青少年の薬物乱用を防ぐために
スポーツ健康学部スポーツ健康学科 鬼頭 英明 教授
鬼頭 英明教授
覚せい剤などの大量の薬物密輸や薬物乱用で捕まった芸能人などの話題が、ニュースで途絶えることなく取り上げられています。
厚生労働省の薬物乱用対策推進会議によれば、2018年の覚せい剤や乾燥大麻、コカイン、錠剤型の合成麻薬MDMAなどの押収量はいずれも前年を上回っています。薬物事犯の検挙人員数では、特に大麻、コカイン、MDMAなどの錠剤型合成麻薬による事犯の増加が目立ちます。
日本では、こうした薬物乱用の問題が私たちの日常的な生活とは切り離された異次元の世界の話だと受け止められがちですが、青少年の薬物乱用は生涯を通じた健康の保持増進に大きな影響をもたらすことから、身近な問題として関心を持つことが求められます。
薬物乱用とその現状
薬物乱用とは「社会規範から逸脱した目的や方法で薬物を自己使用すること」とされています。違法薬物とは、覚せい剤や大麻、コカイン、MDMAなどの錠剤型合成麻薬などのことを指しますが、処方箋により受け取る向精神薬などの医薬品や一般用医薬品も、用法・用量に準じない場合には薬物乱用に相当することに留意する必要があります。
欧米諸国での青少年による薬物乱用は深刻な状況です。米国では2016~2019年の高校3年生による大麻の生涯経験率(これまでに1回でも経験したことがある人の割合)が43・7%となっています。一方、2018年に実施された日本の全国高校生調査によれば、薬物の生涯経験率は大麻0・3%、覚せい剤0・2%と低い割合にとどまっています。
日本における薬物乱用対策
日本では、1995年頃からの「青少年による薬物乱用の広がり」に対して、1998年に学校等における薬物乱用防止に関する指導の充実が図られ、「薬物乱用と健康」について、小学校の段階から高等学校まで発達段階に応じた継続的・系統的な指導が行われるようになりました。このことは、少なからず薬物乱用の増加に歯止めをかけている要因の一つと考えられます。
2018年に策定された厚生労働省の第五次薬物乱用防止五か年戦略においても、五つの目標の最初に「青少年を中心とした広報・啓発を通じた国民全体の規範意識の向上による薬物乱用未然防止」が掲げられています。同戦略では、啓発対象年齢層に応じて、薬物乱用に関する基礎知識、薬物の具体的な危険性・有害性、薬物乱用への勧誘に対する対応方法など、より理解しやすい手法を検討しながら、効果的な啓発を実施する必要がある。さらに、青少年を中心に乱用が拡大している大麻や、今後流通し得る乱用薬物について啓発を強化する必要があるとしています。
大学生による薬物乱用については、社会人として一歩を踏み出す時期でもあることから、個人の意思決定能力によってはリスクが伴う時期とも考えられます。関西の4大学が2018年に新入生を対象として実施した調査によれば、「薬物は入手可能か」との問いに対し、「手に入る」および「難しいが手に入る」という回答が合わせて56%となりました。このことは、身近に薬物があることを示すものであり、薬物に誘われたときにいかに断れるかが重要な分かれ道になるといえるでしょう。
カナダ、米国での大麻合法化の余波
2018年10月、カナダで大麻の使用が合法化されました。
カナダの日本大使館・総領事館は、日本人向けに、「日本では大麻取締法において、大麻の所持・譲受(購入を含む)等については違法とされ、処罰の対象となっている」「この規定は日本国内のみならず、海外において行われた場合であっても適用されることがある」「在留邦人や日本人旅行客は、これら日本の法律を遵守の上、日本国外であっても大麻に手を出さないように十分注意する」という注意喚起を行っています。
大学生になると、留学や夏休み、卒業旅行など海外に出かける機会が増え、海外の雰囲気にのみ込まれて薬物乱用に踏み出してしまいかねないことから、しっかりとした知識を持つことが大切です。
カナダが大麻合法化に至ったのには、大麻乱用の状況が深刻で、取り締まりの観点からその他の重大犯罪の摘発に大きく影響するなど、あまりに手に負えない状況となったという背景がありました。そこで、大麻の製造から使用までを管理下に置き、一方で若者が大麻を手に入れにくくなるよう、未成年者への大麻の販売を犯罪としたのです。米国でも、合法化している州がある一方で、救急搬送の増加などの弊害も指摘されています。
薬物乱用の危険性と対処方法
薬物乱用の問題は健康への影響にあり、薬物乱用を繰り返すことによって薬物依存に陥るとされています。薬物依存とは、薬物乱用を繰り返した結果、その薬物の使用に対する自己コントロールを失った状態を言います。
特に精神依存の場合は、その薬物の効果が切れてくると再び使いたいという渇望が湧いてきて、この渇望をコントロールできずに薬物を使ってしまう状態となり、必ず「薬物探索行動」を起こすとされています。この行動には、薬物入手を目的とする犯罪も含まれていて、日本の覚せい剤事犯による再犯率は、2018年の調査では65・9%と極めて高くなっています。
依存の問題はアルコールにも当てはまり、こちらは精神依存に加えて、身体依存も引き起こすことが知られています。
薬物乱用に至る背景としては、①薬物乱用の恐ろしさに対する認識の甘さや誤り、②ファッション感覚、やせ薬、③甘い勧誘、④他人に迷惑をかけなければ個人の自由という考え方、⑤インターネットなどによる入手、⑥海外旅行や留学の機会での薬物経験などが挙げられます。
また、薬物乱用等の行為は、「好奇心」「投げやりな気持ち」「過度のストレスなどの心理状態」「周囲の人々の影響や人間関係の中で生じる断りにくい心理」「宣伝・広告や入手のしやすさなどの社会環境」などによって助長されるといわれます。
従って、こうした状況に対して、「避ける」など適切に対処できる力を身に付けることが重要です。特に、国際化の進展とともに東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を契機として、訪日外国人がますます増加することが予想される今、薬物乱用に対する警戒心を強めておくことがとても大切です。
(初出:広報誌『法政』2020年4月号)
- スポーツ健康学部スポーツ健康学科 鬼頭 英明
Kito Hideaki
1954年7月生まれ。1983年岐阜薬科大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。 1984年岐阜薬科大学において薬学博士を取得。 同大学の助手、助教授を経て、1998年文部科学省体育局教科調査官、2001年スポーツ青少年局学校健康教育課健康教育調査官。2007年兵庫教育大学大学院教授、2016年4月より現職。専門領域は喫煙、飲酒、薬物乱用防止教育をはじめとする健康教育、学校環境衛生等の環境管理。著書(共著含む)、論文に『健康教育の理論と実践―わが国と外国の事例をもとに―』(日本学校保健会、2018)、『小学校高学年の日常生活に関わる意思決定スキル尺度の開発』(学校保健研究、2019)、『看護学生へのライフスキル教育を踏まえた薬物乱用防止教育の教育直後と3か月後の教育効果の検証』(学校保健研究、2017)、『養護教諭―毎日の執務とその工夫―』(第一法規、2019)など。
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