読売新聞オンライン タイアップ特集
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いま、世界で、日本で何が起きているのか。
政治、経済、教養、科学など話題のニュースを上智大学の教授が独自の視点で解説します。
狩野 晶子 上智大学短期大学部 英語科 准教授
2020年度から施行される文部科学省の新学習指導要領では、小学校5・6年生では『外国語(英語)』が「教科」として教えられることになります。評価の対象とならない「領域」としての『外国語(英語)活動』は3・4年生からと、今までより早いスタートを切ります。2018年度からは移行期間として、自治体や学校ごとに形はさまざまですが、すでに多くの小学校で取り組みが始まっています。小学校での英語教育の開始年齢が早くなり、国語や算数などのように成績がつくようになることへの期待と不安が保護者からも、学校現場からも聞こえてきます。
AI(人工知能)は日々目覚ましい進化を遂げており、いまやスマートホンでも、英語に限らず主要な外国語を、かなり正確に訳すことができます。機械翻訳が手軽にできる時代に、すべての小学生に英語を学ばせる、しかも教科化・低年齢化する必要があるのか、疑問視する声もあります。
しかしこの新しい流れには、言語のスキルを身につけさせるということだけではない、もっと大きな意義があると、私は考えています。
現在わが国では、海外からの観光客数が増加の一途をたどっており、また法改正の後押しもあって、日本で暮らす外国人も増えていくはずです。人や物の地球規模の往還がますます盛んになるこれからの時代、子どもたちは必然的に、日本語だけでは事足りない環境の中で生き抜いていかなければなりません。そんな子どもたちの将来への準備として、小さいころから、自分とは違う価値観や文化、習慣を持つ相手を尊重し、受け入れる姿勢を養うことが大切になります。幼少期から母語とは違う「音」や「発想」や「文化」に触れる機会を重ねることで、そうした違いを当たり前のものと受け止める感覚が育ち、言語や文化の多様性への寛容さが高まることは、これまでの研究によって確かめられています。機械翻訳が発達して多言語での意思の疎通がたやすくなるこれからの時代に向け、「異文化理解力」とでもいうべき資質と姿勢を育むことは、いわゆる語学のスキルを付けることよりずっと大切だといえるでしょう。
実は、間もなく小学校英語に導入される「評価」は、知識やスキルだけに焦点を当てたものではありません。知っていること、できることを「どう」使うか、それを使ってどのように他者と良い関わりをもつか、が大きなポイントになります。このことを、学校の現場で共有するだけでなく、これからは保護者の方々にもわかりやすく伝えてゆかなくてはならないだろうと思っています。
小学校の先生方の中には、ご自身の英語力に自信がなく、授業を担うことに不安を感じておられる先生方も少なくないと聞きます。でも、小学校英語の目的は語学力の向上ではないという視点にたつと、不安の大部分は杞憂に過ぎなくなるかもしれません。これについて、私ども上智大学短期大学部が行っているユニークな取り組みを紹介させていただきます。
上智大学短期大学部のある神奈川県秦野市には13の公立小学校がありますが、その3年生から6年生までを対象に、年間合計するとおよそ160コマの授業に、本学の学生たちが入って英語での指導をさせていただいています。うれしいことに、どの小学校でも子どもたちは「上智のお姉さんたち」の授業を、とても楽しみに待ってくれているようです。
私立大学が、自治体や教育委員会との連携のもとでこうした取り組みを実施している例は、全国でもあまりないと思います。この連携の背景には、本学のシスターたちの外国人移住者向け日本語教授ボランティアに始まる、長い地域貢献の歴史とその中で築かれた、住民や自治体との信頼関係があります。
各回の授業プランは本学の学生たちが、英語の内容やレベルだけではなく、児童の発達特性や興味をどう引くかなども考え、練り上げます。それを練習し、さらにリハーサルをして数名のチームで授業を実施します。「正しくうまく言える」ことより、「使ってみる」「伝え合う」体験を通して英語を使うことが楽しいと知ってもらうことが最優先であることはいうまでもありません。
例えば同い年だとわかっている子ども同士で、「How old are you?」と尋ね合わせるようなドリル的な練習は、必然性のない空虚なやりとりとなります。「それなら、子どもたちが自分の好きなアニメのキャラクターになりきって年齢を訊きあったらどうかな?」短期大学部の学生たちは、さすが、若いです。子どもたちに寄り添った、言ってみたい、聞いてみたいと思わせる「仕掛け」を上手に思いつきます。
また、教える学生たちが日本語を一切使わないことも重要なポイントです。学生同士の指示など、お互いのやりとりもすべて英語です。ゲームのルール説明も、シンプルな英語と身振り手振りと絵カードや小道具を駆使して、なんとか伝えます。全部わからなくても、なんとなくわかれば大丈夫、という安心感を子どもたちに与えて、あいまいさに耐える力を育てることが児童期の英語の学びの大きな目標だからです。
正直なところ、「上智」とはいえ短期大学部の学生たちの英語力は、それほど自慢できるものではありません。でも、子どもたちに英語を使う日本人の身近なロールモデルとして、憧れのまなざしを向けられると、彼女たちもがんばらざるを得ません。そして、そうした彼女たちの悪戦苦闘とがんばりは、かえって小学校の先生方に対して参考や勇気づけになっているようです。
この取り組みを通じて、小学校の子どもたちも先生方も、そして本学学生も多くの学びを得てきました。そして何より私自身が、いま試行錯誤の真っただ中である小学校の英語教育の中で、どのような内容、状況、レベルの授業に対して子どもたちがどのように反応するかを、実際に見て、確かめられることはとても大きな学びです。ここで得る知見は、本や一般的な研修ではなかなか得られない、生きた情報だと思います。それを小学校や教育委員会と共有したり、本学の公開講座という形で地域に還元したりすることで、活動の場をいただいていることへのお返しに少しでもなればと考えています。
移行期間に入り、小学校での『外国語(英語)』の教科化が迫る中、本学の取り組みに関心を寄せて下さる方々が増えてきたように感じます。国を挙げての初めての取り組みに、先生方は手探りで進んでおられます。私も小学校に関わり、その現状を知るほどに、現場の大変さを実感します。そんな中での先生方の熱意と、創意工夫に驚かされ、小学校英語の可能性はこれから広がるだろうと確信しています。そこで、小学校の先生方の工夫や努力を生かすためにも、保護者の方々にお伝えしておかなければと思うポイントがあります。
ひとつは、「今日、何を教わったの? 何を覚えたの?」と、子どもに「勉強」の中身を聞かないこと。「今日は楽しかった?」と問いかけて、体験したことを話させてあげてください。楽しく使ったり、伝わった成功体験を積み上げることが大事です。
そして、「英語がペラペラに」という過度の期待を、子どもにも学校にも抱かないこと。小学校英語はいわば「地ならし」であり「種まき」のステージです。目に見えて語学力が伸びることを勝手に期待してがっかりしては、せっかくの芽を摘んでしまいかねません。
ところで、短期大学部には教職課程はありません。せっかく小学校で教えても、4年制大学に編入して将来教員になる学生はごく一部です。しかし、彼女たちがこの取り組みの中で学びとるものは、「教える」スキルだけではないのです。
教室という「現場」で子どもたちが引き起こす予測不能の事態に、一瞬一瞬対応を迫られる中で、あるいは対応できなかった自分を反省する中で、彼女たちは知らず知らずのうちに、自分の中の課題発見力・課題解決力を見出し、磨きます。また、女子だけのグループでは、互いに遠慮しあって誰も自発的に動かないという状態が生まれがちですが、彼女たちはいつの間にか自分の殻を破り、自ら前に出たり、人に指示したりし始める。場があることで学生は大きく伸び、変容します。
そして彼女たちは、実習ごとの振り返りと学期末のまとめの課題として、自分の学びを言語化し、定着させます。PDCAサイクルの具現化です。こうして身につく能力は、あらゆる企業そして社会が求めていながら、実はとても養いにくいものなのだと思います。
秦野市での短期大学部のこの活動は、本学の理念に基づいたサービス・ラーニング(奉仕と学び)の意義を形にして示しているもので、地域貢献と教育効果の両面でバランスのとれた、意義の大きいものであると自負しております。地域との協働のもと、今後さらに充実させていきたいと考えています。
2019年3月1日 掲出
上智大学外国語学部英語学科卒業、上智大学大学院外国語学研究科言語学専攻博士前期課程修了。2009年に上智短期大学(現 上智大学短期大学部)助教に着任、2012年より現職。
専門は言語学、外国語教育。児童英語教育、小学校英語教育の分野での実践や研究を行っており、小学校英語指導者認定協議会(J-SHINE)理事・トレーナー検定委員、児童英語教育学会(JASTEC) 関東支部運営委員なども務めている。英語教育に関する著作のほか、文部科学省検定教科書や辞書の執筆にも関わる。
主な著書に、『小学校英語 教科化への対応と実践プラン』(共著、2017年)、『新学習指導要領の展開 外国語活動編・外国語編』(共著、2017年)、『コミュニカティブな英語教育を考える』(共著、2014年)、『ジュニアプログレッシブ英和辞典・和英辞典』(吉田研作編集主幹、1997年・1999年)、など多数。
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