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上智大学の視点
~SDGs編~

「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。

宇宙から見るSDGs 人工衛星と経済学で国際協力の成果を検証倉田 正充 経済学部経済学科 准教授 宇宙から見るSDGs 人工衛星と経済学で国際協力の成果を検証倉田 正充 経済学部経済学科 准教授

宇宙から見るSDGs 人工衛星と経済学で国際協力の成果を検証

倉田 正充 経済学部経済学科 准教授

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途上国の「貧困」、地上で測るか、宇宙から測るか?

途上国の「貧困」をどのように測定すべきか----これは経済学における長年の重要課題でした。一般的な方法は、あらかじめ準備した調査票を持って各世帯を訪問し、所得や消費、資産など様々な項目を詳細に尋ねる世帯調査です。調査対象となる世帯を選び出す方法や質問項目の作り方など、様々な調査手法も確立しています。

私の博士論文ではバングラデシュにおける農村の貧困が1つのテーマでした。その調査の際は指導教官の先生たちと現地で30人ほど調査員を雇用し、3週間にわたって調査トレーニングを行ったうえで、皆ですし詰め状態のバスに揺られながら2カ月かけて各家を回ったことを覚えています。つまり皮肉なことに、貧困を測るには膨大なお金と時間と労力がかかるのです。

ところが今、この貧困の測り方に大きな革命が起きています。それが人工衛星データと機械学習を組み合わせた方法です。夜の地上を彩る「夜間光」のデータなどを利用すれば、アフリカのどの地域がどれほど貧困かを高い精度で推計できるという驚くべき論文が2016年に発表されました。この論文を読んだ時の衝撃は今でも忘れられません。地べたを這いつくばるようにして集めなければならなかった情報が、上空を優雅に巡っている人工衛星から定期的かつ低コストで入手できるというのですから。

なかば悔しい気持ちもありながら、この夜間光がどのような経済・社会指標と関係しているか、バングラデシュの細かい地域データを用いて早速検証してみました。すると貧困だけでなく、非農業の雇用や電力、水道などのインフラ整備状況、教育水準、児童の健康など、SDGsでも重要項目となっている様々な指標とも強く関連していたのです。

もちろん世帯調査でしか得られない情報もありますが、このとき貧困や経済発展の「測り方」が大きく変わることを確信しました。それからの私の研究は、いわば「宇宙からSDGsを見る」試みとなったのです。

地上と宇宙から社会問題に切り込む:大気汚染と乳幼児の健康

人工衛星データを用いて昨年から取り組んでいる研究のひとつに、大気汚染の問題があります。ある研究によれば、大気汚染は2015年の時点で年間400万人超の死者を出している世界第5位の死因であり、その汚染対策はSDGsでも複数の目標(3、11、12)で掲げられる重要課題となっています。

そして現在、世界で最も大気汚染が深刻なのはバングラデシュやインドなど南アジアの国々。バングラデシュの場合、都市部では主に自動車の排気ガス、都市近郊ではレンガ工場から出る煤煙、そして農村では田畑での野焼きが主な要因として挙げられます。

交通渋滞と排気ガスによる大気汚染が深刻なバングラデシュの首都ダッカ

私達はこの大気汚染が乳幼児の健康に与える影響を分析しています。使用するデータは主に2種類で、まずは人工衛星から長年の大気汚染の状況を1キロメートル四方の精度で推計したデータ。もうひとつはバングラデシュ全域で行われた世帯調査に基づく約1万5千人分の乳幼児の健康状態を示すデータで、これには各世帯のおおまかな場所を示すGPSデータが付いています。この2つのデータを組み合わせることで、ひとりひとりの乳幼児がいつ、どれほど大気汚染物質に曝されていたのか、またそれにより発育状況や呼吸器系疾患にどのような影響がもたらされたのかを分析することができます。

分析の結果、生後に高濃度の大気汚染物質に曝された乳幼児ほど発育が阻害されやすいこと、また特に男児についてはお母さんのお腹の中にいる妊娠期間の大気汚染も発育に悪影響を及ぼしていることなどが判明しました。つまり大気汚染から乳幼児を守るには、すでに生まれた乳幼児だけでなく、妊娠中のお母さんも保護するようなケアが必要だということになります。この研究は近々、国際学術誌に掲載されますが、宇宙と地上の双方から収集された大量のデータを活用して社会問題に挑んだ一例と言えます。

国際協力事業の効果検証

子守りをしながら農作業する女性たちへの聞き取り調査(バングラデシュ)

私は博士号を取得後、開発コンサルタントという立場でバングラデシュに滞在しながら日本の国際協力事業に携わりました。その後、日本の政府開発援助(ODA)を管理する国際協力機構(JICA)で事業評価の業務に従事した経験もあります。

果たして日本の国際協力事業が途上国の社会問題の解決に貢献できているのか。これを検証する評価業務は、日本の国民への説明責任という観点だけでなく、科学的な知見に基づきより良い事業を作っていく「エビデンスに基づく政策形成(Evidence-Based Policy Making)」に向けた活動として重要なものです。ここ上智大学に着任してからも、JICAと協同で様々な国際協力の事業評価に携わっています。

事業評価の国際的な傾向としては、今年2019年のノーベル経済学賞の受賞対象ともなった「社会実験による効果検証」も確かに増えている一方、実際には予算面や倫理的観点で国際協力事業には適用しにくいケースも多々あります。また実験による効果検証は、例えば何らかの補助金の支給など受益者を無作為に選別することが容易な事業には向いていますが、それが困難な道路や送配電網などのインフラ整備事業、また大気汚染対策や森林保護などの環境保護事業の評価には不向きな面もあります。

人工衛星データを活用した国際協力事業の評価と改善

そのような社会実験しにくい国際協力事業を、できるだけ高精度かつ低コストで効果検証するにはどうすればよいか。ここでも鍵を握るのが人工衛星です。例えば日本は主に1990年代から、国際協力を通じてインドの森林保護に貢献してきました。資金を融資する円借款事業だけでも、これまでに20件以上、総額で2千億円を超える植林・森林保護関連の事業がインドで行われてきています。

そこで人工衛星から観測された森林分布のデータを用いて分析したところ、確かに日本が支援を行ってきた地域は他の地域に比べて森林被覆率が増加していることが確認されました。またJICAは宇宙航空研究開発機構(JAXA)と連携して、世界中の森林減少の状況をモニタリングする「熱帯林早期警戒システム(JJ-FAST)」を公開しています。SDGsの目標15で掲げられている持続可能な森林の管理に向けて、衛星データを活用した画期的な事例と言えます。

別の事例として、人工衛星から農業生産を測ることもできます。例えば日本が支援したインドの乾燥地帯における灌漑事業に関して、整備された農業用水路の周辺地区で実際に農業生産が向上しているかを検証しました。人工衛星データから農作物等の植生状況を示す指数を30メートル四方の精度で計算し分析したところ、水路の500メートル圏内で農作物の収穫量が増加したことが確認できました。

実は最近、農作物の収穫量は農家に直接尋ねるよりも衛星データを用いた方がはるかに精度が高いという研究結果も報告されています。途上国の農業生産性の向上はSDGsの目標2で複数掲げられていますが、その進捗を国際的にモニタリングする上でも衛星データは必要不可欠となるでしょう。

バングラデシュでの大気汚染の悪化を示す人工衛星データ(2005年と2014年の比較、色が濃いほど汚染濃度が高い)

貧困、大気汚染、森林、農業生産など、人工衛星によって宇宙から測ることができるものをいくつか紹介しました。しかし人工衛星の可能性はこれだけに留まるものではありません。国際協力の文脈では他にも、温室効果ガスの濃度や洪水、土砂崩れなどの自然災害の状況把握、さらには違法操業する漁船の取り締まりのような海上保安などにも、人工衛星の活用(あるいは活用の検討)がなされています。今後も「宇宙から見るSDGs」というアプローチはさらに広がっていくでしょう。

とは言いつつ、やはり現地の調査員たちとすし詰め状態のバスに揺られながら、地上を駆けずり回って現場を見ることの大切さと楽しさは、これからも忘れたくありませんが。

2019年12月2日 掲出

倉田 正充 経済学部経済学科 准教授

1983年長野県長野市生まれ。2007年東京大学農学部卒業。2012年東京大学大学院農学・生命科学研究科農業・資源経済学専攻修了、博士(農学)取得。2012年~2013年東京大学大学院農学・生命科学研究科特定研究員及び株式会社パデコ所属、バングラデシュにて国際協力事業に従事。2014年国際協力機構(JICA)評価部専門嘱託。2015年上智大学経済学部経済学科助教に着任、2019年より現職。上智大学人間の安全保障研究所・貧困ユニットリーダー。専門は開発経済学、農業経済学、国際協力学。

主な論文に、"Gendered Differences in Associations of Household and Ambient Air Pollution on Child Health: Evidence from Household and Satellite-based Data in Bangladesh."(共著、World Development、近刊)、"Do Determinants of Adopting Solar Home Systems Differ between Households and Micro-Enterprises? Evidence from Rural Bangladesh"(共著、Renewable Energy、2018年)、「低所得国における夜間光と社会・経済指標の相関関係」(『上智経済論集』、2017年)、「バングラデシュ農村における多元的貧困の動態」(共著、『アジア経済』、2012年)など。

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