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投資を通じてサステナブルな社会をつくる
――ESG投資を日本でも広めるには

引間 雅史 上智大学 特任教授

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ESG投資の新たな黎明期を迎えた日本

日本の公的年金の運用管理機関である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、資金の運用にあたって、今後「ESG投資」をさらに重視していく方針を明確に打ち出しています。公的年金基金としては世界最大、全機関投資家の中でも有数の規模を誇るGPIFのこうした姿勢とその発信が、ESGの分野では変革を遂げつつあるわが国の投資・金融の世界に、大きなプラスのインパクトを与えることを期待したいところです。

「ESG」とは、「Environment」「Social」「Governance」の頭文字。環境問題(E)、社会的問題(S)、企業統治(G)にきちんと対応しているかどうか、どれほど力を入れているかを、投資先企業を選別する際の判断基準として、従来の財務的な分析と併せて重視するのがESG投資です。

かつてのいわゆるCSR(企業の社会的責任)としての環境問題などへの取組みは、投資の観点からはむしろコストとみなされ、必ずしもプラスの評価につながりませんでした。しかし、地球社会のサステナビリティがこれほどまでに重大かつ緊急の課題となった今、その実現のために「E」と「S」の視点、そして企業自体のサステナビリティを左右する「G」の視点が、事業分野を問わず不可欠なものとして求められるようになったのです。

多くの投資家が、ESGの観点で投資先を選ぶようになり、その意思は資産運用会社を通じて、各企業にとっての健全な圧力や動機付けとなり、企業は長期投資資金の確保=自らの生き残りをかけてESGに真剣に取り組む。その結果、中長期的な企業価値が上がり、それが投資家へのリターンに反映されるという、よい循環が生まれ始めているのです。

そのため、世界ではすでに、全投資運用資産の25%あまりがESG投資に回っています。ところがわが国のESG投資の割合は近年急速に伸びているものの、企業年金や投資信託を含めた裾野の拡大はあまり進んでいません。それはなぜでしょうか。

投資には世の中を変える力がある

一つには、ESGが将来重要な財務要因に転化すること、つまり投資の将来リターンや将来リスクに効いてくることに対する疑念があると思います。既存のESGファンドの過去の運用実績は良好なものがあまり見当たらない、との声も聞きます。

これは、日本でESG要因を本格的に投資意思決定プロセスに組み込み始めてからまだ歴史が浅いので致し方ない面があります。しかし、市場参加者の多くがESG要因をあまり考慮していなかった時期の運用実績というものがどれほど参考になるでしょうか。サステナブル投資で長期の経験と実績を有する欧州のケースを見ても、日本でも資産運用におけるESG要因の統合が一般的になるにつれて、ESG評価と投資パフォーマンスの関連性はますます高まっていく可能性が高いと考えています。さらにESG要因は中長期の企業価値に効いてくるものですから、決して短期的な投資成果を期待すべきものではないことは強調しておきたいと思います。

そしてもう一つ非常に大きな要因は、日本人の投資に対する関心の低さかもしれません。

おそらく多くの日本人は、投資というのは株の売買などをやっている一部の人の金儲けの手段で、自分には関係のないものだと思っています。でも実は、預貯金や積み立てた年金が、銀行やGPIFなどを通して投資に回っている、つまり間接的にはだれもが「投資家」なのです。

そして、投資は単なる資産保全や金儲けの手段ではなく、望ましい企業や事業を育て、望ましくない企業や事業を排除したり改善を促したりすることによって、ときに世の中を大きく変える力を持ちます。かつてアパルトヘイト政策を続けていた南アフリカ共和国に対し、世界中の機関投資家が、同国および同国と取引しているすべての企業を投資先から外すという行動を起こしました。これが、マンデラ氏らによるあの歴史的変革を側面から支えたことは疑いありません。

現在、ESG投資の一つの形として、化石燃料に関係する企業から資金を引き揚げる「ダイベストメント」の動きが世界各国に広がっていますが、海外ではこれが、年金受給者などによる市民運動から始まるケースも少なくありません。

日本でも、消費者運動は起こりますよね。それと同じ感覚で、預貯金や年金として自分が間接的に「出資」したお金がどのように使われているかに関心を持ち、それがESGの観点から、より良い形で生かされるよう意思表示をする日本人が、もっと増えてほしいと思います。

ESGの意義を実践も含めて発信

日本では最近、iDeCo(個人型確定拠出年金)や積立NISAといった資産形成層向け積立金融商品の制度整備が進んできており、それは望ましい変化だと思いますが、残念ながらこういった積立型商品ラインアップにESG投資ファンドはほとんど入っておりません。もともと長期投資が前提のESG商品と長期積立制度の親和性は高いはずですし、商品ラインアップに入っていればそこから金融機関の窓口で個人顧客との間で対話が生まれます。投資と社会課題のつながりを多くの人が認識するようになることがサステナビリティ投資の浸透にとって必要なことですし、そのことが単なる投資手法の伝授ではない「投資教育の原点」だと思います。

私は上智大学で投資に関する講座を担当していますが、そこに集まる学生たちも、最初はまさに日本人の縮図です。FXや株のデイトレードなどを積極的にやっている学生たちがごくひと握りいますが、大半は自分とは縁のない特殊な世界だと思い込んでいます。しかし、前述の南アフリカ共和国の事例やESG投資の説明などを聞くにつれ、自分の投資に対する認識が誤っていたことにまず驚き、180度考え方が変わっていきます。

このように、本当にお金を生かす投資とは何かを知り、そこに導かれるような投資教育こそが大切なのだと思います。

ところで、学生たちがもう一つ驚くのは、上智大学自体が投資を行っているということです。実は上智は、国連の「責任投資原則(PRI)」にも、日本の大学で唯一署名しており、その原則の取組状況の年次評価においても最高級の「A+」の評価をいただいています。PRIは、企業や団体がESG投資を通して、サステナブルな社会の構築に貢献することを自主的に宣言する仕組みで、同じく本学が加盟している「国連グローバルコンパクト」の理念を、資産運用面で実践しようとするものです。建学の精神「他者のために、他者とともに」をあらゆる分野、あらゆる方法で具現化することを目指す上智にとって、国連PRIへの署名はごく自然な決断でした。

そして本学は、実際に自家運用および資産運用会社を通してESG投資を行うことにより、平均以上の資産運用収益を確保しており、そういった資産運用の成果の一部を学生の奨学金に充当しています。ESG投資が社会的リターンと投資リターンの両立につながることを実証していくこと、投資の「あるべき姿」を実践を通して見せていくことも、教育機関の大切な役割ではないかと考えています。

2018年10月1日 掲出

引間 雅史(ひきま まさふみ)上智大学 特任教授

1979年上智大学外国語学部英語学科卒業後、三菱銀行を経て、1985年に日興国際投資顧問(現 日興アセットマネジメント)に入社。資産運用に係る調査・運用・企画開発等の業務に従事。1997年より5年間、国際連合年金基金のアジア太平洋地域代表投資アドバイザーとして勤務。2002年日興アセットマネジメント代表取締役社長就任。2005年アライアンス・キャピタル・アセット・マネジメント(現 アライアンス・バーンスタイン)代表取締役社長就任。2009年上智大学特任教授及び学校法人上智学院財務局顧問に就任。2013年1月学校法人上智学院財務担当理事補佐、2017年2月学校法人上智学院経営企画担当理事に就任。

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