読売新聞オンライン タイアップ特集
上智大学の視点
~SDGs編~
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上智大学の視点
~SDGs編~
「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。
小山 英之 神学部神学科 教授
10,493人 -- 昨年日本に難民申請をした人の数です。申請者の中には、日本で就労機会を得ようと難民を装う者も含まれていることは事実ですが、それを除いても1年間に数百から数千人もの難民たちが、この国に安住の地を求めて辿り着いたのです。しかし、そのうち難民と認定されたのはわずか42人、人道的配慮で在留を認められた人を加えても82人でした。この数字を見て、あなたはどう感じますか?
SDGsには、戦争・紛争の解決や防止に関する記述はありませんが、多くの項目が平和の実現に深く関わっていると考えられます。これは、取り上げられている貧困・差別などの問題が、戦争・紛争の原因になりうるというだけではなく、それらが存在している状態自体が、そもそも「平和」とは言えないからです。
ノルウェーの平和学者、ヨハン・ガルトゥング氏は、平和を「暴力がない状態」と捉えた上で、その「暴力」を、ある人が実現するはずのものと実現したもの、達成されるべき状態と現実との違いを生む人為的な原因と、きわめて広く定義しました。例えば、適切な教育を受ける機会を与えられず、本来伸ばせたはずの能力に見合う収入が得られないような場合、そこには「暴力」が存在する、つまりすでに平和が損なわれた状態であると考えるわけです。そして彼は、戦争・殺人のように加害者がはっきりしている暴力を「直接的暴力」、社会システムに基づく加害者を特定できない暴力を「構造的暴力」と呼びました。
私が上智で教えている平和学は、このガルトゥングの考え方を理論的な基礎とし、構造的暴力を含むあらゆる暴力がない状態(積極的平和)を実現する方法を、政治学・国際関係論・社会学・哲学・宗教学・地域研究などを総動員した学際的なアプローチで追求しています。
こうした平和学の観点から見たとき、私たち日本人は十分に平和に貢献していると胸をはれるのか......冒頭に触れた難民の問題で考えてみましょう。
SDGsで「難民」という言葉は使われていないのですが、ゴール10の「国内および国家間の不平等を是正する」、ゴール11の「都市と人間の居住地を包摂的、安全、レジリエントかつ持続可能にする」、ゴール16の「持続可能な開発に向けて平和でインクルージブな社会を促進し、すべての人に司法へのアクセスを提供するとともに、あらゆるレベルにおいて効果的で責任あるインクルーシブな制度を構築する」などをはじめ、いくつかの目標が難民問題に大きく関わっています。平和学的には、難民を生み出す社会だけでなく、難民を受け入れる側の社会のありようも重要なテーマになります。
日本は2010年以降「第三国定住」制度を導入し、年間30人の定住枠で難民を受け入れ、来年度からは60人枠になる予定です。これは前進であるとしても、問題は自ら日本にたどり着いた難民たちの支援です。求められるのは日本の社会の変容です。
わが国の難民受け入れの状況をあらためて難民認定率(審査件数に対する認定件数の割合)で見てみると、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の2017年の資料では、たとえばカナダ59%、ドイツ25.7%、米国40.8%などに対して、日本は0.2%と、圧倒的に低いことがわかります。正式な残留許可が得られなかった難民の多くは「仮放免」という形で日本社会で暮らすことになりますが、公的な権利を一切与えられないためまともな仕事に就けず、健康保険にも加入できず、非常に貧しく窮屈な生活を強いられています。
世界的にも批判を受けているこうした日本の対応については、現代の状況に合わない部分も多い「難民条約」をいまだに厳格に適用しようとし過ぎていること、条件となる「迫害可能性」などのきわめて困難な立証を、難民本人に担わせていることなど、制度上のさまざまな問題点を指摘することができます。トルコ国籍のクルド人など少数民族の難民(これまで認定実績が1件もない)については、彼らの母国との外交関係に配慮するという政治的な判断も働いているようです。中国のウィグル難民も決して難民として認められていません。
私が代表を務めている非営利活動法人なんみんフォーラムに加盟している19団体のうち幾つかの市民団体が難民にシェルターを提供していますが、国はわずかな貢献しかしていません。韓国では2013年、入管法から独立した難民法が施行され、80人収容可能な「出入国・外国人支援センター」を国が新設しました(滝澤三郎編著『世界の難民をたすける30の方法』(合同出版、2018年)、山村淳平・陳天璽著『移民がやってきた アジアの少数民族、日本での物語』(現代人文社、2019年)を参照のこと)。
根本的な原因は、困っている彼らを助けたいという人としての「心」を、日本政府が持ち合わせていないことにあると私は感じています。大切なのは人の痛みへの共感です。聖書にはスプランクニツォマイ(はらわたをつき動かされる)というギリシア語が使われています。手を差し伸べようという立場に立てば、諸外国同様、法令や規則を柔軟に解釈・運用して彼らを保護することは決して難しくないはずなのですから。
しかしそう考えると、責任を行政だけに押し付けることはできないのかもしれません。
上智大学国連Weeks October, 2018において、難民問題を扱ったシンポジウムを開催。多くの大学生や高校生が出席し、難民について共に考える場となった。(登壇者の一番右側が小山教授)
そもそも日本人の中には、欧米人以外の外国人に対して、残念ながらいまだに偏見や差別感情が根強く存在しています。とりわけ国を追われて逃げ込んでくる難民は、招かれざる「厄介者」とみなされがちです。そしてこうした国民の意識が、行政にも反映されてしまうのはいたしかたないでしょう。
加えて、メディアが報じるのは偏見を助長しかねない偽装難民のニュースばかり。前述の政府の不適切な対応もあって悲惨な立場でこの国に暮らす、本来の難民たちの実情を伝える報道は、ほぼ皆無に等しいのです。ただ、6月22日に放映されたETV特集「バリバリ一家の願い~"クルド難民"家族の12年~」は例外的だったと言えるでしょう。
上智大学では、毎年6月20日の「世界難民の日」前後に、関連するシンポジウムや秋のUNHCRとの共催による難民映画祭などのイベントを開催し、難民との交流の場(サークル)も提供しています。それらを通じて難民について知ることとなった学生たちは、この問題と真摯に向き合い、行動するようになります。おそらく多くの日本人が、同様に正しい情報を得たときには、あの大震災後に見せたような思いやりと助け合いの心を、隣人となった難民に対しても発揮するようになるのではないでしょうか。その意味では、私たち支援に携わる者の発信力不足を反省しつつ、メディアの皆さんにも積極的な情報提供を強くお願いしたいところです。
さて、最近イギリスのEU離脱に関連して、南北アイルランドを分ける国境の問題があらためて注目されています。ご存知の通りここは、カトリック教徒である先住者と、プロテスタント教徒であるスコットランド、イングランドからの入植者の間で、凄惨な抗争が繰り広げられた場所です。クリスチャンである私は、自分の信仰に照らして、宗教間でなぜこうした争いが生じるのか、疑問を感じていました。
しかし、私はこの地に神父・研究者として赴任し、現地で学ぶことによって、宗教・宗派の違いだけが紛争の原因となることはなく、実際には様々な歴史的・社会的・政治的・経済的・心理的要因の中の一つに過ぎないこと、そしてアイルランドにおいては、紛争を終息に導く上でも、ある偉大な神父(Fr. Alec Reid)を中心とした、信仰に基づく実践・努力こそが大きく貢献したことをあらためて理解したのです。Alec Reid神父の同僚で同じく和平に大きく貢献されたGerry Reynolds神父は、Alec Reid神父の働きについて次のように表現しています。「邪悪な世界の真っただ中に神のコンパションをもたらすことによって和平を達成した」と。
日本人の間には、こうした宗教と戦争・紛争の関係についても、情報不足による誤解や思い込みがあるように思います。先の難民問題同様、これについても正しい情報を発信していくことは、平和学者であると同時に宗教者であり、さらに教育者でもある私の使命だと考えています。
2019年10月1日 掲出
1957年東京都生まれ。カトリック司祭。1980年上智大学外国語学部英語学科卒業。1983年イエズス会入会。1988年上智大学大学院哲学研究科哲学専攻博士前期課程修了。1993年ロンドン大学ヒースロップカレッジ神学科卒業。2002年英国ウォーリック大学大学院博士後期課程修了。民族関係論博士(ウォーリック大学)。
2003年上智大学文学部人間学研究室講師として着任、2009年神学部神学科講師、2010年准教授、2016年より現職。専門は神学、平和学。日本平和学会、International Peace Research Association等の学会に所属。特定非営利活動法人なんみんフォーラム代表理事、府中刑務所英語系教誨師も務める。
著書に、『教会の社会教説 貧しい人々のための優先的選択』(教文館、2013年)、『新・平和学の現在』(共著、法律文化社、2009年)などがある。
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