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読売新聞オンライン タイアップ特集
上智大学の視点
~SDGs編~

「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。

「鉄道」が持続可能性(サステナビリティ)のカギに文理協働による上智大のユニークな研究プロジェクト宮武 昌史 理工学部 機能創造理工学科 教授 「鉄道」が持続可能性(サステナビリティ)のカギに文理協働による上智大のユニークな研究プロジェクト宮武 昌史 理工学部 機能創造理工学科 教授

「鉄道」が持続可能性(サステナビリティ)のカギに文理協働による上智大のユニークな研究プロジェクト

宮武 昌史 理工学部 機能創造理工学科 教授

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開発経済や教育の観点で「鉄道」を考える

「鉄道」を主役に据え、開発途上の国や地域の貧困・教育・環境の問題を、まとめて解決する道を探る、ユニークな視点の学際的研究プロジェクトが、現在上智大学で進行しています。

さまざまな交通インフラの中で、鉄道ネットワークは大きな初期投資こそ要しますが、ひとたび稼動し始めれば、旅客・貨物含めて非常に効率的な輸送を実現し、経済発展を力強く支えます。また、自動車に比べて運転のエネルギー効率が圧倒的に高く、有害物質の排出も少ない、すなわち環境負荷がきわめて小さいことは言うまでもありません。

さらに鉄道は、貧しい庶民層にも利用しやすい安価な移動手段を安定して提供できることから、人材の流通の活性化による新たな雇用の創出、あるいは就学機会の拡大による教育の充実などにも寄与すると期待されます。つまり適切な鉄道ネットワークの構築は、SDGsの観点でいえば、その達成に複数分野で大きく貢献しうる取り組みであると考えられるのです。

では、交通の利便性にとどまらない多彩な役割を効果的に果たしうる鉄道ネットワークを、それぞれ固有の条件やニーズを持つ世界の諸地域でどのように構築すればよいのか。わが国には、鉄道に関する膨大なノウハウの蓄積がありますが、それで事足りないことは明らかです。 そこで本学は、曄道佳明(てるみち よしあき)学長をリーダーとして、機械工学、電気工学、システム工学、さらには、開発経済学や開発教育学といった諸分野の研究者を集めた、文理協働による研究プロジェクトを立ち上げたのです。

最適な鉄道ネットワークの形を数字で示す

駅を訪れて列車に乗ればその国の社会が見える、写真はポルト(ポルトガル)の "São Bento" 駅

研究プロジェクトの最終的な目的は、各国・各地域の政府や行政が、それぞれの社会の自然環境・地理・経済・文化などの条件をふまえて、その持続的な発展のための最適な鉄道ネットワークの形を選択できるよう、その判断基準となる数理モデルを、幅広い分野の条件を数値化して取り込み、作成することです。

実は本学では、以前からこのテーマの研究を小規模ながら進めていました。ただ、この研究が有効・有益な成果を挙げるためには、海外諸地域の状況・事情を、現地調査を通じて把握することが必要不可欠です。そのため、2017年に国の科学研究費助成事業による支援をいただき、規模を拡大して5カ年計画のプロジェクト「鉄道ネットワークの構築による貧困・教育・環境問題の複合的解決のための方法論の開発」を再スタートさせたのです。

ここまでの2年間は、インド、南アフリカ、ベトナム、エチオピアでの調査をはじめ、先行研究の整理・分析を含む基礎的な情報の収集、それを踏まえた理論的な研究を主に行ってきました。3年目となる2019年度以降、ターゲットを絞って必要な調査を継続しつつ、その結果を数理モデルに落としこむ作業も本格化していきます。

私がプロジェクトの中で担っているのは、まさにこの数理モデル化の部分です。電気工学から電車・鉄道、それと関連して発電システムの研究に進んだ根っからのエンジニアですから、これは得意分野ではあるのですが、今回はたとえば教育など、これまで扱ったことのない、しかも数値化しにくい領域のデータも取り込まなくてはならないので、容易ではありません。しかしだからこそ、前例のない意義の大きな仕事になるはずです。

そしてこの研究の成果は、結果的に日本や日本人にとっても有益なものになると考えています。

SDGsは日本人にとっても「自分事」

省エネ指向で各駅間に走行時間を配分する基本原理「等増分消費エネルギー則」

そもそもSDGsは、開発途上国のために定められた目標ではありません。前身である2000年策定の「ミレニアム開発目標(MDGs)」は、主として途上国にかかわる項目が多かったのですが、その15年間の取り組みを経て、人類社会そして地球のサステナビリティの問題は、先進国・途上国の区別なく世界の人々が「自分事」としてかかわらなければならない問題であると、意識が変わったのです。

実際、日本のSDGsの達成度は、全17分野中、「ジェンダー平等の実現」をはじめ5分野できわめて低い評価になっています。そこには、再生可能エネルギーの活用が不十分であることから、「気候変動への具体的対策」も含まれています。 また、いま日本の大きな課題となっている「働き方」も、SDGsに取り上げられています。私たち日本人一人ひとりが身近なところで考えるべきこと、できることはたくさんあるのです。

さて、前述の本学の研究プロジェクトは、あくまで直接的には、成果が途上国で応用されることを想定しています。でも、私はふと、東日本大震災後のある発見を思い出すのです。

あのとき、首都圏でも何日にもわたって電力の使用が制限され、鉄道もダイヤの大幅な調整を余儀なくされました。しかし、こうした異常事態に陥ったことを契機に、電車の運行本数を間引かなくても、停車駅を減らすだけで大きな省エネ効果があるという事実を数理的評価で確認したのです。これは今後同様な状況で、あるいは平常時でも、なんらかの応用が可能な知見です。

世界各地の、まるで異なる状況に合わせて、サステナビリティの観点から最適な鉄道のあり方を考えていけば、そこに日本の中だけでは決して見えなかったものもきっと見えてくるでしょうし、新しい技術やシステムの実証実験などもできるかもしれません。

そこから得られた新しい知見は、日本の鉄道システムを一歩も二歩も先に進めることができるでしょう。そして結果的に、日本の鉄道、ひいては日本のSDGsへの貢献度も一歩高まることになると、私は期待しています。

2019年4月1日 掲出

宮武 昌史(みやたけ まさふみ) 理工学部 機能創造理工学科 教授

1972年徳島県阿南市生まれ。1994年東京大学工学部電気工学科卒業。1996年同大学大学院工学系研究科電気工学専攻修士課程修了。1999年同電子情報工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。1999年東京理科大学理工学部電気工学科助手。2000年上智大学理工学部電気・電子工学科講師として着任。2014年より現職。

1995年に財団法人電気・電子情報学術振興財団 猪瀬学術奨励賞、2016年に学術論文「Maximum Power Point Tracking of Multiple Photovoltaic Arrays: A Particle Swarm Optimization Approach」にて米国電気電子学会 (IEEE) M. Barry Carlton Award、などを受賞。

電気学会では上級会員の称号のもと、産業応用部門論文委員会D4/D5主査、鉄道電力供給における蓄電装置応用調査専門委員会委員長、交通・電気鉄道技術委員会1号委員、等を歴任。国土交通省鉄道技術開発課題評価委員会委員。海外の研究者や留学生の受入に加え、自身はスペインUniversidad Pontificia Comillas 内の研究所Instituto de Investigacion Tecnologica (IIT) において Scientific Advisory Board 委員を務め、国際交流にも積極的である。

「エネルギー・人・物を運ぶ社会インフラを電気工学で最適にデザインする」をモットーに、機械・土木・情報との境界領域にも踏み込み、持続可能な乗り物、特に鉄道の未来技術の創出を目指している。具体的には、制御や最適化技術により、再生可能エネルギーの発電効率を上げたり、車両の消費エネルギーを下げたりする研究を行っている。さらに、鉄道の持つ文化的・社会的側面からの文系的アプローチにも興味を持つ。

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そもそもSDGsは、開発途上国のために定められた目標ではありません。前身である2000年策定の「ミレニアム開発目標(MDGs)」は、主として途上国にかかわる項目が多かったのですが、その15年間の取り組みを経て、人類社会そして地球のサステナビリティの問題は、先進国・途上国の区別なく世界の人々が「自分事」としてかかわらなければならない問題であると、意識が変わったのです。 実際、日本のSDGsの達成度は、全17分野中、「ジェンダー平等の実現」をはじめ5分野できわめて低い評価になっています。そこには、再生可能エネルギーの活用が不十分であることから、「気候変動への具体的対策」も含まれています。 また、いま日本の大きな課題となっている「働き方」も、SDGsに取り上げられています。私たち日本人一人ひとりが身近なところで考えるべきこと、できることはたくさんあるのです。 さて、前述の本学の研究プロジェクトは、あくまで直接的には、成果が途上国で応用されることを想定しています。でも、私はふと、東日本大震災後のある発見を思い出すのです。 あのとき、首都圏でも何日にもわたって電力の使用が制限され、鉄道もダイヤの大幅な調整を余儀なくされました。しかし、こうした異常事態に陥ったことを契機に、電車の運行本数を間引かなくても、停車駅を減らすだけで大きな省エネ効果があるという事実を数理的評価で確認したのです。これは今後同様な状況で、あるいは平常時でも、なんらかの応用が可能な知見です。 世界各地の、まるで異なる状況に合わせて、サステナビリティの観点から最適な鉄道のあり方を考えていけば、そこに日本の中だけでは決して見えなかったものもきっと見えてくるでしょうし、新しい技術やシステムの実証実験などもできるかもしれません。 そこから得られた新しい知見は、日本の鉄道システムを一歩も二歩も先に進めることができるでしょう。そして結果的に、日本の鉄道、ひいては日本のSDGsへの貢献度も一歩高まることになると、私は期待しています。 宮武 昌史(みやたけ まさふみ) 理工学部 機能創造理工学科 教授 1972年徳島県阿南市生まれ。1994年東京大学工学部電気工学科卒業。1996年同大学大学院工学系研究科電気工学専攻修士課程修了。1999年同電子情報工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。1999年東京理科大学理工学部電気工学科助手。2000年上智大学理工学部電気・電子工学科講師として着任。2014年より現職。 1995年に財団法人電気・電子情報学術振興財団 猪瀬学術奨励賞、2016年に学術論文「Maximum Power Point Tracking of Multiple Photovoltaic Arrays: A Particle Swarm Optimization Approach」にて米国電気電子学会 (IEEE) M. Barry Carlton Award、などを受賞。 電気学会では上級会員の称号のもと、産業応用部門論文委員会D4/D5主査、鉄道電力供給における蓄電装置応用調査専門委員会委員長、交通・電気鉄道技術委員会1号委員、等を歴任。国土交通省鉄道技術開発課題評価委員会委員。海外の研究者や留学生の受入に加え、自身はスペインUniversidad Pontificia Comillas 内の研究所Instituto de Investigacion Tecnologica (IIT) において Scientific Advisory Board 委員を務め、国際交流にも積極的である。 「エネルギー・人・物を運ぶ社会インフラを電気工学で最適にデザインする」をモットーに、機械・土木・情報との境界領域にも踏み込み、持続可能な乗り物、特に鉄道の未来技術の創出を目指している。具体的には、制御や最適化技術により、再生可能エネルギーの発電効率を上げたり、車両の消費エネルギーを下げたりする研究を行っている。さらに、鉄道の持つ文化的・社会的側面からの文系的アプローチにも興味を持つ。 上智大学 理工学部 機能創造理工学科はこちら -->