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そろそろ卒業したい
「子育ては母親の仕事」という思い込み

齋藤 慈子 総合人間科学部 心理学科 准教授

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赤ちゃんの愛着はパパにも

「男女共同参画社会」「男も育児」は子供にとっては迷惑な話――先ごろ地方での政治家による講演会で、0~2歳児の子育てを「母親に負担がいくことを前提とした」社会制度によって底上げすべきと発言したと報道され、その結果、海外メディアを含む多方面から疑問・批判の声があがりました。

男女平等のスタンスで少子化を食い止めたフランスや北欧の例や、実際に育児に積極的に参加している男性も増えていることは、皆さんもご存知かと思います。その一方で、「男は仕事、女は家庭」という母親中心の子育てを容認する声も少なくありません。

乳幼児は本当に「パパよりママが好きに決まっている」のか。残念ながら、それについての明確なデータはありませんが、「愛着」という観点で考えてみたいと思います。

子供が社会的、精神的発達を正常に行うためには、乳幼児期に少なくとも一人の養育者と親密な関係(愛着)を維持しなければならないとする「愛着理論」は、イギリスの精神医学者ボウルビィによって提唱され、現在も育児にかかわる研究や実務の基本的な考え方になっています。当初は、愛着はまず母親との間で形成されるべきものと考えられていましたが、後に、重要なのは養育者が母親であることではなく、それが信頼できる人であることであり、また一人ではなくても少数で安定した関係であれば、それぞれと必要な愛着が形成されるといった研究がなされています。

妊娠・出産・授乳はママにしかできませんから、ママが最大の愛着の対象となるケースが多くなるでしょう。でも、パパも積極的に赤ちゃんに関わるほど愛着を得られる、つまり好きになってもらえるのです。そしてもちろん、父親単身の子育て、あるいは保育士など複数者の育児へのかかわりも、それ自体が子供の発達に悪影響を及ぼすとはいえないことが、すでに明らかになっています。

「子育て=母親」の根拠はどこに?

また、そもそも人間という生き物は、母親が一人で子供を育てるようにはできていないという考え方も、進化心理学などの観点から提示されています。

哺乳類の9割は、もっぱら出産・授乳する母親が子供を育てますが、中には父親やきょうだいなどが子育てに協力する「アロマザリング(アロ=ほかの、マザリング=母親として子の世話をする)=母親以外の個体による世話行動」を行う種(霊長類ではマーモセットなど)もあります。人間もそのように進化したのではないかと考えられているのです。

根拠はいくつかあるのですが、そのひとつに、二足歩行の人間は産道が狭くなった一方で脳が発達したために、きわめて未熟な状態で赤ちゃんが生まれてくるのですが、他の動物以上に育児に手間も時間もかかるにもかかわらず、妊娠・出産の間隔はチンパンジーよりも短いという、一見理屈に合わない現象があります。人間は、父親や家族が母親を助けるアロマザリングを行うようになったから、未熟な子供を同時に複数育てることが可能になったというわけです。

もちろん、人間は本能だけの生き物ではない、母親が子育てに専念するのは日本の文化、伝統的な家族の姿だという意見もあるでしょう。でも、たとえば江戸時代に日本人の大半を占めた農民の家では、母親も日々働いて、子育てに専念などできませんでしたし、高貴な貴族や武士の家では、赤ちゃんは生まれたとたんに母親から離され乳母に育てられるのが普通でした。専業主婦が子供を育てる家族像は、実はとても歴史の浅いものなのです。

子育てについて、母親がするものという考えから、男女平等に基づく大胆な制度改革が急務だと思います。お母さんたちはもちろん、男女を問わず若い世代が強く声を上げてほしいところです。

保育士さんたちの不思議な認知

正直に告白しますが、私は以前、子供が全然かわいいと思えませんでした。こんな自分は生き物として問題があるのではないか? それも私の心理学的研究の動機にもなったのですが、自分の子供ができると同時に、よその子供もかわいいと感じるようになり、安心しました。

こうした体験もふまえて非常に関心を持っているのは、保育士さんたちの子供の「かわいさ」に対する認知のしかたです。幼児を「他人様」に預けることを問題視する意見もよく耳にしますが、保育士は決して「他人」などといえない、預かった子供に愛情を注いで世話をすることができる人たちです。しかもそこには、出産経験のない女性はもちろん、男性も含まれているのです。

前述のアロマザリングは血縁関係や生活を共にしていることが前提で、これは遺伝子継承、互恵的利他行動(後の見返りが期待できるために、その時自分が損をしても相手の利益になることをすること)の観点からその必然性が説明できるのですが、保育士さんの認知や心理は生物学的にも特殊なものかもしれないと考えています。

そのメカニズムや特徴を解明し、同様あるいは類似した心理的特性を持った人たち、いわばアロマザリングへの準備性を備えた人たちを見つけてうまくネットワークに引き入れることができれば、母親だけでなく保育士さんの負担も軽減できる柔軟な子育て支援システムの構築につながるのではないか。そんなことも、今後の私の研究テーマのひとつです。

上智大学の総合人間科学部には、この春から私が所属している心理学科をはじめ、看護学科、社会福祉学科、教育学科など、幅広い学問分野が集まっており、子育て支援の研究にも、新しい視点を取り込める環境だと考えています。将来社会に出て影響力を持って活躍し、またママやパパにもなっていく学生たちが、その研究成果を吸収して巣立ってくれることに期待したいです。

2018年8月1日 掲出

齋藤 慈子(さいとう あつこ) 総合人間科学部 心理学科 准教授

愛知県豊橋市生まれ。2000年東京大学教養学部生命・認知科学科卒業。2002年同大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程修了。2005年同大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。博士(学術)。国立精神・神経センター流動研究員、日本学術振興会PD、東京大学助教・講師、武蔵野大学講師を経て、2018年4月より現職。専門は発達心理学、進化心理学。

主な著書・論文に、『ベーシック発達心理学』(共編著、東京大学出版会、2018年)、「3~5歳児を持つ親の育児におけるソーシャルサポート−母親の視点から−」『武蔵野教育学論集』(共著、2017年)、『飼い猫のココロがわかる 猫の心理』(西東社、2010年)など、多数。

日本人間行動進化学会監事、日本心理学会評議委員、日本霊長類学会幹事(渉外)、日本動物心理学会『動物心理学研究』編集委員等を務める。

養育行動・育児動機、乳幼児顔の認知をテーマとして研究を行っている。

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