読売新聞オンライン タイアップ特集
ニュースを紐解く
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いま、世界で、日本で何が起きているのか。
政治、経済、教養、科学など話題のニュースを上智大学の教授が独自の視点で解説します。
青木 研 経済学部 経済学科 教授
シリアの長引く内戦により紛争地域に暮らす人々が危機的状況に追い込まれていることや、紛争地域を逃れて難民となる人々が大量に発生し、難民キャンプで厳しい生活を強いられていることなどが連日ニュースで報じられています。内戦そのものに注目するとそれは国家の問題ですが、戦場と化した地域で暮らす人々あるいは難民となって暮らす人々に目を向けるとそれは人間の生存・生活・尊厳に対する脅威であり「人間の安全保障」の問題になります。
昨年はまた、EU諸国において、中東などの紛争地域からの難民受け入れに反対する動きが広がったことが、やはり大きなニュースとなりましたが、こうした問題を考える際にも、この「人間の安全保障」という言葉はキーワードとなります。従来、人々の安全は、「国家の安全保障」を通して確保されるという面がありました。国家の防衛そして国内の秩序・治安を維持することによって、個々の国民の安全も保障されるというものです。ところが、内戦やテロが頻発し、国の体制の維持が国民の生命を守ることに必ずしもつながらない昨今では、個々の人々の安全を確保する上で、「国家の安全保障」だけでは十分でなく、それを補完するものとして、「人間の安全保障」が大きな意味を持つようになっています。
またこの問題は、紛争とそれによって引き起こされることにとどまるものではありません。
私の専門は医療経済学ですが、たとえば開発途上国では、平時であっても医療従事者が不足しているために、救えるはずの生命が失われる、あるいは貧困のために適切な医療サービスが受けられないといった状況があります。これは、人間の安全保障上きわめて重大な問題です。
そしてその解決のためには、一時的な保護・援助を行うだけでは事足りません。現地での人材や組織の能力を高める、長期的かつ総合的な取り組みが必要となります。
「人間の安全保障」は、かつて上智大学で教鞭をとられ、国連難民高等弁務官として活躍された緒方貞子氏(上智大学名誉教授)が、その活動を通して広く世に知らしめてきた考え方であり、「他者のために、他者とともに」を教育精神に掲げる本学にとって、きわめて重要なテーマです。これまで多くの教員が、それぞれの分野でこの問題に直接・間接に関連する研究を行ってきましたが、その蓄積も活かしつつ、大きな一歩を踏み出すことになりました。
「貧困」「環境」「医療」「難民」「平和構築」の5つを人間の安全保障上の重要な課題としてとらえ、経済学部、国際教養学部、総合人間科学部、総合グローバル学部、グローバル教育センター、国際協力人材育成センターが連携する全学的な取り組みとして、新しい研究・教育プログラムの開発および実施を進めていきます。
この取り組みにより新たに実現できることが、大きく3つあります。
一つは、5つの研究分野がそれぞれ独立にではなく、互いに連携協調しながら社会科学的な研究を通して人間の安全保障実現に取り組むことです。われわれの主な研究フィールドは、アフリカ、南アジア、東南アジアの開発途上国になりますが、こうした地域の発展のためには資本蓄積が必要です。物的資本はもちろんですが、人的資本や社会関係資本などの蓄積も必要なのです。そうは言っても、ただでさえ所得が限られているのに、全ての種類の資本を一度に蓄積することなど出来ません。優先順位、タイミングを考えながら限られた資源を使って、それぞれの資本を効果的に蓄積してゆく必要があります。この効果的な方法を考える際に、5つの分野の連携が役に立ちます。
二つ目は言うまでもなく、学際的な連携による研究内容の充実です。たとえば途上国の低所得の労働者にとって、ケガや病気はきわめて大きなリスクであり、それに対処する保険的な仕組みが有益であることは明らかです。しかし、仮に医療経済学的な観点から理想的な仕組みを設計したとしても、彼らがそれに自発的には加入しないことがしばしば問題になります。これに対し、彼らの利用を促進する方策を、行動経済学や心理学、教育学などのアプローチを駆使して探ることが可能となります。
三つ目は、これまでこの分野では十分とはいえなかった研究成果の教育プログラムへの反映、そしてキャリア形成支援との連動です。私の印象ですが、やはり上智の学生や受験生はこうした問題への関心が一般より高いように思います。彼らが最新の知見に接することを通じて、人間の安全保障について深く考え、なんらかの形でその実現に貢献する人材に育ってくれればと願っています。
今回の取り組みは、「『人間の安全保障』実現に取り組む国際的研究拠点大学としてのブランド形成」のタイトルで、文部科学省の「平成29年度私立大学研究ブランディング事業」に採択されたものです。同事業は、「大学の顔」となるような全学的な研究への取り組みに対して文部科学省が大学に対して支援を行うもので、大学にとっては、前述のような大規模な連携実現のきっかけになるというメリットが、そして学生にとっては、自分の関心や将来設計に沿った大学選びの手がかりが与えられるというメリットがあります。上智大学では前年度にも同事業に採択されており(持続可能な地域社会の発展を目指した「河川域」をモデルとした学融合型国際共同研究)、大学としての研究力が高く評価された証拠であると考えています。
まずは取り組みの本格的な始動となるキックオフ・イベントとして、「社会科学研究を通した人間の安全保障実現に向けて」と題するシンポジウムを開催します(2018年6月を予定)。ここでは、貧困(開発)と医療にテーマを絞り、海外の研究者の登壇も得て、人間の安全保障を実現する援助・支援を効率的かつ効果的に実施するためには、裏付けとなる社会科学的研究が必要であることを訴え、本取り組みの意義を強く打ち出す予定です。
本取り組みが、学内だけでなく海外の多くの大学・研究機関との連携を前提としていることは言うまでもありません。本事業による研究期間は5年ですが、それ以降もさらにプロジェクトを充実発展させ、人間の安全保障に関する国際的研究拠点を本学に構築したいと考えています。それにより、この世界共通の重大な問題の解決に大きく貢献すると同時に、上智大学の国際的なブランド力も高めていきます。
2018年4月2日 掲出
1965年福島県福島市生まれ。山形大学人文学部経済学科卒業。上智大学大学院博士後期課程満期退学。東京都立大学助手、Asia Pacific Research Center at Stanford University、医療科学研究所客員研究員などを経て、1999年に上智大学経済学部講師に着任。2010年より現職。2017年4月から経済学部長を務める。
専門は、医療経済学、産業組織論、ミクロ経済学。医療サービス市場の産業組織について研究している。
近年の著作・論文に、「都市規模の決定に関するフィールド実験」(共著)(『住宅土地経済』, 2013)、“A Note on the Distinction between Two Market Conditions in Japanese Health Care Market: Excess Demand vs SID,” (Sophia Economic Review, 2013)、「マーケットのデザイン」(『どうなる私たちの資本主義』(上智大学出版会)所収, 2011)など。また、『医療と社会』の編集幹事を務める。
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