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メディアの多様化はテレビドラマ本来の姿を取り戻すチャンス

碓井 広義 文学部 新聞学科 教授

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目をつぶってきた視聴率の矛盾

フジテレビの看板の一つである月曜夜9時のドラマ枠、いわゆる「月9」が、いまや消滅論すらささやかれるようになっています。最近の視聴率の低迷ぶりを見れば、不思議ではないのですが。

ただもちろん、ドラマの良し悪しや価値は、視聴率だけで測れるものではありません。そもそも視聴率は番組の中身の質を表すものではないからです。ある番組が放送された時間帯に、それを受像機でリアルタイムに観ていた世帯の割合を示すものです。

しかし現在は、録画視聴やネット配信の利用など、「タイムシフト視聴」は当たり前。とりわけ、各放送局独自でネット配信も増えてきているドラマの分野においては、それを様々なスタイルで観た人の総数と、発表される視聴率との開きは、かなり大きいものになっていると考えられます。

このような事態は、実は80年代から録画機器の普及とともに徐々に進んでいました。しかし、視聴者に無料で番組を届けて企業から広告収入を得るという、民放開局以来のビジネスモデルの中で、多くの人が現にその広告を目にしていることを示す視聴率は、新聞や雑誌広告に対するテレビCMの優位性を示す根拠でした。約2兆円にのぼる巨大ビジネスを支えてきたこの数字を、業界はおいそれと手放すことができなかったともいえます。

しかし、ネット社会の実現と、ソーシャル・メディアの急速な普及に伴い、若い世代を中心に、メディア全体の中におけるテレビの優先順位は確実に下がっています。そのことを番組制作者もスポンサー企業も、直視せざるをえなくなってきたというのが現状でしょう。

主演俳優に合うマンガを探せばドラマができる?

とはいえ、「月9」の視聴率の低迷は、視聴スタイルの変化だけで説明できるものではありません。そこには、作り手の“驕り”と“勘違い”による作品の質の低下があり、それが視聴者に見透かされてしまっているのです。

ドラマの良し悪しを決める最大の要素は、何といっても脚本です。まず物語があって、それを表現するのにふさわしい役者をキャスティングする、これが本来のドラマ作りであることは言うまでもありません。

「月9」ドラマも、高視聴率を誇って一世を風靡し始めたころは、たしかに面白い物語をトレンディ俳優と呼ばれる人たちが演じていました。ところが、その成功体験の中で、いつしか発想と手順が逆転してしまった。売れている俳優をキャスティングできれば、ストーリーが多少陳腐でもヒットする。

だからプロデューサーは、まず主演俳優のスケジュールを、ときには1年後、2年後までおさえ、彼・彼女に合う物語を考えればいい。そして多くの場合、それはオリジナルを生み出すのではなく原作探し、しかも主流は小説からマンガへと移っていったのです。

こうした現象は現在、各局のドラマづくりで見られます。その意味では、テレビ界全体として、ドラマ制作における企画力・創作力が落ちているのかもしれません。

一方で、視聴者の目は肥えてきている。一視聴者のSNSへの書き込みがきっかけで、作品の評判が地に堕ちることもあり得る状況になってきました。

反対に、面白い作品に対しては、ネット上の書き込みも高評価で盛り上がる。これは、視聴率だけをにらんでいた時代には得られなかった手応えとやりがいを、作り手に与えてくれることでもあります。

登場人物の履歴書が生み出すドラマの奥行きとリアリティ

作家の小林信彦さんは、「テレビの黄金時代」は60年代だとおっしゃっていますが、ことテレビドラマについては、その黄金時代は70年代から80年代前半にかけてだったと、私は思います。

それはまさに脚本家の時代でした。倉本聰、山田太一、向田邦子、鎌田敏夫といった人たちが、油の乗り切った状態で、次々と優れた作品を書いていた。映画とは異なる面白さをもつ、テレビドラマという新たなエンターテインメントを彼等が確立したといってもいいでしょう。

私は倉本さんと仕事をご一緒させていただいたことがあるのですが、倉本さんがまずやるのは、登場人物の履歴書づくりでした。どこで生まれ、どのように育ち、どんな学校でだれと出会ったといった、必ずしもドラマの中で活かされるとはかぎらない詳細な「過去」を考えていくのです。

倉本さんは、この作業が一番楽しいし、履歴書が完成したときには、そこにこれから展開されるドラマのすべてが含まれているのだと話していました。本当にその通りだと思います。

こうして練り上げられた人物の奥行きとリアリティがあるからこそ、たとえば倉本さんの代表作『北の国から』を見て、私たちは心から泣き、笑い、感動できた。そして、連ドラ終了後も単発の特別編を通して、約20年にわたり架空の人物たちと一緒に生きることができたのです。

そうした作品を今は作れないのかというと、そんなことはありません。最近でいえばTBSで放送された『カルテット』は、松たか子らが演じた登場人物たちの履歴がしっかり作り込まれていたからこそ、次第に明かされていく過去を含め、視聴者は興味津々で彼らと向き合うことができました。視聴率は9%前後でしたが、タイムシフトではもっと観られていたでしょうし、ネット上での視聴者の評価は高かったのです。

メディアの状況が大きく変化している今だからこそ、制作者は、あらためてドラマ作りの原点に立ち還る必要があります。その上で現出するドラマの未来には大いに期待したいし、期待できると考えています。これからも、もっとドラマを楽しみたいですから。

2017年4月3日 掲出

碓井 広義 文学部 新聞学科 教授

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年にわたりドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶應義塾大学助教授、東京工科大学教授などを経て2010年より現職。専門は放送を軸としたメディア文化論。著書に「テレビの教科書」ほか。毎日新聞、北海道新聞、日刊ゲンダイなどで放送時評、週刊新潮で書評の連載中。日本民間放送連盟賞「放送と公共性」審査員。オリコン「コンフィデンスアワード・ドラマ賞」審査員。

[広告]企画・制作 読売新聞社ビジネス局

SOPHIA ONLINE「上智大学を知る」タイアップページ 2014年4月〜2017年3月掲載分 各界で活躍する上智大学卒業生
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