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読売新聞オンライン タイアップ特集
上智大学の視点
~SDGs編~

「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。

新型コロナの災いを転じて「エシカル消費」への扉を開けるか 新型コロナの災いを転じて「エシカル消費」への扉を開けるか

新型コロナの災いを転じて「エシカル消費」への扉を開けるか

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元の生活に「後戻り」してしまっていいのか?

コロナ禍のさなか、都市ロックダウンなど各国がとった強硬な対策の副産物として、世界全体の温室効果ガスの1日あたりの排出量が、最大17%も減少しました。しかし、これは多大な「我慢」を伴うものであり、ウイルスの脅威が去れば大きな揺り戻しが起きることはリーマンショックの経験が物語っています。また、気温上昇を1.5℃以内に抑える努力を追及するというパリ協定の目標のためには、今世紀半ばまでに排出量を実質ゼロにする必要があり、それにはほど遠いことも事実です。しかし、排出削減が一時的にせよ数字として目に見えたことの意義は大きいように思います。

この出来事を一過性のものではなく、大きな持続的な流れにつなげる上で、カギとなるのは「新しい生活様式」です。このコロナ禍のもとでの私たちの経験の中には、生活様式を大きく変える上で大切な気づきが含まれているのではないでしょうか。

たとえば、グローバル化が過度に進むことの「負の側面」を、私たちは痛感しました。人の動きが激しければ、感染症の広がりもコントロールできないほど速くなる一方、ひとたび海外からのモノの流れが止まれば、生命にかかわるマスクすら手に入らなくなる、ということも気づきました。輸入に頼り過ぎている食糧供給システムについても、不安に感じた方も多いのではないでしょうか。

学校での出前講座の様子

こうしたことを受けて、消費者が生産に参画し、既存のグローバルシステムを補おうとする動きがみられました。マスク不足を補うために、手作りした方も多くみられました。外出がままならぬ中、地元の農家から食料を購入する機会が増え、身近な食糧生産に安心感を得た方も少なくないのでは。自らの技能や工夫で危機に対応していく必要性を実感した方も少なからずいたと思います。

一方、自分の買い物が、コロナ不況で苦しんでいるお店を助けることにもつながるのだと実感した方もいました。何をどこから買うか、気を付けて選ぶことによって、人を助け、社会をよくすることができる。そのような手ごたえも得られたのではないでしょうか。

そしてこれらの気づきはすべて、未来を壊してしまう買い物から、未来を守るための買い物へと変化していく「エシカル消費」への入口となっていると信じています。

食の選択がもたらす影響とは

市民講座で気候危機についてお話をする様子

「エシカル消費」すなわち倫理的な消費とは、何かを買うときにできるだけ社会や環境、未来にとって有益なもの、あるいは害の少ないものを選ぶことです。それには判断基準として、目の前の商品を誰がどこでどのように作り、それがどのようにして自分の所まで運ばれてきたのかを知る必要があります。そしてそれを知ることで、私たちが何気なく手に取っていた廉価な商品が、実は必要な対策を取らない結果として安くなっているものであり、社会や環境を傷つけ、未来を壊してしまうということに気づくかもしれません。そして、自分の消費がそうした結果に加担していることに驚かれるかもしれません。

牛肉を例にとってお話しましょう。かつて超高級食材であった牛肉を、今ではハンバーガーや牛丼などファストフードとして気軽に食べられるようになっているのは、なぜでしょうか。牛たちが広い牧場でゆったりと牧草を食む、そんな牧歌的なイメージとはかけ離れた、大規模で過密な工業畜産による大量生産が、こうした低価格を実現しているといえます。

牛肉1キロにつき、飼料となる穀物が11キロ必要だとされており、そのための飼料穀物を大量生産する必要があります。そのため、輸入先においては広大な単一栽培の農場に大量の化学肥料や農薬を散布しながら栽培していますが、農薬は生態系に影響を与え、化学肥料や未処理の糞尿は海洋へと流入し、メキシコ湾など各地の海域で富栄養化と酸欠化による魚の大量死を引き起こしています。化学肥料や農薬は散布を続けると効きにくくなるため、より多く散布していくという悪循環も指摘されています。

工業畜産は「効率性」を高めるため、限られたスペースに多くの牛を入れることから、病気が発生しやすく、そのために抗生物質が投与されますが、結果として糞便には抗生物質が含まれ、耐性菌の環境影響も懸念されています。牛のゲップには、二酸化炭素(CO2)の約25倍の温室効果を持つメタンが含まれますが、一頭当たりの排出量をCO2に換算すると、平均的に走行する自動車1台分の排気ガスに相当します。世界では家畜牛が14億頭に上っており、影響は大きいです。また、乳牛一頭は約100人分の糞尿を出すとされますが、処理の過程で強力な温室効果ガスを放出し、また、コストをかけて適切に処理されなければ水質汚染も引き起こします。

さらに、飼料穀物の農場や牧草地を確保するために、たとえばアマゾンの熱帯雨林が人為的に焼かれ、急速に失われています。そこで自然と共生しながら、つつましくしかし豊かな生活を送っていた住民の生活基盤が失われるという問題も引き起こします。切り開かれた農場で生産される穀物は家畜に食べさせるためのもので、貧困の人々のお腹を満たすものではありません。

上智大学内の講義の様子

このように、富める国における食の大量消費が、知らないうちに、海外の深刻な問題を進めているという側面があります。そして、そのようにして深刻化する海外の問題が、気候危機などにより今度は自国の食に影響を与え始めている、そういう時代になっています。

一方、現実的には経済的事情など様々な考慮によって食が選ばれているでしょう。肉を一方的に悪者にすることでは、物事は決して解決しません。ただ、私たちがいずれの食品を選ぶかによって、世界にどのような影響を与えるかを知れば、考え方や行動が少しでも変わり、全体として大きな変化を起こせるのではないかという希望も持っています。環境に配慮した畜産に注力している農家がいるのも事実です。大豆肉で代替した食事を提供するレストランも増えています。 そうした方々を応援することで社会をよくする、そういう力を消費者は持っているのではないでしょうか。

キーワードはSLOC

SDGsの観点で見ると、食の選択ひとつをとっても、それが目標12の「つくる責任・つかう責任」はもちろん、同13「気候変動に具体的な対策を」、同14「海の豊かさを守ろう」、同2「飢餓をゼロに」など、多くの項目に深く関係していることがわかります。衣類もスマホもコーヒーも、大量生産の過程で同様の問題をもたらしているのです。

これに対して、その悪影響を減らすためのエシカル商品が登場しています。それらを選ぶことで社会をよくし、SDGsにも貢献できる、そのようなエシカル消費を広めるためには、どうしたらいいのでしょうか。

製品が、どこで誰によってどのようにして作られ、運ばれてきているのかを、消費者の目に明らかにすること、そしてその透明性自体を価値とすることが重要です。その上で、消費者に対して、エシカルな選択肢を提供することが求められます。

もう少し視野を広げると、「SLOC」というキーワードが見えてきます。これは「Small(小さく)」「Local(地域に根ざし)」「Open(開かれていて)」「Connected(周りとつながっている)」の頭文字です。グローバル化に過度に頼ることなく、それを補完するサブシステムとして、小規模な地域コミュニティの営みを基盤に、他地域とつながることで互いに支え合うことが鍵だと考えます。そうすれば生産と消費の距離が縮まり、生産過程が見えやすくなるため、生産者と消費者が協働して社会や環境への影響を小さくしていく道が開かれます。さらに、地域の自然資源や人的資源も生かすことによって、災害などにもしなやかに対応できる強いコミュニティが生まれるのではないでしょうか。言い換えると、かつては当たり前だった人々の暮らし方を見つめ直し、現代に合った形で、新しく蘇らせるということではないでしょうか。

CSA農場「なないろ畑」に学生を引率している際の様子。

その柱になる取り組みとして私が注目しているのがコミュニティ支援型農業(CSA:Community Supported Agriculture)、消費者である地域住民が生産者と協働して共に営む農業です。多くの手間がかかる有機農法も、住民が協働することでハードルが大きく下げられ、コミュニティ内で安全でおいしい食材が確保できることになります。そうすれば、生産者の顔も生産の過程もすべて見えるので、ラベルに頼らなくても安全で環境にやさしいと判りますよね。さらには失われた地域コミュニティが育まれることも期待されます。私はこのCSAを実践している「なないろ畑」(神奈川県大和市など)に、上智大学の学生たちを引率し、持続可能な地域社会のあり方を共に模索しています。

冒頭に述べた通り、私たちがクリアすべき目標は非常に高く、しかも与えられた時間はわずかです。コロナ禍の経験から得た貴重な気づきを、消費者が社会を変える力に変え、そして持続可能な未来のために生かしていけるか、私たちは大きな岐路に立たされています。今こそ大きな変化を起こすべき時です。

2020年8月3日 掲出

井上 直己 大学院地球環境学研究科 准教授

2001年東京大学法学部卒業。以来、環境政策の企画立案に携わり、2018年より現職。英国ケンブリッジ大学で修士号(環境政策)、英国サセックス大学で修士号(環境開発)を取得。神奈川県大和市環境審議会委員として地元市の環境行政にも参画。消費がもたらす環境影響と気候危機について、市民講座や学校への出前講座を積極的に実施。

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SOPHIA ONLINE「上智大学を知る」タイアップページ 2014年4月〜2017年3月掲載分 各界で活躍する上智大学卒業生
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