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上智大学の視点
~SDGs編~

「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。

AIとSDGsが変える 英語を学ぶことの意味 AIとSDGsが変える 英語を学ぶことの意味

AIとSDGsが変える 英語を学ぶことの意味

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AIは英語学習をどう変える?

AI(人工知能)による翻訳・通訳は、定型的な表現の多い技術文書や旅行会話などについては、ほぼ実用のレベルに達したといえるでしょう。では、SFに描かれてきたように、外国語を苦労して勉強しなくても、小さな翻訳機(あるいは翻訳アプリ)さえあれば、どこでも誰とでも自由に会話できる日が早晩やってくるのかというと、最近のAIの進化の驚異的なスピードを見ていると自信は揺らぎますが、少なくとも当分はかなり難しいのではないかと思っています。

一つには、会話や議論の背景、相手との人間関係、現在の自分の心情などを踏まえた微妙なニュアンスを伝えられる最適な訳語や構文を、数ある選択肢からAIに的確に選ばせることは、まだまだ難しいからです。聞き手からすれば、機械が作り出した訳文の「行間」にはおそらく残っていないニュアンスは、話者の口調や表情などの非言語表現を加味したとしても、正しく受け取り切れないでしょう。

つまり、こうしたニュアンスの理解が大きな意味を持つような場----ビジネスや外交の交渉、学術的な議論などで英語を使おうとするのであれば、やはり従来通り、AIが到達できない高度な英語力を自ら身に着け、自ら使うしかありません。

AI翻訳に不向きなことは他にもあります。親しくなった友人あるいは恋人と、いつまでもAI通訳を介してやりとりし続けるなんてことができますか? きっとまどろっこしくなり、友情も愛情も冷めてしまうのではないでしょうか。

ですから、AI時代の英語学習では、相手の言葉を聞くそばから理解し、直ちにふさわしい返事を返す「瞬発的な」英語力を重視するべきだということになります。

語彙力・文法力・訳読力中心のこれまでの英語教育を見直し、それらを越えた部分あるいはそこからこぼれてきた部分にもっと焦点をあてようという動きはすでに指導要領の改訂などに盛り込まれ始めてはいますが、AIの進化がそれを加速させるでしょう。

SDGsは英語学習をどう変える?

少し前、英語を社内公用語にしようという企業が話題になりました。ビジネスのグローバル化は「英語化」と不可分であり、その点でわが国は遅れをとっていると、多くの日本人は考えていたと思います。

ところが、SDGsの様々な取り組みの中で浮彫になってきたのは、地球規模の環境破壊、資源枯渇、格差拡大といった、グローバル化の矛盾や弊害でした。そして、ダイバーシティ(多様性)の重視が叫ばれる中で、グローバリズムを「標準語」として支えてきた英語という言語の在り方についても、反省が迫られることになりました。

しかし一方で、全世界が一致協力してSDGsに取り組むために「共通語」は不可欠であり、現状でその地位に最も近いのが英語であることも間違いありません。そこで注目されているのが、「World Englishes」という考え方です。

ポイントは、「Englishes」と複数形になっていること。英語圏以外の人々は、ネイティブから見れば多少の発音の違いや文法の乱れがあっても、互いの意思疎通は可能なそれぞれの「English」を、有効な道具として使おうというわけです。英語という言語を多様化しつつ共有することで、グローバリズムとは切り離され、なおかつ外国人が学びやすく使いやすい、より便利なコミュニケーションのプラットフォームとなるのです。

日本人にとって、発音に対する苦手意識と、文法の細かい規則にこだわる生真面目な性格が、英語を「使いこなす」ことを妨げる大きな要因となってきましたから、「正しい」ことより「伝わる」ことを優先する「Japanese English」を堂々と話せばよくなるこの世界的な流れは歓迎すべきものでしょう。そして、日本人が国境と言葉のカベを越えてSDGsに貢献する機会も、増えていくのではないでしょうか。

求められる複言語主義的な外国語学習

言語を学ぶことには、それを使う人々の文化を学ぶという意味が含まれます。共通言語としての英語の機能優先の考え方において、この部分が故意に軽視されていることには留意する必要があります。

SDGs、そしてダイバーシティの時代を生きるこれからの世代には、様々な国の人たちと関わる機会がますます増えるでしょう。そしてそのいくつかの国については、人間関係や仕事上の必要、あるいは純粋な興味から、その文化を深く理解したいと考えるようになるかも知れません。その場合は当然、その国の言葉をしっかり学ぶべきです。

また、AI翻訳で事足りる日常会話でも、その言葉を自分の口から発することで、相手とのより親しい関係がつくれることは言うまでもありません。

そこで注目されるのが、「複言語主義」的な多言語の習得です。たとえば、まず基本的な認識共有の道具として先ほどの「Japanese English」を身に着け、仕事でよく訪れるカンボジアの言葉は文化理解を含めて深く学び、親しい友人がいるブラジルやイタリアの言葉はあいさつとちょっとした日常会話だけ覚えて通常は英語で話すようにする......といった外国語の学び方・使い方です。

上智大学ではまさにこの複言語の習得を学生に勧めており、全世界22言語の講座(留学生向けの日本語講座含む)を提供しています。実際に3、4カ国語を学び、例に挙げたような形で使いこなしている学生も珍しくありません。彼らがSDGs時代を牽引する人材に育つことを期待しています。

ところで、AIが外国語教育の「内容」だけでなく、その「方法」を大きく変えつつあることは周知のとおりです。従来の教則ソフトと違い、学習者の言葉を聞き取って適切に受け答えすることができ、学習者ごとに内容をカスタマイズすることも容易になりつつあります。学校教育でも、1クラスの生徒分のタブレットなどを用意すれば、先生が一人でも個別指導に近いことが可能となるでしょう。

こうした機能を活用して、英語以外のもう1言語に、早いうちから触れさせることも、前述の複言語主義の観点から考えてよいと思います。英語学習の内容・方法ともに見直すことで、より深くより効率的に学ぶことができるようになれば、複数言語を比較しながら学ぶことも可能になり、理解が深まり視野も広がって、多様性を尊重する姿勢も身についていくのではないでしょうか。

2022年2月1日 掲出

藤田 保 言語教育研究センター 教授

東京都生まれ。1987年上智大学外国語学部比較文化学科(現、国際教養学部)卒業。同大学院言語学専攻博士前期課程修了。高崎経済大学、立教大学等を経て、現在、上智大学言語教育研究センター教授、センター長。専門は応用言語学(バイリンガリズム)と外国語教育。NPO 小学校英語指導者認定協議会(J-SHINE)専務理事。公益財団法人 日本英語検定協会(英検)理事。文部科学省、東京都教育庁などの各種委員を歴任。

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