読売新聞オンライン タイアップ特集
上智大学の視点
~SDGs編~
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上智大学の視点
~SDGs編~
「SDGs」は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」の略称。2030年を達成期限とする、各国が取り組むべき17の目標とその具体的な評価基準169項目が定められている。そこで、上智大学のSDGsにかかわる取り組みを、シリーズで紹介する。
SDGsの17の目標のうち、16番目に掲げられているのは「平和と公正をすべての人に」です。ときに私たちにとって、これは最も縁遠く感じられる目標かもしれません。
目標16は、児童虐待撲滅や透明性の高い公共機関の発展など、日本が取り組まなければならない目標があります。でも、戦争と平和の話題になると、日本国内に武力紛争は無いし、どこの紛争にも関わっていない、だから、これ以上日本人にできることはないと考えがちです。本当にそうでしょうか?
私は、南スーダンを事例に平和構築に関する研究を続けています。
私が外務省の専門調査員としてスーダンで2年間の調査研究にあたる中、独立直前の南スーダン出張中に東日本大震災が起こりました。BBCなどが伝える日本の惨状を目にして、現地の方たち、他国の外交官、国際機関職員が口々に私に声をかけてくれるのです。「日本は大丈夫ですか?何かできることはないですか?」と。日本ではニュースにもならないような支援や尽力を、私たちの先輩たちがさまざまな国の人たちに対して何年、何十年も積み重ねていたことを彼らは覚えていて、今度は自分たちの番だというのでした。このとき私は、国際協力は決して、富める国から貧しい国への、平和な国から平和でない国への一方通行ではないのだということ、効果や結果はずっと先の将来に現れるかもしれないのだということを、心に刻んだのでした。
2011年南部スーダン住民投票 投票を待つ人々(本人撮影)
「自分には何ができるだろう」と問う学生にも伝えていますが、インターネットとSNSの時代、遠い国の誰かと将来のために、そして自分たちのために、小さいながらもできることは、増えているのではないでしょうか。この秋から始まった学科横断型英語プログラムSophia Program for Sustainable Futures(SPSF)を担当しながら、こうした点も、学生と一緒にさらに考えていきたいと思っています。
風船ゲーム(本人撮影)
私の研究は、紛争から平和に至るプロセスを研究するものです。なぜ紛争は起こるのか、どうしたら解決に向かわせることができるのかを学生と一緒に考えるワークショップを講義に取り入れています。コロナ禍のもと、上智大学の講義は原則としてリモートで行われており、今年はオンラインツールを活用するなど新しいかたちのワークショップも展開していますが、ここでは、昨年実施した事例を紹介します。
「風船取りゲーム」というゲームがあります。学生を3つのグループに分け、ふくらませたたくさんの風船を資源・資産に見立てて、各グループに別々のミッションを与えます。Aのグループには「壁際に全部1列に並べよ」、Bには「中央に円を作れ」......といった具合です。そして、まずは一切言葉を使わず、次はグループ内の会話を許し、最後はグループ間の交渉もOKというように条件を変えながら、何度かミッション達成に挑ませるのです。
最初は紛争解決を学ぶという目的も忘れて、文字通りの紛争状態、でも最後にはどのグループも納得がいくような、実に様々な決着を見つけ出します。学生たちは、自分の中に予想外の闘争本能があることにも気づきつつ、不可能と思える課題にも解決策があること、しかも答えは一つではないことを、印象深く理解するのです。対立はどこにでもあります。紛争地域ではなくても、社会に出てからさまざまな場で、この体験が彼らの役に立ってくれることと期待しています。
ワークショップでは、コミュニケーションの決まりを変化させることで、紛争解決に向かわせるヒントが生まれます。現実にも、関与するアクターが増えれば、より多くの交渉が必要になり、紛争はそれだけ複雑に変化します。国際政治をめぐる研究では、一握りの政治指導者や、国際機関といった目立つアクターの分析に偏りがちですが、私はそれ以外の反乱軍や一般市民にも目を向けて研究を行っています。
しかも、指導者たちの間で和平が成立することは、決して終着点ではありません。私が南スーダンでインタビューした若い兵士の、「自分の夢は偉い司令官になること。偉くなって、目の前で殺された家族の仇を討ちたい」という言葉は、私の研究の背景で響き続けています。彼のような人たちにとっての「心の平和構築」には、国家建設よりもさらに長い時間がかかるはずです。
紛争にかかわる人たちのさまざまな思いを、理解はできないまでもまず知ること。それは、「平和な」国・日本に住む私たちにできる、とても大切なことの一つだと思います。
UNHCR所蔵の緒方先生のファイル(写真:UNHCR Records and Archives)
ところで上智大学は、国連難民高等弁務官として偉大な業績を遺された故緒方貞子先生がかつて教鞭をとられた大学です。実は、先生が国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に遺した貴重な資料を将来有効に活用できるよう整理するという大切な作業が滞っており、上智大学もUNHCRに協力できないかと提案しています。
UNHCR所蔵の緒方先生の資料棚(写真:UNHCR Records and Archives)
緒方先生は、ご自身が博士論文執筆において一次資料を活用されたご経験から、一次資料を残すことは未来の研究のためだとお考えでした。それで、UNHCRでそれまではなかったアーカイブの制度も整えられるという隠れた貢献もなさっています。実務に携わりながら研究者でもあり続けた緒方先生の想いを、研究機関がより若い世代につなげていくことも大切ではないかと考えています。UNHCRと上智大学の協働が実現するかどうかはわかりませんが、上智の一員として、私も緒方先生の遺志を微力ながら引き継いでいきたいですね。
2020年12月1日 掲出
1985年栃木県生まれ。2007年上智大学法学部国際関係法学科卒業。2009年一橋大学国際・公共政策大学院グローバル・ガバナンス・プログラム専門職学位課程修了、2019年一橋大学法学研究科国際関係専攻博士後期課程修了。博士(法学)(一橋大学)。
在スーダン日本大使館専門調査員、内閣府国際平和協力本部事務局研究員、米国ハーバード大学ジョン・F・ケネディ行政大学院科学・国際問題ベルファーセンター研究員等を経て、2019年4月より現職。専門は国際政治学、国際機構、紛争・平和研究、グローバル・ガバナンス。日本国際政治学会、日本国際連合学会、日本グローバル・ガバナンス学会、International Studies Associationに所属。
主な著作として、小林綾子「地球社会と人間の安全保障」滝田賢治・大芝亮・都留康子編『国際関係学:地球社会を理解するために』、有信堂、2015年[初版]、2017年[第2版]。小林綾子「アフリカの内戦における人道アクセスと反乱軍―南スーダンを事例として」『国際政治』第186号(国際援助・国際協力の実践と課題特集号)、80-96頁、2017年。上杉勇司・小林綾子・仲本千津編著『ワークショップで学ぶ紛争解決と平和構築』明石書店、2010 年。
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