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平和構築のために日本が果たしうる役割とは

東 大作 グローバル教育センター 准教授

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「イスラム国」掃討はゴールではない

イラクのアバディ首相は先ごろ、過激派組織・イスラム国(IS)が拠点としていたモスルを奪還し、イスラム国掃討作戦に勝利したと宣言しました。小規模な戦闘はその後も続いているものの、同国の内戦が大きな節目を越えたことは間違いないでしょう。しかし、これからの平和構築、復興は容易ではありません。

イラク国民の人口比は、イスラム教シーア派が約7割、同スンニ派が約2割、クルド人が約1割と言われています。フセイン独裁政権時代にはスンニ派がかなり実権を握っていたのですが、アメリカの侵攻によって同政権が崩壊し、民主的選挙が行われると、多数派であるシーア派が政権を担うようになりました。そして、新しい国づくりから排除されていると感じたスンニ派の人たちとの間で内戦に陥りました。2007年以降、アメリカ軍がスンニ派の武装勢力に給料を払い、政府に取り込む努力をしたため一時期、治安が回復しますが、11年末に米軍が完全撤退すると、シーア派政権によるスンニ派の排除が再開され、スンニ派の不満が増大。そこにイスラム国がつけ込み、スンニ派住民の多い地域を中心に、国土の3分の1あまりを占拠するに至ったわけです。

ですから、仮にイスラム国が一時的に敗退しても、スンニ派が国造りに参加する仕組みを作らないと、イラクはまた、宗派・民族対立という問題に直面すると私は見ています。私たちは、民主主義を導入しても、民族や宗教・宗派など鋭く対立し合うグループごとに政党ができる状況では、多数派と少数派が選挙によって常態化してしまい、少数派の不満が鬱積し爆発する可能性があることを、まさにこのイラクから学んだのだと思います。

最も人口比の少ないクルド人については、イラク国内のクルド自治区でこの秋、独立を問う住民投票が行なわれることになっています。中央政府や周辺国は独立に反対していますから、紛争をともなう国の分裂といった事態につながることも懸念されます。

そして、シーア派とスンニ派の対立を収めるには、一つの政党に多くの宗派が参加するような政党同士による競争で政権選択がされるようになるとか、選挙の結果とは別に少数者の代表が政権に参加できるような、民主主義を補う仕組みを取り入れることが重要だと思いますが、これまでの経験から、それをイラク人だけで、できるのか、楽観はできない状況です。

国際社会としては、このチャンスを逃さず、異なる宗派間の和解を促し、同国の持続的な平和構築をどう作っていけるのかが問われていると思います。

平和主義を貫く貢献にこそ誇りを

では、日本は世界の平和構築について、どのような貢献ができるのでしょう。

この点で記憶に新しいのは、南スーダンのPKOに派遣されていた自衛隊が、この春に撤収したニュースです。国内では「戦闘」と記した日報の隠蔽問題が注目されましたが、現地の政治情勢が不安定化し、治安が悪化していることは事実で、現時点での撤退はやむをえなかったと私は考えています。

しかしこの結果、南スーダンあるいはアフリカを見捨てた、と受け取られるのは外交的にも大きなマイナスです。折しも昨年、日本が主導する「アフリカ開発会議(TICAD)」をケニアで開催し、安倍首相がアフリカ支援へのコミットメントを各国首脳に向かって宣言したばかりです。なるべく早急に、自衛隊の撤収に代わる代替策を示す必要があると私は考えています。たとえばケニアやエチオピアなど周辺国に拠点を設け、日本が主導して、そうした周辺国とも協力し、南スーダンの行政官を招いて、国を運営する基本を学んでもらうことを長期にわたり支援することもできます。その際、対立するデインカ族やヌエル族の行政官を共に招いて一緒に学んでもらうことで、長期的な和解にもつなげていくことができると思います。こうした支援は、南スーダンにおいても、対立する双方の勢力から信頼されている日本ができる、非常に有意義な支援だと考えています。

また日本人は、軍事行動とは別の形で、平和構築に貢献していることを恥ずかしく思う必要はないと感じています。私は国連日本政府代表部の公使参事官として、世界中の外交官の人々と接する機会がありましたが、大国となりながら軍事力に依存せず、平和的な方法に徹して海外への経済的・社会的支援を続けてきたわが国の姿勢は、非常に高く評価されていることを実感しました。

イラクでも、ある程度治安が安定してから、宗派や民族に偏らない人材育成や、社会インフラの整備など、日本ならではの支援・貢献ができるはずです。ただ、平和構築が必ずしもうまくいくものではないこと、むしろ成功するミッションのほうが少ないかも知れないことも忘れてはいけないと思います。

私自身が国連政務官として平和構築に関わったアフガニスタンは、残念ながら順調とはいえない例の一つです。最大の原因は、タリバンやアフガン政府、米国、パキスタンなど当事者を話し合いのテーブルにつかせる調停役が未だに決まらず、持続的な和平交渉ができないことにあると思っています。前述のように、どの国からも信頼度が高く中立を貫ける日本は実は、適任かも知れません。ただ、こうした紛争下の調停は極めて難しく、結果的に失敗に終わることも覚悟して始める必要があり、それに対する国民の理解が必要です。

母子手帳が安全保障の道具に

さらに、少し広い視野で平和の構築や維持への貢献をとらえたとき、日本人だからこそ果たしうる役割は色々あると思います。

それは、グローバルな課題や問題について、関係する国々や国際機関、NGOなどを集め、それぞれの知見や経験を集約して、よりベターな方法を共に探していくファシリテーターとしての役割です。私はこれを、「グローバル・ファシリテーター」と呼んでいます。日本が答えを提示して、それを各国に示すというのではなく、皆が共通に抱えている国境を超える課題について、世界中のアクターの知恵や経験を活かして、解決のために役割を果たすことです。

一つ興味深い取り組みとして、日本では当たり前の「母子手帳」を、それを支える適切な医療システムとともに海外に普及・定着させようという試みがあります。子供が受けられる医療サービスの質が上がるというだけでなく、母親にとっては手帳が万一のときにパスポート、身分証明書代わりになる。「人間の安全保障」の強力なツールになりうるのです。

このとき、単に日本のシステムをその国に移転するというのではなく、国ごとの事情に合わせた最適な導入の方法を、議論を通して見つけていく、そのための調整役をわが国が果たしたとき、それは、平和への大きな貢献になるはずです。

こうしてみれば、実は私たちの一人ひとりが、さまざまな発想と方法で平和構築にかかわることができる。大学で私が接する若者たちが、私たち教員が伝える体験から何かを吸収し、それぞれが平和について何ができるか考えるようになってくれればと願っています。

2017年8月1日 掲出

東 大作 グローバル教育センター 准教授

1969年東京生まれ。1993年東北大学経済学部卒。NHK報道局ディレクター。クローズアップ現代やNHKスペシャルの企画・制作を担当。『我々はなぜ戦争をしたのか~ベトナム戦争・敵との対話』(放送文化基金賞)『イラク復興 国連の苦闘』(世界国連記者協会銀賞)などの制作に携わる。2004年退職し、カナダのブリティッシュコロンビア大学・大学院で国際関係論を専攻。2012年博士号取得。2009年12月より、カブールの国連アフガニスタン支援ミッション国連政務官(和解再統合リームリーダー)として勤務。その後、東京大学准教授、国連日本政府代表部公使参事官を経て、2016年4月より上智大学グローバル教育センター准教授に着任。主な著書に『人間の安全保障と平和構築』『平和構築~アフガン・東チモールの現場から』『犯罪被害者の声が聞こえますか』等。

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