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法律の根本問題を、哲学的に考察
〜進化心理学の視点を取り入れ、人間の本質に迫る
文学部哲学科 内藤 淳(ないとう あつし) 准教授

内藤 淳

誰もが日常的に"哲学"している

「オープンキャンパスでも、『子どもが哲学科を志望しているのですが、将来就職で不利になりませんか』と尋ねられる保護者の方がいらっしゃいましたね。しかし哲学は実は誰もが日常的にしているのです」というのは、本学文学部哲学科で教壇に立つ、法哲学が専門の内藤淳准教授です。

「東日本大震災の後、『生とは何か、死とは何か』を意識した方は多いと思います。他にも、毎日の仕事に追われる中でふと『自分は何のために働くのか』考えるとか、好きな人ができたときに『好きって一体どういうこと?』と不思議に思うとか、自分や他人のしていることを一歩引いて考えることがありますよね。それが哲学です。誰もが日常的に、自分の存在や行動の意味を求めて哲学を実践しています。だから哲学は決して特別なことではないし、敷居も高くないのです。ただ私たちは毎日忙しいですから、そうした疑問を感じてもすぐに忘れてしまいますが、それをそのままやり過ごさずに、時間をかけて突き詰めて考えていくのが、哲学科での勉強になると思います」

内藤准教授の専門である法哲学とは、「法とは何か」「法の基にある価値とは」など法律の基礎にある問題を哲学的に考察していく学問です。法学は法の条文の解釈や適用など、現実に即した問題の研究を中心に行いますが、法哲学は条文の背景にある思想や、その社会への影響などにも着目します。その中でも内藤准教授は、進化心理学の視点を取り入れ、現代法の根本に関わる問題に取り組み、独自の理論を展開しています。

なぜ人権は正当化されるのか

「人権はなにゆえ、いかに正当化されるのか」。それを示すには、国や文化によって異なる要因ではなく、「人間に普遍的な要素」を基盤とした理論構築を目指す必要があります。では、人間に普遍的な要素とは何なのでしょうか。

「人間の心と身体には、進化の中で発達した『共通の仕組み(構造・作用)』があります。その仕組みを一つひとつ具体的に明らかにしていくのが進化心理学の作業ですが、全体としてみればその『仕組み』は『自分の遺伝子を残す上で有利になるように』、すなわち『自分が生存・繁殖する上で利益になるように』働いていると考えることができます。『利益に向けて動く』ことを人間の究極的な行動法則とみて、社会行動や社会現象もこの意味での『損得』に還元して捉えるのが私の研究のベースにある考え方です。人権も、こうした行動法則と無縁なものではありません」

このような利己的な損得の観点から、社会共同体のなかでの利益対立を調整するためにつくられたルールが「人権」であると内藤准教授は示します。

「社会共同体の中では、武力・政治力・経済力などにより支配層/被支配層の差が発生します。支配層は被支配層から搾取するとそのときは得ですが、搾取が過ぎると被支配層の死亡・離散・亡命を招いて、結果として自分たちの獲得資源が減ることになり、損になります。それを防いで、支配層の人も被支配層の人も、誰もが食料その他の資源を確保できるよう、資源獲得機会を配分した方がどの人にとってもプラスになるでしょう。各種の自由権や生存権を通じてその『配分』を実現するところに、人権保障の意義があると私は考えています」(下図参照)

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憲法の存在理由

現在の研究課題は、憲法の存在理由について。憲法は一国の法体系の最高位にあります。それに対し法律は、選挙で選ばれた国民の代表が、自分たちの意志や考えに基づいて制定しますが、それが憲法に反する内容であったら違憲無効になってしまいます。つまり、民主主義や人々の意志よりも憲法の方が優先するのです。

「なぜ憲法にはそんな力が認められているのでしょう。憲法は、そのときどきでわれわれが『自分たちのためにこれがよい』と思うルールを超えて、『固定しておいた方がいい(誰にとってもプラスとなる)ルール』として、『利己的』人間観で正当化できるのか。それが現在の研究課題です」

多角的な見方で能力を伸ばすゼミ

内藤 淳活発な意見交換が行われるゼミの様子

当たり前と思っていたことが、改めて問われると答えられない。内藤准教授の研究は、基礎的な問いを突き詰め、より普遍的なレベルでの『知』に取り組むもの。こうした研究姿勢は、担当する授業やゼミでも大いに発揮されています。

特にゼミでは毎回、さまざまな法律問題について白熱した議論が展開されています。「意見を言うときには『何を根拠に、どういう筋道で』という論理構成が求められるとともに、討論を通じて多角的な見方を提示されて1分1秒が有意義」とはゼミ生の弁。憲法改正を取り上げた回は、特に盛り上がりました。

「学生には『学問する』、つまり文献読解、疑問の抽出、意見形成、批判と反論といった学術的な作業に参加することで、その人なりの『何か』をつかみ取ってほしいと思っています。それは人間に対する深い理解であったり、コミュニケーション力やプレゼンテーション能力であったりさまざまでしょう。学問を通じて、学生一人ひとりに、将来への土台となる何かを身に付けてもらうのが、教員としての自分の役割だと思っています」と内藤准教授は語ってくれました。


文学部哲学科 内藤 淳(ないとう あつし)

文学部哲学科准教授、法哲学専攻。
大阪大学人間科学部・法学部卒業、同大学院法学研究科博士前期課程修了。
国際交流基金職員を経て、一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了。
一橋大学研究員、亜細亜大学非常勤講師を経て2013 年より現職。
著書に『自然主義の人権論』(勁草書房、07 年)、『進化倫理学入門−「利己的」なのが結局、正しい』(光文社、09 年)などがある。