアコーディネーション機能の構造と研修方法に関する研究」「総合窓口における保健師のアセスメント機能」その他、多くの研究成果を発信してきました。他の学部研究者や他大学の研究者とも、「都市の自律分散性から見た医療福祉サービスの利用と満足についての予測」や「都市居住高齢者の室内環境に関する実態測定調査」などのテーマで都内の状況を把握してきました。

そうした中で「自殺」の問題が大きくなり始め、当時年間3万人の自殺(自死)者の対策に取り組むために「自殺予防対策研究プロジェクト」が立ち上げられ、その事務局長を務めました。全国各地の実態、自殺の背景や要因を、海外の対策や実態情報も含めて調査し、また遺族へのケアや再発防止対策などを進めていきました。当時は、過労自殺、過労死と循環器系疾患の関連で海外にも過労死という言葉が広まり、研究者が中心となって取り組みました。現在、自殺者数は減少傾向にありますが、20年前とは異なった地域への広がりや若い年齢層に増えている傾向が気掛かりです。きちんと研究の課題が見えたら、研究を継続していくことが重要でしょう。

私が現在、「生きる喜びを大切にできる能力」を重視しているのは、この自殺予防対策の仕事と、2000年に開始された介護保険制度の準備として、「ケアマネジメントに関する国際比較研究」や「保健医療と福祉の専門職の専門機能の分析調査研究」などに関わったからこそであり、究極的にこのテーマを若い学生たちに指導していかなければならないと考えています。

「超越したWell-being」の実現

「やりたい研究」「できる研究」「しなければならない研究」があるとしたら、これまでの研究室体制では、宮仕えとして「しなければならない研究」がどの職場においても多かったように思います。でも自分なりの意味を見いだし、自らモチベーションを高めて働くことで得られるものがたくさんあり、これを若年層に教えなければならないと学内キャリア教育プログラム委員会の藤村博之先生が話しておられましたし、私自身もそう思います。

本学に来てからは、一昨年研究休暇を頂き、イタリア・ボローニャに入り、世界保健機構(WHO)主催の国際精神保健デーの事業にも参画できました。もちろん、しなければならない取り組みもしてきましたが、やりたい研究を思う存分、楽しんできました。「超越したWell-being(健康で幸福な暮らし)の実現」への一歩でした。

※悉皆調査:対象の全数を調査する方法。代表的なものに国勢調査がある。

(初出:広報誌『法政』2018年度6・7月号)


現代福祉学部福祉コミュニティ学科 石井 享子

Yukiko Ishii
研究分野はケアマネジメント論、介護福祉論、保健医療福祉システム論。ソーシャルワーク演習・指導実習指導担当。聖路加看護大学院博士前期課程修了、筑波大学院博士後期課程人間総合科学研究科単位取得。大学・大学院にて看護・介護教育・研究に従事。1995年より国立公衆衛生院保健指導室長、国立保健医療科学院福祉サービス部室長。2003年より法政大学現代福祉学部兼任講師、2008年同大学大学院人間社会研究科・現代福祉学部教授就任。所属学会は日本公衆衛生学会、日本介護福祉教育学会、米国老年学会等に所属。元介護福祉士国家試験委員、元保健師・助産師・看護師国家試験委員。